大正時代−−−−

たった15年という短い時代に日本は色んな事に見舞われている。第一次世界対戦、民主主義への発展、関東大震災、米騒動、婦人参政権、等々。文化も進み善逸が生きている時代は華やかに目まぐるしく動いていた。まぁ、善逸の世界と私の世界の大正時代が同じかどうかは分からないけど。

そんな著しく変わる世界は善逸のような低下層の子供達には関わりない事で。

あれからも夢の中で善逸とは相対して、色々な話をした。いつも泣いているから落ち着いてからだけど。
孤児で親の顔は知らない、施設で育ったそこでは耳が良すぎる所為で気味悪がられ、同じ境遇の子供らにいじめられて、よく泣いてばかりで鬱陶しがられた。十を過ぎるとそういった子供たちは一様に奉公に出されるから善逸も小間物問屋で働いていること。
それを聞いた自分の感情は正直で可哀想に、だ。その一瞬後善逸が大きな眉をへにょりと下げた事で私は自分の失態に気づいた。善逸は耳が良いと言ってたのに。それこそ相手の鼓動、血圧、感情に寄って揺れ動く体内の変化を聞くことができるって。
自分の中で急激に血の気が落ちるのが分かって謝罪の言葉を口にするよりも善逸に「気にしないで、」と「名前さん、ものすごくごめんって、音が言ってるよ」と切なげな顔で笑うから、そんなことを言わせてしまった私はこんな小さな子に気を遣わせて情けなくて仕方なかった。

自分にはどうすることも出来ない環境に置かれ、その環境で生きていくしかない善逸に選択肢なんてない。そんな状況に置かれたことがない私は贅沢なんだと思う。だから無意識に傲慢なんだろう。こうやって会って会話を重ねていく過程で私は善逸を知らぬ間に傷つけていくかもしれないと考えると怖くなった。
だって善逸は優しくて泣き虫で。
昼間はあまり泣かないようにしていると言っていた。鬱陶しいと思われ放り出されたら生きていく道がない。だから我慢して、夢の中で思い切り泣くんだって。
そんな善逸の逃げ場であるこの場所で悲しい思いをさせるなんて、出来ない。
そんな風に思えるほどにはこの子が可愛くて大切だった。

だから善逸が私の所為で泣くぐらいなら、夢から離れるべきだって。きっと、すぐ善逸も忘れる。たかだか夢の中の住人のことなんて。会えなくなるのは淋しいけど、私もきっとただの夢物語だったと思い出せる日が来ると。

その日から、生活サイクルを変えた。勤務を遅番に変えてなるべく昼から出社し夜は22時過ぎまで仕事をし、朝方眠る。これだけで善逸と会うことは無くなった。なんて呆気ない、
本当に細やかな繋がりだったんだなと笑えるほどに。

だけどそうやって一週間、1ヶ月、過ごしていく中で善逸の面影が薄れたかと問われればそうじゃなかった。日を追う毎に増していくのは気がかりばかり。あの子は今どうしているだろう、頑張って働いていいるのかな、ミスして怒られていないかな、泣いて、ないかな。泣き虫だもの、きっとあの夢の中で泣いて、泣いてるんだろうな…。小さな体を縮めて大きな粒を溢して。

「大丈夫?」

はっと顔を上げれば肩を叩いた同僚が気遣わしげにこちらを見下ろして、どうやら私はパソコンの前でキーに手を置いたままぼんやりしていたようだ。

「あ、ありがと、」

「最近ぼんやりしてるけど、目の下の隈酷いよ?寝てる?」

「うん、まあ、ほどほどには」

「なに?恋煩いとか?」

「……まさか、」

その方がまだ罪悪感もないし解決策もあると言うもの。どうしたって私は善逸を助けてあげられない、夢の中でもすべての音を拾うあの子を傷つける事しか出来ない気がするから。

「でも悩むにはそれなりの理由も意味もあるんだから、気の済むまで悩みなさいな」

「……っ」

「だけどちゃんと睡眠取らないと思考が回らないから録な事しか考えられないの。だからきちんと寝て食べて悩みなよね」

じゃ、あとちょっとお互い頑張ろうねと自席に戻った彼女は、何かしら同じような経験をし悩んだ事があったんだろうか。彼女の言葉を反芻して私は息を飲んだ。
悩むのにも「意味」がある。私は似たような事を善逸に言った「二人が会ったのには意味があるんじゃないか」って。それなのに私から切り捨てるようにしてしまってあの子はどんなに傷ついたろう。途端に指先が冷えていく。
ああ、なんてこと。傷つけるのが怖いと離れたけど、もうすでに善逸を悲しませているじゃないか。そこそこ懐いてくれて、自分の過去を話すほどに心を開いてくれていたのに、なんて愚かなんだ、私は。

ごめんね、ごめんね、善逸。
あなたに謝らなきゃいけない。
大人げないよね、本当に。
だから、もう一度夢を見よう、
善逸と私が会った意味を見つけるために




優しいあの子と身勝手な自分