幸せだったよ、とても

俺を取り囲む世界は善逸を愛してはくれなかった。
愛を知らない俺はきっとそれが欲しくて欲しくて堪んなかったんだ。自分が注げば返して貰えると思ってた俺は愛情のなん足るかを何一つ知っちゃいなかった。それは等価交換されるものじゃないんだ。見返りなんて求めてなかったけど、あの温かな感情をそれでも信じたかったんだよ、きっといつか俺にもって。
それが与えられたのは夢の中だった。ほんとはあまりに俺の思いが強すぎて願望が作り出した架空の人かと考えた。何せ初めは音と声しか聞こえなかったし。けれど、その人の音はとても優しくて、とても柔やわで。たまにきついこと言ったりするけど俺を受け止めてくれたあったかい人。
たとえ現実世界で会えなくてあの人が夢で慰めて俺を抱き締めてくれるなら、それでもいいって思ってた。あの優しい音があれば、きっと俺はこの恐ろしい世界でも生きていけるんだろうって。

「……こんばんは、善逸」
「名前さん?あれ、ど、したの?」

いつも「また、泣いてたの?」と呆れながら笑うその人はとても寂しそうな表情をしていた。そうしてつい最近雷に打たれてまっ金金になった髪を「今日も綺麗だね」と手櫛で梳いてくれる。いつもと変わらない、変わらないのに。

「ね、ねえ、名前さん、なにが、あっ」
「善逸、あのね。私はもうここに来れないの。」

両手で俺の頬を包んでくれてるのにその手はいつもよりずっとずっと冷たくて、そんなことされたら俺はいつも真っ赤になって照れてしまうのに今は体温がちっとも上がらないんだよ。

「名前さ…ん、ね、やだよ、嫌だ嫌だ嫌だ!」

駄々をこねる子供みたいに頭を振れば名前さんがぎゅうと抱き締めてくれる。背中に腕を回して離れたくないとしがみつくのに、名前さんが掻き消えてしまいそうだ。

「善逸なら分かるよね?私の音が小さいこと」
「な、なんで?どしてなの?」
「事故にあったの、それでね、私の心臓はもう止まりそうなの」

でもどうしても最後、善逸に会いたくてなんとか頑張ってるの。

分かってたよ。名前さんの音がとても頼りなくてそれでも今にも切れそうな糸のように張り詰めているの。それは本当にギリギリで、少し力を加えたらプツンと途切れそうで、だから、もっと頑張ってよなんて言えなくて。

「名前さんっ、…名前さん、さよならなんてしたくないっ!したくないよぉ!」
「ごめんね善逸…最後だから約束してほしいんだ」
「うっ…ひぐっ、うえぇ、」
「……もう、泣き顔も可愛いんだから」

名前さんが泣き笑いな顔をする。こんな涙と鼻水でどろどろな俺を可愛いと言ってくれるのはきっとこの人だけだ。ああ、しっかりしなきゃ、ちゃんと聞かなきゃ。最後なのに俺の為に命を振り絞ってくれているんだから。
ぐっと唇を噛んで名前さんを見上げると「いい子」と笑ってくれる。

「幸せを探すこと、諦めないで」
「……うん、」
「生きることを諦めないで」
「…う、ん」
「いつかきっと、出会える女の子と家庭を持って子供をたくさん作って」
「……な、んで?」

そうしたら魂が巡っていつか、どこかの善逸と会えるかもしれないでしょう?

そんな不確かな事なんて言わないでよ、俺は、俺は今、あなたと居たいのに。けれど言っても悲しませるだけなんだよね、分かってるけど、分かりたくない。そんな先の俺なんていまの俺じゃないよ、だけどそんな小さな希望に縋ってしまいたくなる。

「………ぜんいつ」

ああ、音がどんどん小さくなる。名前さんが消えてしまう。何か言葉にしたいけど、きっと彼女を困らせる物しか出てこない。涙の膜の向こうで名前さんが幸せそうに微笑んで、「またね」と呟く

今度、同じ世界で会えたら、善逸を幸せにしてあげる

掻き消えた姿を探すけどなにも掴めなくて空を切る。体の奥底から沸き上がる悲しみの感情の大きさのまま声を張り上げて泣いた。

俺と彼女の出会いに何も意味が無かったなんて思わない。
確かに俺は夢の中で幸せだったし救われてたよ。
でも名前さんにはあったのかな?

神様、どうかお願い
いつか、いつかでいいよ。俺とあの人を会わせてください。
俺と出会えて意味が会ったんだって、あの人の口から聞かせて貰いたいから。



神様お願い