「今日はどうするの?」
少し遅めの朝食を終え、名前が淹れてくれたほうじ茶で喉を潤す善逸が皿洗いをする背中に聞いた。すれば、お中元用の品物を注文しに行くと言う。
「善逸はゆっくりしてていいよ」
なんて言われてはい、そうですか、と善逸が返すとでも思っているのか。
「一人で行くの?俺置いてくの?何でよどうしてよ!一緒に行こうよむしろ連れていってください!」
「……」
久しぶりの休日なのだから、英気を養う意味でゆっくりしてと言ったのだが、琥珀色の瞳が「置いてかないで置いてかないで」と訴えている。そんな善逸を放っていける筈もない名前であって。
「洗濯と掃除してからだから、お昼食べて午後からにしようか。」
「えー!お出かけするんだから早く行こうよ!俺手伝うから、ええっと部屋の掃除と廊下はやっとくね!」
やったー、名前さんとお出かけお出かけ〜とウキウキしながら下ろしていた髪を高く結い上げ始めた善逸に、家事に時間をかけて少しでも体を休ませてもらおうと咄嗟に目論んだ彼女の計画は敢えなく頓挫した。が、しかし、
……デートか
名前とて大好きな善逸とのお出かけ、嬉しくないはず無い、心も弾む。ただそれを表立って出すのが気恥ずかしいので澄ました顔をしていたりするんだが、善逸にはすでにバレバレなのであって、はたきをかけながらエヘエヘと顔をだらけさせているのだ。
家事を早々に終わらせ二人で町に繰り出す。善逸は隊服ではなく袴姿、背に負っている布地の袋には万が一鬼が現れた際いつでも対処するための白鞘の刀が納められている。
「ね、何処のお店に行くの?」
「そうね、まずは播州屋に行こうかとは思ってる。」
「あそこの素麺美味しいよねぇ、細いのにコシがあってでも喉越し良くていっくらでもスルスルーって食べれるの。」
「お中元はそれにしようかと思ってるの、えーと、柱の皆様でしょ、蝶屋敷でしょ、それから」
「え、うちには?俺も食べたいっ。」
「はいはい。後は暑くなってきたから氷を納めて貰う日を増やしてもらおうかなって、」
「ラムネ買いたい!」
「はいはい。」
ずいぶん機嫌が良い善逸は本当に嬉しそうで子供のようにはしゃいでいる。微笑ましく眺めていられるなら良いのだが、町に出るのが暫くぶりな善逸は目新しいものに引かれあちらこちらと視線がさ迷い危なすぎる。
「こーら、善逸。前見ないとぶつかるわよ。」
苦笑いで袖を引っ張り諌めると「ごめんなさいねっ、でもでも久しぶりだしさぁ、」と見えるはずのない犬の耳がへにょと垂れた。え、なにそれ可愛いと思ってしまったのはご愛嬌。重ねて言うが名前は善逸が大好きであるからしてたまにこういう幻覚が見えたりする。ちょっとばかりの罪悪感に名前は善逸の手のひらを掬い繋いだ。
途端に赤くなり叫び出しそうになる善逸の口を素早く空いた手でバシィッと塞いだのは言うまでもない。
「ひふぁい(痛い)…」
「ここで大声出したら…もう手を繋がないから。」
「それは嫌です!ごめんなさい!大人しくします!」
あんな聞きがたい大声だされたら迷惑だし目だってしょうがない、それでなくても善逸の長い金髪は目を引く。異人が珍しくなくなったとはいえ髪だけでなく顔も整っているのだ(本人は認めてないが)、すれ違う往来の中では振り返る人もいるぐらい。これだから無自覚なイケメンは…。
そんな名前の気も知らず
「名前さん行こう!あっちで何かいい匂いする!」
「ちょっと、先に寄らないと行けないとこが、」
「あとであとで!」
グイグイと引っ張る手に仕方ないなぁ私はやっぱり善逸のこんな顔好きだからなぁと思いつつ、せっかくなんだから楽しもうと気持ちを切り替えたのだった。
一通りの用事を済ませてお昼に善逸の好きなお寿司を食べ、並びにある雑貨屋できれいな硝子瓶や瀬戸物を見て回り、可愛い花の絵の入った小鉢をお揃いで買った。善逸は宝物を手に入れたみたい顔を綻ばせて大事に大事に小鉢の入った箱を持つ。そんな姿を見るにつけ名前は少し泣きたくなる。
結婚に先立ち色々買い揃えようと今日みたいに二人で商店街に出たのはまだ半年ほど前のこと。来客用にと五つ組の深皿や平皿、椀に大皿と諸々買い込み自宅に届けてくれるよう頼んだ後、そう言えば肝心の自分たちのを買ってないと思い出した名前が善逸のお茶碗どれにする?と聞いたらキョトンとした顔をした。
なんで?そう返された時にグッとせり上がった切なさと不甲斐なさに唇を噛んだ。そうだった、この人はいつも欲して泣いていたじゃないか、家族が欲しいと。前の世で名前だって当たり前のように与えられていた、自分用の部屋から始まり細々したものまで。家族であれば当たり前に与えられるそんな些細な事を善逸は知らない。違う諦めているんだ、自分には手に入れられないから疑問にすらしない。
私は何のためにここに生まれたんだ、当たり前の幸福を諦め自分には不相応と目を逸らし小さな小さな幸せの欠片で心を埋めてるこの人を人並みに幸せにしてあげたかったんじゃなかったか。名前の腹立ち紛れな音に気づいた善逸が慌て出した。
「ええっ!?ど、どうしたの?なんかごめんね!俺、よくわかんないけど名前さん怒らせちゃったんだよね!?なにやってんだよ俺ぇ!せ、せっかく結婚するのにもう破局とか…死にたい!」
「いや、誰も別れるなんて言ってないでしょ。」
「うわぁああん!良かったよう!!」
「これは自分自身に腹立ててるのよ。ごめんね、怖がらせちゃった。」
オロオロとする善逸。目には涙が溜まっていて今にも零れ落ちそう。
「善逸のお茶碗買おう、お茶碗だけじゃなくてお箸と湯呑み、それからコップ。これから毎日使うもの。誰にも使わせない善逸だけの食器よ。」
「へ、お、俺の?」
「そうよ。さっきのはお客様用。善逸が使うお茶碗だから善逸が好きなの選んでね。」
ずずっと鼻を啜った善逸の眉が下がる。「そっかぁ。俺のお茶碗かぁ、嬉しいなぁ。」とポロンと一つ落とした涙がとても綺麗で愛おしかった。
それから私達は少しずつ色々と揃え始めた。1つ増える度に善逸と私の、家族の家になっているんだと嬉しくて二人で笑う。とても尊くて大切だと言ってくれるから、私はここを守っていたい。
「ねぇ、名前さん、」
「なぁに?」
「俺さ、夕焼けって嫌いだった。」
「うん。」
「でも、今は好きなんだ。」
「うん。」
「帰る家があるって、いいね。」
「うん。」
帰ろう?
子供みたいに笑う善逸の髪が夕日のせいでキラキラして眩しくて、思わず顔を反らした。滲んだ嬉し涙が見られないように目に力を入れたら善逸の指が目の縁をそっとなぞってくるから私の鼻がスンと鳴いた。
帰ろう、
そうしてただいまを言おう、二人の家に。
休日、昼