「いってらっしゃい、はい、これおにぎりね」
「ありがとう!中の具、なに?」
「食べてからのお楽しみ」

今日は人攫いの噂があるという村へ情報収集に隊士二人と向かう事になった。炭治郎の担当地域だが日柱は違う任務についていた。手紙で「自分が行ければ良いのだが、今こちらが手を離せない。善逸なら安心だよろしく頼む」と、友人にも頼まれて「嫌だけど!でも!炭治郎の頼みだもんな!嫌だけども!」喚いたけれどさすがに階級が下の隊士の前では口を噤んだ。

「鳴柱様、よろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします!」
「うん、よろしくね。」

門の前に居たのは16、7歳の少年二人。緊張しながらも眩しげに善逸を見る瞳には敬意が映し出されていた。鬼殺隊一の神速、一撃必殺の剣士、雷の呼吸の継承者、上弦の鬼と幾度も対峙し生還した強者。肩書きだけでも羨望を受けるに値する。……善逸の事をあんまり知らないんだろうな、初めて任務を共にする隊士は須く先述のような眼差しをくれる。が、恐らく今回の任務で善逸への評価は一旦下がって、上がる事になるだろう。いつもの事である。

「はい、あなた達もどうぞ」

まあ。そんなことは置いといて紺色の風呂敷包みを二つ、彼らの前に差し出す。きょとんとする二人に「小腹を満たす程度だけど良かったら」と言葉を添える。と善逸から「小腹なんてとんでもない!名前さんのおにぎりは心も体も満たしてくれるんだから!いらないなら俺にちょうだい!!」とギラギラした顔つきで二人に迫る。これで評価が一つ下がりました。誰もいらないと言ってないのに。これもいつもの事である。

「い、戴いても?」
「ええ、」

にっこり笑んで返事をすれば顔を見合わせた二人はありがとうございます!と体を90度に曲げてお礼を言ってくれた。

「じゃあ皆さん、ご武運を」

火打ち石を三人の背中で切ると善逸が「行ってきます」と手を振る。小さく小さな声で「待ってる」と口にすれば、そんな囀りを溢すことなく受け取った善逸が振り向いて頷いてくれた。

□□□□□

「村の長老から聞いて来ました、村人には伏せているようですが、村の主だった顔役達は鬼だと推測していたようです」
「伏せていても、やはり勘づいている人たちも何人かいました、村を出ようと考えていたようです。」
「だよね!そんな声がしたんだよ!て言うか村の人たち皆でそんな話してるの聞こえてたんだよぉ!あー!嫌だ嫌だーー!!」

おいおいと木の幹に縋って泣いている善逸に二人は不安と戸惑いを隠せない。ちなみにこの二人、井藤、橋田と言うのだが鳴柱と共同するのは初めてである。善逸と任務だと言うと同僚らからは羨ましがられたが今の二人には全く理解できない。いや、彼らだって階級が上なだけの先輩でない、柱との共闘なんてなかなか無い機会に恵まれ幸運と思った。なんといっても柱は忙しいし何より強いからほぼ単独任務だ。そんな柱の少しでも人となりや技術なりを目に入れて同僚への自慢話にしようと、ちょっと野卑た考えがあったりもした。だから正直落胆した。
あの最強の柱が泣いて喚いているだなんて、信じられない。信じたくない。特に橋田は善逸に対して憧れが強いだけにその落差は著しかった。

「鬼は村と村を繋ぐ街道沿いに現れるようですがこの村、出入口が東と西両方とも森を突っ切るように出来ています。いかがしましょう?俺と橋田が東、鳴柱様が西と二手に別れて鬼に備えるのは」
「ええ!!?別れるの!?俺一人!?俺一人になっちゃうの!?で、でもそうだよね!そうなるよね!」

ぐるんと振り向いた善逸は涙と洟だらけ。橋田の落胆は苛立ちに代わった。これが「あの」柱かと。自分が憧れた鳴柱かと。勝手に憧れ勝手に腹を立てて、それは酷く自分勝手な思いだと万人は言うだろう。だが彼らはまだ16、7の子供だった。

「井藤、俺が東側に行くからお前は鳴柱様と西側に、それで構いませんよね」

吐き捨てるように言葉を投げた橋田は善逸を一瞥し背を向けてしまった。井藤も善逸も「おい」「ちょっと待って」と呼び止めたが橋田の足は止まらなかった。

「ご、ごめんね、俺が情けないばっかりに橋田くん、怒らせてしまって」
「あ、あの、こちらこそ、橋田が失礼を」

いやいいや俺が、いえ橋田を押さえられなかった僕がと頭を下げあっていると可笑しくなって二人で笑い合えばなんとなく沸く親近感。結局どうするかと判断を井藤が扇いだときだった。

「お兄ちゃん、おにがりさま?」

おずおずと言った感じで善逸と井藤にかけられた声に振り返ると、そこには小さな女の子が恐々とした風情で二人を見上げていた。年の頃は7、8才ぐらいだろうか背中には弟妹か、村の子供なのか赤子を背負って。

善逸は膝を地に付け子供に「うん、そうだよ。どうしたの?」と笑って目線を合わせると、少女は善逸の髪が珍しい様子でチラチラと髪を盗み見しながら「あのね」と語りだした。

「この子、うちのとなりの子で次郎って言うんだ。次郎の父ちゃんね、山にたきぎをとりに行って帰って来なかったの。」

善逸と井藤が顔を見合わせ頷き合うと善逸が「そっか、じゃあお手伝いしてるんだ、えらいね」と頭を撫でてやれば照れたように笑いながらそれでね、と続けた。

「次郎の母ちゃんがね、父ちゃんの代わりにいっぱいはたらかなきゃならなくなって、でもおにがいるから安心出来ないって。おにがりさまが来てくれたらって。じゃないとここでくらせないって。こまるって言ったの。」

おにがりさまたちは、母ちゃんや村の人達が困ってるから来てくれたんだよね?

きっと大人達の様子に子供なりに不安だったのだろう。鬼と言う恐ろしい生き物に恐怖して、抗う術を持たない彼らはただ不安の中で怯えて暮らすしかない。そこに現れた微かな光に縋りたくなるのは子供も大人も関係ない。そしてそんな彼等を守るのが鬼狩り、鬼殺隊の存在意義の一つなのだ。

「そうだよ、お兄ちゃん達が鬼をやっつけてくるから、安心して待っておいで」

もう一度少女の頭を撫で「もう日が暮れるからお帰り」と帰宅を見送ると此方を訝しげに眺めていた大人達が少女に向かう。
あの人たちは鬼狩様なのか、本当に鬼を倒してこれるのか、あんな子供で大丈夫か、やっぱり村から早く出るべきだ、等々。井藤はまだ少年の域だが善逸はもう二十で立派な大人に部類されるが、金髪を差し引いても大きな目と白い肌が幼く見せるらしい。仕方ないじゃん、生まれ持ったものはさぁ!と心中で文句を一頻り垂れるが、こんな自分の瞳や髪を好きだと言ってくれる人がいるから俺はこれでいいんだと、善逸は名前に思いを馳せた。

「鳴柱様?」
「何でもない、行こうか」
「でもどちらに?」
「東側、橋田くんを一人に出来ない」

でも、といい募る井藤に善逸は、
「大丈夫、俺さ、耳と足だけはいいんだよね」
井藤は首を傾げるも少し急ごうと前を歩きだした善逸の後を追った。




□□□□□
その頃の橋田は苛立ち紛れにそこいらの石を蹴飛ばしながら街道…と呼ぶにはかなり怪しい道を歩いていた。村から村へと通じる道故に均されてはいるが荷駄が歩める程度。両側から鬱蒼とした木々が暮れた景色を覆いいっそう陰鬱な空気を醸し出していて橋田の胸中を更に暗くしていく。

あれがあんなのが柱なのか。自分が憧れて止まなかった鳴柱か。数少ない雷の呼吸の使い手、恐ろしいほどの速さの居合いで鬼の首を狩るその人。彼の功績を聞くにつれ直に会ってみたい、技を見てみたいと思っていた人物。鳴柱と共闘した隊士は皆、善逸の一瞬の雷光を忘れられないと言う。刹那の鮮烈は記憶に刻まれる程の技なのだそうだ。
思いがけず共連れの機会を得て橋田は子供のように気持ちを昂らせこの日を心待ちにしていたのだ。なのに。

「なんなんだよ!あんな、ビービー泣いてる奴が柱だって!?」

以前、同行したことがある獣柱の方がよっぽど好戦的だ。無計画で猪突猛進猪突猛進と同行者を置いてけぼりにしたのはいただけないが、泣いてぐずる姿よりかは何倍もマシだ。

「けっ!どうせこれもあの人の人気稼ぎなんだろ、」

掲げたのは紺色の包み。鳴柱の奥方が橋田と井藤にくれた握り飯。これも、隊士間ではなかなかな評判の代物だ。だがささくれだった今の橋田の心情にはこの心遣いさえ鬱陶しく煩わしい。食べ物に罪はないが、到底口に入れることなんて考えられなかった。
そこら辺に放って置けば山の動物か明るくなれば野鳥が摘まむだろう。善逸達には落としたと言えばいい。小さな包みの結び目を解いていた時だった、がさりとざわめいた木々の葉擦れ。油断したわけではないが確かに周りへの警戒心が少しばかり疎かだった。
ぼとりと手から紺色の包みが地面に落ちたのを橋田は視界の端で捉えて、目の前の景色に体を凍りつかせた。



おにぎりころり 前