買い物から帰った善逸が異様に疲れていた。どうしたの、何かあったの?と聞けばどうやら町中で宇髄様に遭遇し色々と聞かれて追い回されたらしい。……あの人は暇なんだろうか。
善逸を構うのは一つの愛情表現だろうが本人に伝わって無いのが残念です。

半日休ませてもらったおかげで随分と怠さも痛みも引いた。さて、夕飯の支度をせねばと布団から身を起こすと飛んで来た善逸がスパンと襖を開けた。

「だめだよ休んでなきゃ!まだ体怠いんでしょ?」

「大丈夫よ、ゆっくりしてたから、」

「だーめ、だって名前さんの体から本調子じゃないって音するもん。」

相手の耳が良すぎると嘘が吐けない…。確かに本調子ではないけど病気じゃないんですよただの腰痛ですだから大丈夫です。それにこういうの一度や二度じゃないでしょ?そう口にしかけたけど善逸が「俺に甘えてくれないの?俺頼りない?」なんてしょぼんとなる姿に名前の心臓はギュウとわし掴まれた。

「ど、どしたの?なんか心臓がすごい鳴ったけど、大丈夫?」

「……ちょっと(色々)苦しくなったかも、やっぱり善逸に任せてもいい?」

「任せといてよ!お風呂は洗ったしご飯ももう少しで出来るよ。ご飯はねぇ、お魚の沢煮と里芋の煮物、その後は一緒にお風呂に入ろうね?。」

善逸は煮物系の料理は上手だ、おそらく亡き師範の好みに合わせて腕が上達したのだろう。期待できる代物なので「楽しみにしてる」と言えばパアッと目を輝かせふんふんと鼻歌を歌いながら襖の向こうに消えて行った善逸が「楽しみー」と一言。
あら、ちょっと待って、私何かを聞き落としてる気がする。楽しみーって何が?

「…………ぜ、善逸ーっ!お風呂は、お風呂は一人で入れるから!」

「えー、背中流しっこしようよー、あと、髪洗ってあげたいー。」

「………」

台所から聞こえる、ねーいいでしょー?の甘えた声。それは普通、可愛い新妻が旦那様に言うセリフじゃないのか善逸クン。あなたは旦那様なんですよ。いや、あなたは可愛いですけども、新妻じゃないのよ。でも割烹着着てると新妻で可愛いですね。一人でツッコミをしている名前であるがお風呂がイヤな訳ではない。
あまり明るい場所で肌を晒すのが好きじゃない。どうしてって、やっぱり傷だらけだから。特に目を背ける、なんて傷はないけど鬼の爪、血気術、毒などで引きつれ、焼け爛れて皮膚移植している場所もある。
どれも勲章、と言えば聞こえは良いが名前とて女である。善逸は「俺とお揃いだよ」「たくさんの人を守った証だね」などなど誉めてくれるけど、好きな人の目にキレイに映りたいと思う乙女心なのです。

もだもだとしてるうちにご飯が出来たよと呼ばれ、居間に行こうとしたら横抱きで運ばれました。「歩けますけど?」と言っても善逸が「俺がしたいの、今日は名前さんを甘やかすんだ〜」とニコニコしながら給仕をしてくれるんだけど、お膳の向きおかしい、向かい合わせじゃなくて隣に並べるのに首を傾しげていると「はい、あーんして」とか、あの、あの、

「待って!恥ずかしすぎる!」

ばっと顔を両手で隠す。だって多分赤くなってると思うので!

「たまにはいいじゃない?ほらほら〜」

「たまも何もしてないです!私、あーんなんて!」

それは君がしたいだけでしょ善逸さんよ。すっごく羞恥心が沸いて顔が暑くてたまらない。そもそもそんな可愛らしい事する年齢でもないですから。善逸はきょとんとし今度はにへらにへら相好して「うぃひひ」と変な笑い声。

「名前さん無意識なんだねぇ」

「な、何が?」

「だってさ、昨日もそうだけどお店でご飯とか食べる時、俺がそれ美味しそうとか言うじゃない?そしたら名前さん、いいよ、とか、こっちも美味しいから食べてみる?とかって俺に食べさせてくれてるんだけど」

「………」

ぜ、全然、全く気づかなかった!だ、だって別に善逸も恥ずかしがらなくて普通に口を開けて待ってるから「はい、どーぞ」みたいな軽い感じだったのよ。これ…これ、自分がされたらものすごく恥ずかしい!

「もう私、外食しない…」

「えー!?そんな大袈裟な!!やだやだやだ!俺は名前さんのあーんが楽しみなのに!二人で美味しいもの分け合うって幸せ半分こしてるみたいで嬉しいんですけど、だめなのぉ?」

またそんな顔をしおって…。眉毛がハの字にした善逸は謀ってやってるんじゃないだろうか、私はそれに弱いんですって。

「わ、かった。それは、うん、理解できますので、ただなるべく人目の無い所でね」

「ありがとう!うんうん、こっそりね、こっそりの方がドキドキするしね!」

お願いしますよ。本当に!というか自分、自重しよう我妻名前よ。

「と、言うことではい、あーん」

「は?いや、あの、自分で、」

「今は俺しか見てないよ?」

言外に「人目が無い所なら大丈夫」って言質とりましたよね?って顔してる善逸にやられた、と思ったがもう遅い。
しかも隣に居るから逃げられやしないし、ええいもうままよ!と覚悟を決め、善逸が嬉々として口に運んでくれるご飯を食べ、私にはお箸を使わせてくれなかった。と言うかそもそもお膳にお箸がなかったんだけども。

「ご馳走さまでした、美味しかったよ」

「お粗末様でした。」

美味しかったのは本当。ただ、そう、緊張して疲れました。食べさせて貰ってる間、恥ずかしくて体が固くなってたようで少しだけ。お風呂でちょっと時間をかけてマッサージでもするかな、と考えていたら善逸が「じゃ、お風呂行こっか」でさらに体が固まった名前。

しまった!「あーん」で乙女心のくだりを忘れていた!
またもやニコニコした善逸がひょいと軽々私を抱えて風呂場に向けて足を運ぶ。「善逸待って待って」と言っても「だいじょぶだいじょぶ〜」と聞く耳持たない、何がだいじょぶなの?

「さすがに今日は何にもしないよ、洗ってあげたいだけ!」

琥珀色は曇りなく輝いて、それはありがたいが、そうじゃないそうじゃないのよ善逸、私の胡麻粒みたいな乙女心に気づいてほしいんですよ。なんて望みも空しく裸に剥かれて傷だらけの身体を「綺麗だ綺麗だ」と優しく擦ってくれる。いや、もうなんか恥ずかしすぎて意識飛ばしたい。
背中を擦っていた善逸に肩甲骨の辺りから斜め下に指でなぞられてピクリと肩が揺れた。
そこには一番大きな跡がある。手が鎌状になった鬼から受けた傷。毒が仕込まれているのがわかって、もうダメだと諦めかけた時、轟く雷鳴と脳裏に焼き付く眩い一閃を見た。

「あの、名前さんが見せたくないって知ってるんだ、でもさ、俺はこの身体が好き。痛くても苦しくても前に進んできた名前さんの生きざまだもの。」

胸が締まった。涙が出そう。それをぐっと堪えて「ありがとう」と小さく答えた。
 
「お、おれ、柄にも無いこと言っちゃったね!うわわわ恥ずかしい!ちょっと今俺の顔を見ないでくれますかね!」

「後ろにいるから見えないよ。逆上せちゃうから落ち着いたら髪をお願いしますね旦那様。」

「は、はいぃいいいい!お任せあれ!」

善逸、あなたはいつも俺と出会ってくれて、俺を見つけてくれて、ありがとうと言うけど私こそなのよ。

お風呂の後、髪を乾かして布団に入る。今日は別々の布団だけど、手を繋いで。善逸はさすがに少しお疲れのようで瞼が重そう、もう寝てしまいそうでふにゃふにゃしてる。

「善逸ー、」

「なぁにー?」

「好き」

「うん、俺もぉ…」

「大好き」

「…うん」

おやすみなさい、良い夢を





私は善逸と会いたいが為に生き汚く生にしがみついてただけなの。鬼なんてどうでもよかった、ただそうしないと、善逸と会えなかった。鬼殺隊に入った理由もそれだけ。私はあなたが思うより綺麗じゃない。こんな私にどうか気づかないで、あなたが厭きるまで傍にいさせてほしいの。


夢で溢した涙を、優しい手が拭ってくれたことを名前は知らない。




休日、二日目夜