コツコツ、コツコツと障子を突つく小さな音がする。
そっと障子を滑らせれば見知った雀が朝の空気と共に入ってきた。

「おはようチュン太郎。」

手のひらを差し出せば雀はそこに乗ってこれを見て読んでと言わんばかりに咥えた文を差し出してきた。

「うああああ、お休み終わった…。」

広ければそれはやっぱり任務でがっくりと肩を落とす。チュン太郎がチュンチュンと励ますように鳴いているから指先で頭を撫でてやった。そのまま視線をずらせば隣の布団はもう畳まれて件の人は台所で朝ごはんの準備に勤しんでいるのが聞こえた。 

「なぁ、チュン太郎、名前さんさ、たまに泣くんだよ。」

昨日はお風呂に入って名前の髪を乾かした後、疲れていたのかすぐに寝入ってしまった善逸だったが、夜中、すん、と小さく鼻を啜る音に目が覚めた。隣の名前は背を向けていたが自分以外には彼女しかいない部屋、どうしたの?そう聞いても返事が返ってこないので起きて#nane#を覗き込めば涙を一粒溢して眠る人。

何が名前に涙を流させるんだろう。何が悲しいの?何か怖いのか。それが分かれば善逸は全力で排除するつもりでいる。もしかして自分に何か不甲斐なく思われる部分があって彼女が泣いてるとしたら、善逸は自分をぶん殴る、いや、自分で痛め付けるとかきっと無理なので炭治郎か伊之助辺りににやってもらおう。

「でもさ、きっと違うんだろうなって思うんだよ」

彼女が何か抱えてるのは知っているんだよ?けど、それは俺が無理矢理暴くものじゃないと思うわけ。

「いつか話してくれるかなぁ。なあ、チュン太郎?」

チュン太郎が慰めるように見上げてくれる。大丈夫だよ、そう言ってくれてるようでお前、優しいなぁ、と頬擦りする。

昨夜はそのまま名前の涙を拭いそっと布団をかけ直してあげた。少し淋しいけれど、あなたの事を全部知りたいって思うから、いつかは。

「だからさ、俺はもっと強くならなきゃ、って思うんです。ここに帰って来なきゃいけないからさ。」

あの人が俺に会うために命をかけて戦い続けてくれて来たのならそれに見合う、いや以上の己であらなければならない。
それでももしかしたら、名前を置いて逝ってしまう未来だってあり得る。だがそんな「もしも」を考えていたって先のことなんて結局は誰にも分からないんだ。

「遺していくなんて、考えてないよ。俺は必ず帰ってくる。」

置いて逝かれるのは心臓がひしゃげるようで。独りぼっちになった心は真っ黒に凍りつく。子供の頃の闇の比じゃなかった。他人の優しさを知れば知っただけその悲しみは深くて。じいちゃんと…獪岳が居なくなって俺は真に孤独になったんだって。名前さんにあんな思いをさせたくないんだよ。

「あの人はね、壮絶な覚悟で俺の傍にいてくれてんの。だから俺は死なない、死ねない。絶対に。決めたんだ、名前さんと一緒になる時、もう「死ぬ」って言わないって。そりゃ泣き言は言いますけどね!」

だから生き抜いて彼女より一分一秒でも長く生きて見送ってから死ぬ、それは名前の覚悟に応える善逸の誓い。チュン太郎も覚えててよ。俺の覚悟をさ。
力強い眼差しを受けた相棒は感無量のようで目をうるうるさせている。あの善逸が、と。任務に駄々をこね、女の子が好きでいつも喚いてた、そんなこの子も成長したなぁ、と。

「え、なんで泣くのよ!そんなに嫌だったとかっ!?それあんまりじゃない?ってあいだだだだだっ!痛い痛いよ!」

肝心なところで伝わらない善逸にチュン太郎がヂュンヂュン鳴いて手の甲を捏ねって捻りをいれてやれば「ち、ちょっとー!!チュン太郎身が千切れる!千切れるからぁあー!」と大騒ぎ。すればいつもの足音が聞こえて寝間の障子を開けたその人は少し困り顔。

「おはよう善逸、朝から相変わらずね、近所迷惑だよ?」

「ごめんなさいね!!だってチュン太郎がさぁああ!」

「チュン太郎おはよう。あら、と言うことは善逸お仕事?」

「そうだった…。そうなんですよ、お休み終了のお知らせでした!」

残念だけどお仕事だものね、そう言ってほら、と手を差し出すから掴んだら「よいしょ」と善逸を引っ張りあげた。そうして寝乱れた金色を手櫛で整えてくれ朝ごはんにしようと微笑む。名前からはいつもほわほわのあったかい音がして善逸の顔はふにゃっと緩んでしまう。

「今朝はなぁに?」

「出汁巻きと、めざしと大根おろし。具沢山味噌汁です。チュン太郎も一緒にご飯食べようね」

善逸の肩に乗ったチュン太郎の頭を指先で撫でると雀はチュンと返事をする。布団を片付けてから行くと言えばお願いします、食事、用意しとくから早く来てねと返す名前の肩に向かい雀が飛んで行く。その雀に小さく小さく

(今のは俺とチュン太郎だけの秘密だからな)

チュン太郎は返事の代わりに羽を一つはためかせた。




休日、終わり