「善逸さん、善逸さん、今…少しよろしい?」

名前さんが敬語だかわいいなぁ!
自室で報告書を書いていた善逸にお茶を持って来た名前がほんのり顔をあかくしてそこにいる。いや、もう、わかってましたよ!ここに向かってくるお嫁さんの期待と不安が入り交じった音がさ!なんとなく察していたけど、こうやって敬語で俺の都合を聞いてくるのがもう堪らないだよ!

「よろしいですとも!名前さんならいつでも喜んで!」

そう言った善逸は筆を置き正座から胡座に足を組み換えて両腕を広げ「はい!どうぞ!」と呼ぶと名前は躙り寄り失礼しますと囁き善逸の足の上に横向きで座り込むと胸に顔を埋めてぎゅうと抱きついた。

うわぁああ……幸せすぎる…っ!

女の子は柔らかくていい匂いがする。昔は少し優しくしてくれた女の子なら所構わず結婚してくれと縋りついては叩かれたなぁとちょっと、いやかなり切ない過去を振り返る。あの頃は自分は結婚出来ないと思っていましたが今はどう!?あの時の俺!未来は明るいよすごく幸せですよ!頬をだらしなく緩ませていると重たくない?なんて聞いてくるんだけど全然!全く!重くないよ!大丈夫だよ!むしろ軽いよ!?ちゃんと食べてる?と、返して善逸もそっと抱き返す。背中をよしよししてあげると更にきつく腕に力が入った。
あ、名前さんから少しだけ寂しい音が消えた。

「善逸すごい心臓の音」
「そ、そりゃあ、大好きなお嫁さんに抱き着かれたらドキドキするでしょ!」
「そっか、私もドキドキする」
「うん。聞こえる」

名前の髪に口付けるとぽっぽっぽっと花が咲いたような音が聞こえて善逸も嬉しくなる。名前から善逸に甘えてくれる、たまーにある稀有な日。ほんとならいつでも毎日でも甘えてもらってもいいんだけどなぁ、と初めての日を思い出す。

それは善逸と名前が暮らし始めて初めて泊まり掛けの長い任務から戻った日のこと。10日ぶりの我が家で10日も会えなかったお嫁さんにやっと会えて、10日ぶりのお嫁さんの美味しいご飯を食べて、ゆっくりとお風呂に入って、ほぉっと湯冷ましで喉を潤していた時である。
やっぱり家はいいなぁ、帰る家があって大好きなお嫁さんが「お帰り」って言ってくれて「ただいま」を返す。お腹の中からあったかくなるご飯はいつでも美味しいけど今日は殊更美味しかった。居間で今日の一時を反芻していると台所からひょっこりと顔を出した名前が「善逸さん、善逸さん、少しよろしい?」と聞くのでに「なぁになぁに」と返事する。名前はそそくさと側に寄ると善逸の隣に腰を下ろした。

「今はお疲れでしょうか?」
「ど、どうしたの?突然、あの、敬語…」

聞こえてくる音から怒ってる様子ではなく、どうしようか、大丈夫かと名前側からの戸惑いの音で善逸が不安になっている、という図。

「え、と、ご無事にお戻りで、良かったです、」
「あ、はい、ありがとうございます?」
「少しお願いがありまして、お疲れなら…」
「お疲れなんかじゃないよ!俺に出来ることならなんなりと!」

名前からのお願い事など初めてだ。しかもこんな畏まられて…ちょっと待って緊張するじゃない!思わず姿勢を正して正座になった善逸はどんな事を言われるのかと体を固くする。

「……じゃあ、失礼します」
「は、はいぃいいい!どうぞお願いしますっ!」

何がどう起こるのか全く予想がつかない善逸は来るべき何かに備えてピシッと背筋を伸ばし名前の様子を窺っている。と名前は善逸の背後にずりずりと躄りピトッと張り付いた、善逸の背中に。

「ーーーーーーっ!?」

声にらない悲鳴をあげた善逸の心臓がいきなり拍数をあげバクバクと鳴る。自分の心臓の音が耳に響いて痛いぐらいだ。

な、なにこれなにこれっ!?ええっ?ど、どうしたの名前さんっ、うわ、うわーっ!!ちょっ、ちょっと待って、合図、合図くださいよ!俺の心臓転び出る前に破裂しそうなんですけど!、おでこ、おでこグリグリとかしてる!やばいなにそれ可愛いんですけど!

落ち着け落ち着けよ俺!息を整えろ全集中だ!あれ?い、息ってどう吸うんだっけ?
ドッドッと激しく脈動する体から力を抜き呼吸を整えていくと背後から腕が回って着物を掴む名前の手。それにまたもや心臓を持っていかれそうになるのをなんとか耐える。俺はそのうち名前さんに息の根を止められるかもしれない。本気で考える善逸だがその着物を握る手が少し頼りなくて、落ち着きを取り戻した善逸の耳に名前の音を拾う余裕が出来た。そうして
ああ、そうだったんだなって、善逸は理解した。

「名前さん、ね、こっち来て。」
「いやです」
「えー、俺は名前さんの可愛い顔で癒されたいです」
「…可愛くないので」
「可愛いよぉ!ほらほらぁ、」

手、離して?善逸が言うと少し緩んだ名前の腕。空かさず体を捻り彼女を体ごと抱えて前に持ってくるとちょっと泣きそうな顔をしていた。そんな顔を隠したかったんだろう。

「ちょっと待ってね、と、はい、ここ、ここに座って。」

ここ、と叩いてしめしたのは座り治した善逸の胡座の足の中。名前が途端に引いた。なんでよ!?

「……いや、あの、重いから辞退します。」
「え!重くないよ、」
「善逸の足か疲労骨折するかもしれない。そんな恐ろしい未来の原因になりたくないので結構です。」
「なんって大袈裟な!そんな未来は来ませんから!」

あるかも。ない。来るかも。来ないって!もう大丈夫なので。俺がよくないよぅ!!と埒が明かない上に名前が立ち上がろうとするから善逸が慌てて腕を引いた所、勢い余って飛び込む形でポスンと善逸の足の間に収まった。

「ちょ、っと、重いよ、私重いからっ、善逸の大事な足に何かあったらどうするの」
「そーんな柔な足してませーん。はい、と言うことで!名前さん捕まえたー。」

名前の身体全部を包むように抱き込んでおでこにチュッとキスすると、諦めたのか善逸の胸に身を寄せた。
くっそ!なんて可愛いんだよお!もう!俺のお嫁さんは可愛いでしか出来てないよきっとっ!!

「い、いつでも甘えてよっ、その方が、俺も嬉しいし、ね?」
「…、善逸の足が疲労骨折するかもだから」
「いやだからそれは無いからっ!!俺の足は頑丈に出来てるから!」

じゃあ、たまにでいいんで、こうしてほしい



本当にたまに、なんだよなー。いやいや、贅沢はだめだ善逸、少しずつだけど頻度も上がってるし、今では寂しかったから、なんて理由だけじゃなく、純粋に善逸に触れたいからってくっついてくれることも増えたしね!

「重くない?」
「心配症、大丈夫だって、」
「じゃあ、もうちょっと、お願いします」
「うん、俺ももうちょっと、こうしてたい」

ねえ、もっと甘えて、いつでもいいから、ここはあなただけの場所だよ。
あの頃より少し伸びた髪を鋤いて頭のてっぺんにキスしたら「エロい」と言われた。なんで!?じゃあ、エロいことしよっか?と期待を込めて言ったら名前さんの音が一気に冷たくなったのがちょっと辛かったです。



甘えてほしい