我妻名前さま

 拝啓如何かお過ごしでしょうか。毎日の雨に洗濯物が干せないとお天道様を睨んでいるんじゃないでしょうか。もう我が家の紫陽花が綺麗に咲いているのではないでしょうか。あなたと眺める事が出来なくて少し残念です。こちらはそろそろ梅雨が明けるようで昼間は蒸し暑く感じられます。そちらはまだ朝晩冷え込む事と思います。名前さんは暑がりだからすぐ布団を蹴脱ぐでしょうから厚手の寝巻きを着て休んでください。くれぐれも風邪なんて引かないようにお願いします。
 宿の目の前の甘味処で紫陽花って和菓子が売っていてとても綺麗な練り菓子でした。今度二人で食べに来ましょう。

…私は子供か

思わず手紙に向かって突っ込んでしまったけれど事実なので仕方ない。
善逸は良く手紙をくれる。隊士は任務にひとたび出ると終われば次、終われば次ととめどなく駆り出される。柱ともなればそれこそ東奔西走だろう。もちろん休息を取るため藤の花紋の屋敷や町の宿など利用するが1度家を出たら早くて3日、長いと任務が重なり1ヶ月も帰れないのはざらである。
名前自身隊士として引退するまでそうして過ごしてきたので過酷さは身に染みて理解している。
いくら呼吸法を会得していても疲れもするし、また怪我もしたりする。緊張が続けば心に余裕なんてなくなり、他所に気を配る事が難しくなるものなのに。
彼女の夫、善逸はどんな時でも手紙を寄越した。
それはもう三日と空けずになので結婚前からも合わせるとかなりの量となる。当然、届ける事となる鎹雀の仕事を増やしている訳なのだけど、この子は主人に似たのか(善逸以外には)比較的優しい。

「チュン太郎にも迷惑かけてるよねぇ、いつもありがとうご苦労さま」

そう言って小さな指先で撫でればチュンチュンと可愛く鳴く。「そんな事ないよ」と言わんばかりに。
労う形でチュン太郎にご飯つぶを与えながら続きに目を通す。

 癖でついつい名前さんからもらった御守りを触ってたせいか少し糸が解れちゃいました。帰ったら繕ってほしいです。
 あ、そう言えばこの御守りとも長いお付き合いになってますね。貰った時は嬉しくて嬉しくて天にも昇る気持ちになったのを憶えてます。
 伊之助にもからかわれたっけ、でも仕方ないよね、女の子からの贈り物なんて初めてだったんてすから。
 炭治郎は良かったなって肩を叩いてくれた。これは照れ臭かった、だって炭治郎が心底喜んでくれてるのがわかってたから。
 いつもありがとう、こんな俺と居てくれて。名前さんと出会った時のこと、お別れしたけど、また会えた日のこと、神様に感謝してもし足りないぐらいです。これからも変わらず隣にいてください。

我妻善逸

文字を追っていた名前は返事を書くべく文机に向かう。
本当にこの人はどうしてくれようかとついつい墨をする手に力が入る。いつも言ってるのに、私があなたを幸せにしたかったんだと。あなたに幸せをいつでもあげると、それが名前の幸せだと。そんな感謝の言葉をくれなくていい、善逸が願わなくったって傍にいると言ってるのに。言葉の頭文字に細やかな望みをそっと忍ばせる善逸が愛しい。こんな、なんて言わないでほしい、この世に善逸を必要としてくれる人、大切に思ってくれてる人がたくさん、たくさんいるんだと

いい加減気付けよばかやろーっ!!

チュン太郎が驚いて庭の木に飛び移ったのを見て、自分が声に出したことに気づいた名前は取り繕うように咳払いをして改めて筆をとった。こんな時ばかりは以前の文明の利器が切実に欲しくなる。今すぐ伝えたいのに伝えられないもどかしさと言ったら本当に焦れて仕方なくなる。

「チュン太郎、帰ったらいっぱいうごきご飯食べさせてあけるから、頑張ってもらっていいかしら、」

チュン太郎を肩に手招き背を撫でれば任せてと言わんばかりに羽をはためかせた。


我妻善逸様

 はやいものであなたが任務に出てもう半月になりますね。恙無く、大事なくお過ごしでしょうか。
 やしきの紫陽花は見事に花開いて薄暗い天気の中でも鮮やかく目をたのしませてくれています。二人で見れないのはとても残念ですが、来年、再来年、これからずっと一緒に見る機会はありますから。そうそう今年の夏は向日葵の種を植えようと思います。貴方の髪と同じ太陽の色で私が大好きな色。
 くだものの木を植えて貴方と二人で食べるのも楽しそうですね。
 帰ったら何を植えるか一緒に考えてくださいね。
 てがみにありました紫陽花というお菓子がとても素敵で可愛らいのだろうと想像しています。あなたと二人で是非とも食してみたいものです。
 お気遣いありがとうございます。確かに私は寝相がよくありませんが蹴り脱ぐのはどこかの鳴柱様がお布団の代わりにくっついていらっしゃるからです。此処のところはちゃんとお布団に収まっておりますのでご安心くださいませ。
 いつも持ち歩いてくださっていたのですね、あの御守り。あなたが愛おしんで下さっていると知るにつけ、心が暖かくなりますが、あなたにご加護があることを切に願わずにはおれません。ご無事のご帰還を心よりお待ちしております。
 では、長々と失礼致しました。どうかくれぐれもお体労り責務にお励みください。

我妻名前

追伸、もうめんどくさいのでこちらに失礼します。
 私の愛しい善逸

チュン太郎お願いね

そういって送り出したチュン太郎は、翌々日に速攻で鬼を倒したボロボロの善逸と共に戻ってきて大層名前を驚かせた。

だって、だって、あんなこと書かれたら帰りたくて仕方なくなるじゃない!?


「はやくあいたい」

「はやくかえっておいで」「私の愛しい善逸」








手紙