「おはよう善逸、今日もいいお天気みたいよ」

カーテンを開けると窓の向こうの朝焼けに目を細めた。秋から冬に移り変わる木々の葉はずいぶん枯れ落ちて少し寂しい景色に見える。

「チュン太郎もおはよう、」

窓を少し開けてチュン太郎を招き入れるとすぐさま善逸の傍に寄ってチ、チと小さく鳴き早く起きてと言わんばかりに髪を引っ張っている。

「チュン太郎もお仕事なくて退屈?きっと今だけかもよ、ゆっくりできるの、善逸が目が覚めたらまた忙しくなるから」

それでもいいから起きてと言ってる様に見え、ああこの子も寂しいんだなと思えば二人の絆は感慨深い。
小さな雀は定位置の頭に乗れないのが残念そうで仕方なく名前の用意した藤籠に柔らかい布を敷き詰めた中に身を納めた。

開けた窓を閉めに戻ると、静養する隊士の無聊を慰める為か四季の花が植えられている庭に、今は女郎花の黄色が目についた。

「善逸の髪みたいだね」

そうしてベッドの善逸に目を遣ると相変わらず綺麗な寝顔でそこにいる。髪を梳くと少しパサついて指に絡む。今日は櫛で梳いてあげようね、とおでこを撫でた。
善逸が運び込まれて今日で5日目。まだ善逸は目覚めない。

「名前さん、おはようございます。お食事お持ちしましたよ。」
「すみちゃん、おはよう。いつも言ってるけど良いのよ。自分で取りに行くから」
「ふふ、いつも言ってますけどついでだから気にしないでください」

ノックと共に入ってきたのはすみ。いつ善逸が目覚めてもいいように傍に付く名前の為にと三人の看護師が入れ替わり立ち替わり気を利かせてくれる。忙しい彼女らの手を煩わせたくないと遠慮するが、「名前さんにはいつも美味しいお菓子を頂いてますからこれぐらいさせてください!それに善逸さんも任務先から帰ったらお土産をくれるんですよ」と、善逸から貰ったという三人お揃いの髪留めを見せてくれた。思わず、ほんと女の子が好きよねぇと、誰も居なくなってから善逸の鼻を軽く摘まんでやった。
少女だった彼女らも今では花も綻ぶ年頃になっていて、時たま看護に関わった隊士から縁談が持ち上がるそうだ。だがしかし、アオイ含めた彼女らは「看護を愛情と履き違えてる」「どうして結婚してまで上から下まで尽くしてくれると思ってんの?」「私達は仕事をしてるんで家事分担必須」と、割りと辛辣かつ真実を突きつけてお断りしているようだ。

食事のトレーを預かりテーブルに置いている間にすみは善逸の病衣を寛げて体温計を脇に挟み、袖を捲って脈を見る。目を瞑って脈拍を数え計り終えるとこちらを見て笑うから名前は苦笑う。

「すみちゃん、分かってるから笑わないで」
「だって仕方ないですよ。善逸さん、いつも脈拍上がるんですもの」

ほんと女の子が好きよねぇ。寝てても女の子が触れてるって分かってるんだから。

「名前さん嬉しそうですよ」
「善逸らしいって思うとつい、ね」
後で覚えときなさいよ、善逸。


□□□□□

「おう、まだ起きねえのか、善逸の奴」
「こんにちは、宇髄様。いつもありがとうございます。」

お昼ご飯を終えて暫く、手慰みで始めたちりめん細工をチクチクと縫っているとノックの音の後、入ってきたのは出入口いっぱいの宇髄で、その後ろから雛鶴、まきを、須磨が姿を見せた。

「こんにちは名前さん。」
「善逸くん、調子どう?」
「須磨が来ましたよー。善逸くん、元気ですかぁ?」

入って来た宇髄に椅子を譲り、雛鶴たちに渡されたリンゴとお見舞いのお礼を言うと、それぞれベッドの周りに寄って皆で善逸を覗き込んで様子を伺ってくれた。

「傷の具合は?」
「ずいぶん塞がりました。」
「鬼は倒したんだろ、なんで眼が覚めねぇんだか。」

呑気に寝てんじゃねえよ、と軽くでこぴんする宇髄に雛鶴が「天元様」と諌めているが気にする宇髄ではないし、宇髄家と善逸の並々ならぬ関わりは身内の気安さが垣間見えて微笑ましい。

「一般の方々も、順次目を覚ましたらしいです。善逸の場合は怪我と相俟って術の掛かりが長くなってしまってるのかもとアオイちゃんが言ってました」
「はぁ、ったく、相変わらず鈍臭ぇ奴だ。退院したらしごきあげてやらなきゃならねえな。」

善逸にフラグが立ちました。死亡、若しくは瀕死フラグですね、わかります。宇髄との手合わせは善逸が本気で逃げ出したい…逃げ出した過去があるけど、鬼と化した宇髄により連れ戻され地獄もかくやと言うしごきに遭ったとか。

「程々にしておかないと、善逸くん逃げてしまいますよ」
「あ?どうせ逃亡先は名前んとこだろ。」
「そりゃそうだね、じゃ、あたしと須磨で待ち構えといてあげようかな」
「いいですねぇ、待ってる間に名前ちゃんの美味しいお菓子食べれますね!」
「何がいいです?リンゴで焼きリンゴなんて如何がですか?バターとお砂糖で焼いた熱々リンゴにアイス添えると美味しいですよ」
「「「食べたいです!」」」
「おい、主旨が違ってきてるぞ」

呆れる宇髄に本当にと女四人で笑い合う。きっと善逸なら私たちと同じく焼きリンゴに同意してくれるだろうね。宇髄達が帰った後、頂戴したリンゴを一つ持って善逸の手に触らせて顔の近くに持っていく。リンゴの甘い匂いが善逸にも届くように。

「美味しそうな真っ赤なリンゴよ善逸。焼きリンゴするから早く起きてね。リンゴジャムも作るつもりよ、善逸の好きなパン屋さんのパンに塗って食べてほしいな。」

枕元にリンゴを一つ。そこには艶々しいドングリが沢山と、可愛らしいお花たち、毎日届く手紙。

「善逸、みんな待ってるから、安心して」

ベッドに腰かけて頬を撫でて、子守唄を唄う。沢山眠っていいよ。だけどそろそろ善逸の声が恋しいかなぁ。善逸の胸をとんとんと叩きながら口ずさむのは、善逸が甘えたな日にせがむシューベルト。

「名前さん、ね、ぎゅってして」
「はいはい、今日の善逸は甘えん坊だね」
「嫌いになる?」
「なるわけないでしょ、むしろ可愛くて萌えるよ?」

照れ臭そうに名前の胸に顔を埋める善逸が愛しくて仕方なくなる瞬間だった。
くぅと、喉の奥が鳴りそうになって唇を噛み締める。こんな如何にも「寂しい」みたいな音をさせたら善逸が心配するじゃない。でも仕方なくない?実際私は物凄く寂しいんだもの。
善逸の頭を抱き込んで首に顔を埋める。とくとくと脈が命を奏でていることに安心して体から力が抜けて善逸にのし掛かる態勢になってしまった。重たくないかな、でもちょっとだけこうさせてね。


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「こんにちは、名前さん」
「あら、禰豆子ちゃん、また来てくれたのね」

6日目の朝が来て、禰豆子ちゃんが訪ねてくれた。どうやら炭治郎からの手紙を預かってきたようで「お兄ちゃん、今朝帰ったんですけどすぐに任務で出てしまって」と詫びてくれたけど、それは善逸が倒れたことでその分をカバーしてくれてるのではないだろうか。
きっと、伊之助もそうなんだろう。ちなみに伊之助は一昨日退院したと思ったらその足で早速任務に行ってしまった。

「善逸さん、まだ目が覚めないんですね…」
「そろそろかな、とは思うんだけどね」

愁い顔の禰豆子はそれこそすれ違う男が振り返る美人である。色白の肌に濡れ羽の髪、鬼であった時もその強い精神で人を傷つけず人を守った禰豆子は心根から強く優しく美しいのだろう。善逸が一惚れするのも理解できる。

「善逸さん、お加減如何ですか?」

ベッド傍の椅子に腰かけて声をかけてくれる禰豆子が善逸の手に触れるのを見てチクリと胸が痛くなる。もし、名前が居なければ善逸と禰豆子は恋仲になっていたのかもしれない、そう始めに思ったのは何時だったか。
思い出話に炭治郎が何気なく語ってくれた時だったかもしれない。善逸の中には確かに禰豆子に向けて暖かな感情があっただろう、だから名前は禰豆子と居ると不安になってしまう。もしかしたらこうして善逸の傍に禰豆子が居たのではないか、もしかしたら善逸に寄り添うべきなのは禰豆子だったのではないか。もしもなんて考えが不毛だと頭で理解していても感情はそうじゃないのが人間の面倒くさいところ。そして感情に引っ張られてしまうのはきっと心が弱っているからなんだから仕方ない。

「禰豆子ちゃん、まだ時間ある?少しの間だけ善逸見ててもらいたいんだけど」
「はい、大丈夫ですけど、どうしました?」
「洗濯をしてきたいの、いつもこの時間善逸ひとりぼっちにしちゃうのよ。禰豆子ちゃんがいたら善逸が起きても不安にならないでしょ?」
「はい、お安い御用です。」

嫌な顔など一つもせずニコニコと微笑む禰豆子は本当に綺麗だ。それなのに私ってなんて狭量な女なんだろう。赤みがかった澄んだ瞳に見つめられるのが居たたまれなくて一纏めにしていた洗濯物を手に部屋を出て足早に廊下を進む。すれ違う隊士の人達が「鳴柱の奥様だ」「おはようございます」と挨拶をくれるがいつもみたいに笑って返せただろうか。


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名前さん大丈夫かしら

禰豆子が心配するのも無理もなかった。部屋を出ていく彼女の背はどこか小さく見えて頼りなくて、いつもお姉さん然としている姿は何処にもない。それも仕方ないのかもしれない。夫である善逸が怪我をし眠ったままでもう何日も経つ。兄の炭治郎も気にして禰豆子に、善逸よりも名前さんを気遣ってやってくれと言い置いて任務に出た程だ。
善逸さんはいいの?と聞けば「善逸は目を覚ますよ、必ず。」と自信ありげに言っていたが、信頼関係がそうさせるのだろう、炭治郎の言葉に禰豆子も納得した。

善逸の枕元に目を遣れば伊之助からのドングリや禰豆子が届ける花、炭治郎からの手紙、そして、ちりめんで作った可愛い黄色の狐。そして寄り添うようにもう1つ。
その二つを手に取りそっと善逸の手に握らせた。
きっと、大丈夫、だって善逸さんは名前さんを悲しませたままにしない。だって、女の子にはとても優しい人、それが特別な人ならなおさら。

「いってらっしゃい」

開け放たれた窓から冬の風が禰豆子の頬を撫でる。彼女は暖かい笑みを浮かべてもぬけの殻となったベッドを整えたのだった。

□□□□□

庭に出て盥と洗濯板を借りてポンプで水を汲み上げる。水道ももちろんあるけど、地下から汲み上げる手押しポンプ式の井戸の方が好きだったりする。何度かハンドルを押して水を盥に張り善逸の肌着や病衣、手ぬぐいを水に晒す。袖をたすき掛けして、持参した石鹸を布地に擦り付け洗濯板で汚れを落とす。

……洗濯機欲しい。冬は切実にそう思う。でもこういった1つの作業に手間を掛けることは嫌いじゃない。洗濯しかり料理しかり、1つ1つに家族を思い時間と労力を捧げると言う行いは愛情が根底にあって互いを思いやる深さは前の世界の比ではない。
善逸の為にする家事はとても好きだ。善逸は何をしても嬉しそうに笑ってありがとうありがとうとたくさん感謝の言葉をくれる。

「お洗濯ありがとう。すごく綺麗になってるし良い匂い!」
「俺の部屋散らかってたてしょ?ありがと、綺麗になったら気持ちいいね」
「名前さんのご飯大好き。俺の事考えながら作ってくれるの、ほんと嬉しいなぁ」

名前さん、名前さん
そう呼んでくれる善逸の声が恋しいなぁ。任務で離れてる時は居ないからしょうがないと諦められるけど。
はぁーと深いため息を吐いて洗濯物をぐしゃぐしゃと揉む。情けない、しっかりしなきゃ、ここでは鳴柱の妻としてしゃんと立ってないといけない。揺らいではいけない、端然としていなければならない、のに。

「今目が覚めたら禰豆子ちゃんのおかげかな、6日も引っ付いてた私の存在とは、」

心が萎んでしまいそう。善逸は自分に自信が無いと言うけど私だってそうなんですよ。確かな言葉や態度をもらっていてもこんな簡単にぐらぐらしてしまう。だけど禰豆子ちゃんよ?きっと、善逸が戦う日々の中で心の支えにしてきたと思うの。お花を送って炭治郎君が意識が無いときには傍に寄り添って慰めて励まして。

「……善逸が幸せならいいんだ、それが私とじゃなくても。」
「俺は名前さんと幸せになりたい」

後ろから腕が回った。点滴を抜いたからか血が流れて袖を赤く染めている。ちくしょう、やっぱり禰豆子ちゃん効果か、禰豆子ちゃん最強じゃないの。ああ悔しいなぁ。なんで私が居る時に目を覚ましてくれないのかなぁ。

「……善逸、ほら、いきなり起きてこんな所に居たら風邪引くから、戻ろう。あ!裸足じゃない!なんで!」
「窓から飛び降りた」

6日も寝てたのに何故そんな芸当が出来るのか謎過ぎる。柱だから?柱って化け物なんでしょうか。名前が「病み上がりが何やってるの!」と怒るけど善逸は抱きしめる腕を緩めてくれない。

「だって、」
「うん?」
「だって、名前さんから心臓が止まるぐらい苦しい音がしたんだ。」

鳴り止ませたい、そんな音出さないで、なのにどんどん遠くになる。駄目だ、何やってんだ俺、って思ったら飛んでたんだよ。

「ずっと傍に居てくれたの知ってるよ。俺の傍でずっと、音を聞かせて安心させてくれてたの、知ってる」
「……だ、大事なとこで、私じゃないのはなん、で、なの」

ひぐっと、嗚咽が漏れそうになって唇を噛む。
眠り姫は王子様のキスで目が覚めて、二人、お城で幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし。そんなハッピーエンドを少し夢見てたのになんで私を王子様にしてくれなかったの。

「名前さん、」
「う~~善、逸のばかぁ、」
「名前、聞いて」

いやいやと首を振るけど善逸の抱き込む腕は強まるばかり。悔しくて切なくて、でもやっぱり善逸が大好きな私は振りほどけなくてその腕に縋ってしまう。

「ねえ、俺は名前と一緒に居たいの、幸せになりたい。おじいちゃんおばあちゃんになるまでずっとずっーと居たいのは名前だけ、そう言ったよね?」

真っ赤な顔で可愛い花束を差し出しながらのプロポーズの言葉は名前の宝物だ。それに名前は「私が幸せにしてあげるのに」と返して、じゃあ二人でお互い幸せにし合いっこしようねと誓った。

「なのに、名前が悲しい音させて何処かへ行ってしまいそうになってるのに、悠長に寝て待ってられると思う?そんなの無理でしょ、不安にさせたのはごめん、本当に申し訳なく思うよ。だけど、俺のたった一人の唯一は名前だって、いい加減思い知ってよ…」

ぐっと後ろに引き寄せられて、首筋に善逸の顔が埋まる。背中越しに伝わる体温と鼓動が温かくて涙がぼろぼろと零れた。善逸の体温、善逸の声、善逸の息遣いが強がりな心を解していく。やっぱり私の隣でずっと笑ってて欲しい、善逸と他の誰かなんて嫌。

「ひく、ぜ、善逸…ごめん、ね」
「うん、俺もごめん、」
「……ぜ、善逸は悪く…ない、私が勝手に禰豆子ちゃんに嫉妬しただけ、で」
「いや、あの、俺もごめんなさいね、女の子に勝手に脈拍上げちゃって」

そうして、二人でごめん、ごめん、と謝り合っていると周囲の視線を集めていることに気づく。隊士の方々や看護婦の女の子達。みんな顔がほんのり赤くて微笑ましい。そして同じ赤くても違う意味合いで顔の赤い鬼の形相をしたアオイちゃんがやってきて怖かった。そして病室に強制連行されお叱りの言葉を頂いた。

あなた方夫婦は何をやっているんですか!?特に善逸さん!6日も寝たきりの体を突然動かすなんてどうかしてます!神経切れますよバカなんですか!?名前さん!どんな経緯があるにせよ監督不行届きですからね!イチャイチャはご自宅に戻ってからでお願いしますよ!

こんな怒られ方をされ二人で赤くなって項垂れたのは言うまでもない。ちなみに二人は善逸のベッドで正座であった。更に言うならその場に禰豆子がいて恥ずかしかった。
アオイのお説教の後、アオイは「安静ですよ!」と言い禰豆子は「また来ますね」と部屋を出ていった。禰豆子には今日の事は内密にお願いしたいところだ。

そうしてベッドに戻った善逸は名前の袖を引く。

「これ、俺と名前さんだよね」

病衣のポケットから出てきたのは小さな黄色い狐の夫婦。

「家に帰ったらさ、飾ってよ」

どこか、いつでも視界に入る場所がいい。

「それで、いつか家族が増えたらこの子達も増やしてあげてほしいな」

蕩けるような琥珀色が愛しさに満ちて名前を見上げる。くいと更に袖を強く引かれてそのまま腕を掴まれてあっと思う前に唇が合わさった。

「……またアオイちゃんに怒られるよ?」
「見つかんなきゃいいでしょ?」

そうして今度は二人で引き合うようにキスをして、クスクスと笑い合う。あんなに寂しかった私はもうどこにも居ない

「善逸、」
「なに?」
「もっとして」
「…いいよ」

おいで、

やわい皮膚同士を触れあわせるだけの行為が、こんなにも胸を熱くする。満たされる。何度か擦り合わせ、啄み、唇を舐める。そうして二人で熱い息を吐いて唇を離した。

「……早く、帰りたい。」
「頑張って治して、旦那様」

髪を撫で額にキスを落とすと善逸がフワリと笑って「お返し」と頬にキスをする。触れられた箇所からじわじわと広がるのが愛しさならその温度で全身を染めて欲しい。
そっと善逸の胸に耳を寄せると凪いだ心音が聞こえてくる。この音が聞こえる場所でずっと生きていきたい。もしも止まる時が来るならそれは、名前の傍で止めてほしい。
そんな名前の髪を撫でる善逸の手は温かく優しい。

「眠い?」
「……ちょっとだけ」

眠っていいよ、今度は俺が起こしてあげる。
そっと目を閉じれば善逸に歌うシューベルトが彼の口から聞こえてくる。徐々に落ちていく意識の中で、ふと願う。
もしも私が先に逝く事があるなら、どうか最期までこの腕に包まれていますように。

束の間の眠りに落ちていった名前を善逸は愛おしく撫で、何物をからも守るように抱き締めたのだった。



王子さまはいない