いつもの闇だ。また私は夢を見ている。真っ暗で果ても底もわからない暗がりであの子の声が聞こえる。
とりあえず声に向かって歩いていくと、ああ、いた。
ぽつんとそこに座る姿は哀れを誘う。子供は好きではないけど小さな子が何かに耐えるように泣く姿は手を差し伸べたくなるものだ。

今日は随分と切な気に泣いている。
大きな涙、連なる水の玉がポロポロと頬を伝い着物を濡らしていた。息を引きつらせて肩が揺れている。

子供に縁がないので、驚かせないように怖がらせないようにそっと近づいて声をかけようとしたら、その子はいきなり顔を上げ目をまん丸にして辺りを見渡す。
あら、私は見えていないのかしら。

だれ?
だれかいるの?

この時、私はこの子の顔を初めて近くで見た。見て息を飲んだ、なんて綺麗な瞳なんだろう、と。
琥珀色、とでもいうのか、とてもキラキラして涙で滲んで更に輝きを増したその瞳は宝石みたいで思わず釘付けになってしまった。

え、ちょっと、怖いんですけどっ!誰かいるなら返事してくださいよ!いや、やっばいいです!自分の夢の中に他人がいるとか恐怖以外ないんで!いやもう無理!なんでなんもないとこから音が聞こえんの!?こわいこわいこわいいいいっ!!

うるさい、ものすごくうるさい。小学生ぐらいの男の子ってこんな喚くもの?自分の子供の頃を思い返してもこんなやかましい男の子なんていなかったはず。終いに目の前の男の子がぎぃやあああああっ!と叫んだ途端、自分の中でいろいろ我慢出来なくなり(主に頭と鼓膜)渾身のげんこつをお見舞いした。

「ぎゃんっ!!?」

あ、当たった。

正直当たると思わなかったのでかなり驚いた、だって子供はは私の姿を認識してないらしいし。
今度は痛い痛い!と騒ぎ出す。
さすがにいきなり拳骨を落としてしまったのはいけなかった、ごめんの意味を込めて頭を撫でてみた、あ、よかったまた触れた。

「ふへ?」

その子は驚いて自分の頭に触れる名前の手を気にしている様子で、でも、姿が見えないからびくびくと体が震えてる。謝罪の気持ちを込めて何度もよしよしと撫でているとその子の震えが治まってきて少なからずほっとすると、ちょっと頬を赤くして「えへへ…」なんて恥ずかしそうに笑った。

可愛い

この子、騒がなければ可愛いんじゃないの。目はクリクリしてるしほっぺも丸くてふくふく。泣いてばかりしか知らなかったからかもだけど笑顔はわりとキュートだと思う。
ウリウリと頭をなで回していたらその子は名前が居るとおぼしき空間に向けて言葉を投げ掛けてきた。

そこに誰かいるんでしょ?
あ、あの、もしかしてさ、謝ってくれて、るんだよね?ごめんねって気持ち伝わってきてるから…

見えないのに聞こえるってのはどういう事なんだろう。音が聞こえるのなら声に出してみようか。

「さっきはごめんなさい」

「ぴぇっ!?」

「あ、聞こえた?」

男の子は漫画のリアクションみたく浮いた10センチほど。そんな芸当が出来る人間がいるとは、思わず笑ってしまったら、聞き咎めたその子は「あ、合図くれよ、いきなりこないで!心臓が口から転び出るかと思ったじゃない!」とプンスカ怒った。いや、もうなんか、表情がコロコロと変わって面白い。

「驚かせてごめんね」

「ほんとだよ!もう!」

「あんまりうるさくてイラッときたの」

「だ、だって怖かったんだから!」

「今も怖い?」

問いかけに男の子その子は目をぱちくりさせて、「見えないのは怖いけど、ちゃんと生きてる音がするから」と私の心臓辺りを指差してみせた。なにそれ、え、この子もしかしてチートな能力を持ってるの?名前はあまりゲームやアニメといった文化に詳しくないが登場人物の一部が一般人以上の能力を有するストーリーがごまんとあるのは知っている。
あれ、じゃあ私はこの世界でない男の子と夢を共有しているのかしら。えええ、ややこしい!なんか色々めんどくさくなってきた名前だったが、とりあえず今は現状把握をしてみようと男の子の目の前に進んで視線を合わすようにしゃがめば、その子はそれに合わせて視線を下げた。

「ね、ここは君の夢の中?」

「そうだけど…」

「実は私も今眠ってるのよ、」

「え、意味わかんないんですけど?」 

「だよねぇ、私も意味わかんないのよ」

名前にも男の子にもなぜこんな現象が起こっているかわからない。けれど所詮夢での出来事として片付けるには不可思議すぎて頭を傾げてしまう。だけどこの不思議な事象はとても稀有なことであると名前はなんとなく理解できた。
「わからないけど、私と君には何か意味があるかもしれないね。」

「そうなの?」

「とりあえず自己紹介しよっか、私は名前、あなたは?」

「善逸、」

我妻善逸、

その名を聞いた名前の身体にぴりりと走ったのが何だったのか、気づくのはもう少し先。

「よろしくね、善逸」




あの子は善逸という