あの思い出したくもない食堂での日からナマエに毎日のように突き刺さってくる多種多様な視線に居心地が悪くてたまらないと感じる今日この頃。空は澄み渡り清々しいほどの青色を広げているのにナマエは果てしなく憂鬱だった。

一つは当事者であるナマエへの好奇による視線を投げる者。これは主に調査兵団以外の兵団や一般人の方々から。あの人類最強がプロポーズした相手だってよ、あれ?普通だね!なんだ人類最強が惚れるからすごい人だと思ったのにちょっとがっかり。なんて心情の流れまで読み取れる。…がナマエからすれば、ほっといてくれどうせ平凡だよ、ほんとなぜ自分なのかとあんた達が兵長に聞いてみろと言いたいほど。

また一つは嫉妬と殺気の混じった刺さるような視線には震えあがる。かの人類最強は身長こそ物足りないけど、人類最強と呼ばれるだけあるお強い。更に仲間思いで実は優しい(らしい)。お顔の造りも大変良いので兵長はモテる。ですので兵長を好いている多数の女性からの眼差しという凶器が痛い。これいつか本物になっちゃうんじゃない?と日々戦々恐々だ。

も一つは調査兵団所属の男性陣からの縋るような重々しいもの。あのプロポーズを断ったことで兵長の機嫌は底辺を這っているようで部下に対する指導というか八つ当たり的な躾がかなりキツい様子。なのでプロポーズにYESと応えろ!応えてくれ!俺たちの安寧のため!そう訴えられるが、みんな、そこは「返事がもらえないぐらいで兵長器が小さい。もっとドーンと構えなきゃ」とか言って兵長の心の狭さを本人に知らしめるべきじゃないのか。言わないけど。
それに言わせて頂こう。あんたらの安寧と私の人生は同等でありませんから諦めてください。と。
いいじゃないか男性兵士たちが否応無しにレベルアップしていくんだから。まぁ…訓練場が毎日屍の山となっているのにナマエはいつも目を逸らしているが。

もう一つはあの一件を面白おかしく傍観している連中達。こちらは主に幹部組だ。ナマエがリヴァイに落ちるか落ちないかで賭事までして楽しんでいると聞いた。先日だって廊下ですれ違ったハンジ分隊長が「ミケと私とネスで、倍率の高い方に賭けてんの!早くプロポーズ受けてやってね!」それってナマエが兵長に落ちる方ですよね。私の人生をなんだと思ってんだ、と怒りを通り越して数秒呆けたほど。…調査兵団の将来が少し心配になった。さすが変人の集まりであったと再認識した。

そして最後がもっともキツい。それこそ行動の逐一を見逃すまい、言動の一つも取りこぼすまいというように絡みつく視線を寄越す人物に溜め息が止まらない。

立体起動の訓練をすれば「お前、今俺のナマエのケツを後ろから厭らしく見ていただろう。確かにいい尻だが俺のものだからお前ら削ぐ。」「あいつのベルト跡を見ておかずにするつもりか?俺はしてるがてめぇらは許さねぇ」「今ナマエを見た奴ら駆逐決定」と班員を脅している。おかげで訓練もままならない。兵長、実は私が嫌いなんじゃないかと疑心が沸きそうになるナマエ。

仕事中でも
「ナマエ、これ全員回覧必須の書類。読んだらサイン…ひぃいいい兵長ぉおおお!?」

「おい貴様、なんの書類をナマエに渡した?ああ?まさかと思うが婚姻届か?俺を差し置いていい度胸じゃねぇか。」

一瞬で抜いたブレードを同僚の首元に迫らせた兵長。眉間の皺は恐ろしいほど深く三白眼をぎらつかせた兵長に同僚のみならず周りの兵士もビビりあがってます。
「ちちちちち違います!た、ただの書る…」

「ならとっとと失せろ。書類なら俺が渡しておいてやる。」

「は、はいいい!」

「ナマエ、読んでサインしろ。」

『はぁ…』


そうしてあと数センチでナマエの手に渡るはずだった書類はわざわざリヴァイを経由して手元にやってくる。その書類には必ずもう一枚余計な用紙「結婚誓約書」が添えられてて兵長は「ここだ、ここにちゃんとサインして拇印押しとけ」と指差してまで言われる。

そして一連の流れを遠巻きで見ていたみなから様々な思惑を宿した視線が注がれる。

それどうすんの?サインするの?ついにしちゃうの?!

サインするとか図々しい。自分が兵長と釣り合うとか思ってるの?思い上がり甚だしい!

頼みます!サインしてくれ!俺たちの体が保たない!

そして真っ正面からはぐわっと目をかっぴらいた兵長が今日こそそれにサインしろと迫ってくる。

これが毎度毎度である。正直ナマエは疲れていた。いや、ほんと無理ですと。毎日毎日断ってるじゃないですかと。いい加減諦めてくれないかなぁと。
言うか私のこと好きなら考えてください私の立場をと。だって兵長のおかげで私毎日針の筵なんですよ?仲間や先輩後輩一般人から好奇な眼差しで見られるし、友人達だって同情はしてくれるけど兵長が怖いからってあからさまに味方になってくれない。あれ今頃気付いた私、孤立無援。唐突に沸き上がった感情は悲しみだろうか怒りだろうか虚しさだろうか。もういいだろう。いいよね!ナマエもだが皆が望むのは変態まがいな発言するストーカーではない。躾紛いな八つ当たりをする心の狭い不機嫌男ではない。憧れ止まない人類最強の兵士長様だ!


『兵長!』

「なんだ?サインし終わったのか?」

『私、水虫です!』

「…は?」

『おおざっぱなので部屋は汚いし、面倒くさがりなのでお風呂にも毎日入りません!なのでフケだらけです!シーツの洗濯だって1ヶ月に一回するかしないかだし、料理は大の苦手です!この世で一番なりたくないのはお嫁さんなんです!』


もちろんでまかせだが言い切った事にナマエに後悔はない。周りが引いたとしても。ナマエが汚宅だ水虫だ不潔だと思われても。明け透けな視線といろいろ迫ってくる兵長から解放されるなら!

潔癖症の兵長様だからさすがにアウトでしょう。ナマエを見つめるリヴァイの表情に驚愕の色。
それでいいんですよ兵長、私なんかよりあなたに似合う人はたくさんいるんだから。

ナマエはリヴァイに背を向ける。明日から訪れる平穏に笑みまでこぼれる。決して水虫女と呼ばれるだろう自分への自嘲ではない。


「ナマエよ、」


呼び掛けの声に足を止めてナマエは振り返る。


『ひッ!?』


至近距離のリヴァイに思わず悲鳴をあげる。だってナマエの鼻と鼻が触れそうなほど。両肩をがっしりと掴まれ逃げられない。整った美形は間近で見ると心臓が跳ね上がる。ときめいた、ではない!頭で懸命に否定するも心臓が勝手に脈拍を早くするから混乱するばかりだ。


「ナマエよ、」

『は、はい!』

「部屋が汚い?俺が毎日掃除すればいいだけだ。」

『…は、はい?え?』

「シーツも替えてやる、キチンと糊付けしたものを毎日だ。風呂は俺が望むところだな、一緒に入ってその触り心地よさそうな胸と尻を余すことなく堪能…いや、隅から隅まで汚れなど一つ残らず排除してやろう。水虫がどうした?そんなものはキチンと洗って消毒すれば治る代物だ。たかだか水虫如きでお前への愛は冷めたりしない。むしろ萌える。可愛いお前の足をこれから毎日さすれると考えるだけで勃ちそうだ。いやもう今からイける。…ナマエすぐに医務室、いや俺の部屋に…グッ!?」


興奮しているリヴァイの額目掛けたナマエの見事な頭突きが炸裂し、額と頬を真っ赤にしたナマエが足音をドスドスと鳴らしながら去っていく。
その場には尻餅をついた人類最強。たかだか一般兵に膝を付かされどんだけ屈辱だろう、きっとさすがの兵長も怒り心頭か、なんて周りの不安をよそに当の兵長は口を押さえて幸せそうに呟いた
「…柔らかかった」と






ただの偶然ですキスとかじゃないですから


やばいやばい!唇が寄りによって兵長の鼻に触れちゃったよ!兵長気づいてないよね!大丈夫だよね!





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兵長は色々とご存知だが意外にウブな設定

初出2015.1.19 吾妻