青空に薄桃が舞い、茹だる暑さに蝉が鳴き、紅葉の絨毯を踏み、ふわり落ちる白の綿雪に指先を凍えさせる。
四季がめぐり景色が変わる度、思う。

あの子はどうしているだろうと



どこで落としちゃったんだろう…

深い深い溜め息を溢すと肩が落ちる。ここ最近割りと順調に物事が進んでいただけに大事な物を失くした時のダメージは半端なかった。
きっとあの藤の花紋の家のどこか何だろうけど、探しても無かったもんなあ…。

それは街の洒落た衣料店で目に入ってきた。いつもの自分なら通りすがるだけの街並みの中、ガラス越しに見えた赤、群青、緑に白。それからあの子の髪の色に似た黄色のリボン達。どうしても気になった。あの子を表す物なら他にも沢山あったけど、その黄色が髪にも瞳にも見えてどうしてもどうしても逸らせなかった。
じーっと眺めること数分。濡羽の羽織で上から下まで黒い私が少し小洒落たお店の入り口を潜る勇気よ。鬼と対峙するのとは違う気合いが要った。回りはモダンな女の子や少しセレブなご婦人方。その合間を縫ってリボンに向かい一直線。「これが欲しいんです」と店員に声を掛けるとそこはさすがプロフェッショナル、怪しさ満点の私にも笑顔で対応してくださった。金額を聞いてびっくりしたけど顔には出さなかった私を誰か誉めてください。未だに昔の価値観が抜けなくてたまに一瞬呆ける時がある。

早々にお代を払い包んで貰う時間も惜しくてそのリボンを懐に突っ込んでそそくさと店を出ると、こそこそと挙動不審になりながら路地裏に引っ込んでその黄色を改めて目に入れたら懐かしくてほわりと胸が温かくなった。
善逸だ、善逸の色。
触り心地は抜群で繻子と聞いたがもしかしたらサテンの事かもしれない。つやつやで柔らかい、夢の中で梳いたあの子の、善逸の髪みたいで。実際は違うんだろうけどなんとも頼りない感触が善逸と被って…だから時たまに頬擦りしてたりしたのは秘密です。

「はー…」

あれから任務の度に励みにしていたと言うのに、なんてこったい、私の元気玉どこ行った。そんな大事なら肌身離さず持っとけと言われるでしょう。持ってたんですよ!それこそお風呂以外は肌身離さず!寝る時ですら手に巻いて!けどあの夜、鬼を斬ってヨロヨロに疲れて辿り着いた藤の花紋のお屋敷。ご飯も食べれないぐらい疲れて、でも一応名前とて女なので汚れは落としたかった。お風呂だけいただいて蒲団に潜り込んで一時間もしないうちに鎹鴉の源さん(本名椿小路源之丞、通称源さん)から応援要請アリと嘴で突つき起こされ慌てて着替えて飛び出た。そして全てが終わった時、いつも有るものが無い事にざーっと血の気が引いた。

な、無い!?

サテン生地はきつく結んでも解けやすい。たがらいつも晒で巻いた胸に出来た細やかな谷間に押し込んでいたのだけどその感触がない。羽織を脱いでバタバタと払う、隊服の上から自分の体をバンバン叩いて違和感を探すけどそれらしいものに当たらない。
気遣いの視線を向ける隠の人達に「いや、あの、怪我とかしてないので私はこれで、」とその場を足早に退散し目指したのはもちろん藤の花紋のお屋敷。源さんがどこ行くんだ、次の任務があるんじゃぞ!と喚いていたけどちょっとだけだから!と戻り、驚いたお屋敷の方々に訳を説明して部屋を探したけど見つからず。もうタイムアップだ待てんぞこらっ!!と言う圧を醸し出す源さんに負けて渋々次の鬼退治に向かったのだけど。

「ううー、善逸ぅ、」
「メソメソスルナ!鬱陶シイ!」
「源さんは乙女心がわかってない!」
「分カル訳ナイジャロウ!儂ハオスジャ!」

鎹鴉とは芸達者なのか、良く喋る。元々鴉は頭が良いと聞いていたけど、会話が成り立つとか凄すぎると驚いたのは4年ぐらい前の話。

「…ぜんいつハイイ男ナノカ?」
「…可愛い男の子だったの!いい男になってくれてたらいいな」

私がこの世界に生まれ変わって早や10年。師範の元に連れられてまず体が出来てない事と、この時代の常識を叩き込まれる事に数年。それから本格的な修行でなんとか呼吸を会得し選抜を生き抜き鬼狩りとしてただいま絶賛鬼殺中。善逸がこの年代なのか、もしかしたら随分年が離れてるかもしれない。最悪まだ生まれてないとか、もう亡くなってるとか…。

「もしそうならメンタル大打撃、善逸に会いたい会いたいよー!!あの丸いほっぺた触りたい!さらさらの髪触りたい!癒しが無い!この際源さんでいいからもふもふのとこ触らせて!」
「気持チ悪イ!オ断リジャ!!」

空に逃げた源さんにケチ!!と声を上げたがすでにその姿は天高く。いいじゃないの、ちょっとぐらい。拗ねて見せても本性をご存知の彼には通用しなかった。そんな源さんがお空を旋回してると1羽の鴉が近づいた。これはまた任務かな、と脱力感に苛まれていると源さんが頭の上で「音柱ガ上弦ノ鬼ヲ討伐!討伐!」と喋った。

「凄いわよね、上弦の鬼倒すとか…。私なんて異能の鬼をやっとこさ倒せるぐらいなのに。しかも一人で倒すんでしょ?どんだけ化け物なの柱って。」
「庚ノ隊士モ三人イタラシイ」
「らしい、って、死んじゃったの?」
「知ラン」
「もー!源さんいつも情報中途半端!」

先日も下弦の鬼を一番階級が下の隊士が討伐したって連絡があった。いったいどんな隊士かって聞いても「オ前ト同ジ呼吸ノ隊士」とだけで私を落ち込ませたばかり。どうせ私は弱いですよ。
普通の鬼だって、人を沢山食べていれば強い。異能の鬼もピンキリだけどきっと下弦、上弦に比べたら蟻と象、天と地ほど差があるに違いない。恐ろしく強い鬼を前にした子達はどれほど心が強かったんだろう。きっと私なら…敵前逃亡かますに違いない。だって私が生きる理由も死にたくない理由も「それ」ではないんだから。

「みんな偉いよね、」

自分と比べたらみんな高尚だ。身内の敵、家族を奪われた憎しみ、例えそれが負の感情としてもそこには途轍もないエネルギーがあって身体を突き動かしている。それは亡き愛おしい者へのとても純粋で真っ直ぐな愛情の反動だもの。

善逸は、違ったようだけど。
生きる術がそれしかない、ようだった。だったら私と同じかもしれないとも考えたけど、きっと善逸は私とは違う。優しいあの子は他人の痛みに寄り添える子だ。悲しい音、寂しい音、辛い音を拾い困った人を見捨てられないから、嫌だ嫌だと言いながら助けを求める人の手を取ってるだろう。

「会えると、いいな」

その為にはまだ死ねない、鬼になんて、負けてられない。リボンは無くなったが違う「善逸色」を探しながら前に向かおう。

「また街に行けた時に見て回るかな」
「名前!次ハ北北東、北北東!」
「源さん、それ東京都内なの?こないだみたいに「着イテ来イ」って県境3つも越えた北北東とかじゃないでしょうね、列車に乗った方が早い案件じゃないわよね」
「儂ニハ境ナゾ関係ナイ」
「もー源さん!」
「急ゲ急ゲ!」

そう鳴いてまたまた空に昇った鴉から何か落ちてきて、思わず手で受け止めた。

「黄色、の花」

あのリボンと同じ、いや、少し濃い黄色の花をつけていて、周囲を見渡してもそんな花をつけてる木は見当たらない。もしかしてわざわざ取って来てくれたんだろうか。

「源さん!これ、」
「急ゲ急ゲ」

それしか言わないでずーっと降りてこない鴉の心遣いが憎い。私の相棒には勿体無いいい鴉だ。

「源さんはいい男だねー!!」
「ウルサイ!」

流石に懐に入れたら潰れるので、少し恥ずかしいが髪に挿してみる。いいよね、誰も見てないし。耳の上の花に触れるとなんだかわずかな乙女心がくすぐったい。善逸が見たら絶対「似合うよ名前さん!」(私的に似合うかどうかは置いておく)そう言ってくれそう。

私は一人だけど孤独じゃない。そう思わせてくれる相棒に感謝して、また足を進める。この行き先にどうかあの子が居ますようにと願いながら。



鴉と山吹