梅雨も明け夏に向けて日差しが少しずつ強くなり、初夏の匂いが漂い始めた睦月の末。任務が終わり、久々に休暇をもらえた善逸は惰眠を貪るように日が昇っても布団の中でゴロゴロとしていた。だって、一週間ぶりの休みでしかもである。
今はお館様の補佐をしている元音柱の宇髄さんがしばらくゆっくりしていいとのお達しである。思わず「俺は今きっと夢を見てるんだ、だって宇髄さんがそんな労りの言葉を吐くわけねぇですよね。」と本音を溢したらとんでもない早さで拳骨をお見舞いされた。くそぅこれだから元忍びはよぅ!!

急を要する時は呼び出すからな、せいぜい名前に構ってもらえ、だと。やかましいわっ俺のお嫁さんを勝手に呼び捨てんな!!そう返したら師匠への言葉使いがなってねぇ!なんて台詞と共に硯が飛んできた。避けたらムカつくわ!と言われまたまた拳骨を喰らった。いくらなんでも酷すぎじゃない!?叫びたくなったが宇髄のこれ以上ない苛立たしげの心音と目付きに、自慢の脚力で逃げるように音屋敷を飛び出したら呼吸の無駄遣いすんじゃねえ!と遥か後方で聞こえた。
継子としてお世話になってたとはいえあの人ほんと容赦ねぇのなっ!!

でっかいたんこぶを生やして家に帰り、名前さんにあらまし伝えると、よかったね善逸頑張ったご褒美だよ、だって。名前さんに言われると「そうか」って素直に受け入れられるのに、なんでだろう。きっと相手が宇髄さんだからということにする。

そんなこんなでゆっくり出来ると言うことで名前さんのご飯を食べ昨夜は名前さんをぎゅうぎゅうだきしめて眠った。彼女の音は本当にやさしい。
トクントクンと鳴る鼓動はいつでも善逸を安心させてくれる。ここにいていいんだ、ここは善逸だけの場所だと知らしめてくれて、久々深い眠りにつけた。だがしかし彼女は働き者なので夜明け前には善逸の腕から抜け出て家事を始める。少しだけ寂しかったけど家のそこそこで聞こえる「音」に伊之助じゃないがホワホワするのだ。
お湯を沸かす、何かを包丁で刻む、ザクザクトントン。少しして味噌の香り。パチッと小さく炭がはぜる音。きっと七輪で魚を焼こうとしてるのかな、しばらくして漂ってきた干物の香ばしい匂いに正直者の腹がくぅと鳴った。

いいな、そう思う。



善逸は家庭の温かみを知らない。両親がいない善逸はいつも
一人だった。そういった子供達を育てる施設ではよく聞こえる耳のせいで周囲から距離をとられたし、己の事を気味悪いと囁く人間に近づく物好きではないので一人の方がずっと過ごし易かったからだ。

けれどやっぱり憧れた。夕暮れ遊ぶ子供を迎えに来る母親。休日に両親と手を繋ぐ親子連れ。家々から立ち上る炊飯の香り。お帰りなさいと迎えてくれる家族。そこには打算も駆け引きもない無償の愛がある。
憧れて憧れていつも悲しくなった。だから泣いた。始めこそ施設の大人達は泣く善逸に寄り添ってくれたが孤児は善逸だけじゃない。一人に割く時間は切り揃えられるように平等だ。また、平等でないと他の孤児から不満の音が此処彼処から善逸に向けられる。だから善逸は夢の中で泣いた。

その頃を思い出せば当時の深く暗い寂しさに今でもじわりと涙が出てくる。名前と出会ってなければきっと今でも夢の中、深淵で涙に暮れていたはずだ。

台所から器の触れ合う音がする。きっと出来上がった料理を盛り付けてる。そうしてお膳を居間に運ぶ足音。あ、つんのめった。居間のある部屋へは土間の台所から段差が二段分あって、名前はたまにそこで足を引っかけてるらしい。もう、なんてどこに向けて文句言ってるのさ。クフクフと布団の中で笑い声を溢す。

いろいろな、音が溢れるここはとてもとても愛しいものだ。

名前は言った。この音は全部善逸の為なの、誰の為でもない、善逸の体や、心を満たす為に私がしてあげれるたくさんの手立ての中の一つよ。新婚1日目の朝、その言葉を聴いた善逸は欲しくて焦がれたものが手の中にそっと届いた事においおいと泣いた。


「ぜーんーいーつー、起きてる?って起きてるんでしょ。何で頭から布団被ってるの。」

「んー、まだ寝たいー。」

「ご飯は出来立てが美味しいので、善逸の希望は却下です。」

「んー、」

いや、ほんとは起きてるんですよ?名前さんが布団から出てった時から目は覚めてましたし。ずっと起きて布団から耳だけで行動追ってましたし。他人様から見たら気持ち悪って思うかもだけどさ!

「もう、困った旦那様なんだから」

おはよう、そう言って布団を捲る彼女と目が合う。フワリ微笑んだ彼女が額の髪をよけて唇を落としてくれるのを実は待ってるってことをきっと上手な彼女はご存知なのだ。










休日、朝