「ナマエよ、この書類にサインをしろ。」

『お断りしますリヴァイ兵長。先日の所業をもうお忘れですか、私は二度と兵長から回ってきた書類にサインをいたしません。』

「忘れていない。むしろ覚えている。怒ったナマエも可愛いことが知れて萌えた。」

『いい加減諦めてください兵長。私より素敵な女性ならたくさんいらっしゃいます。』

「お前こそいい加減腹を括って嫁に来い。俺ほどお買い得な男はこの壁内に居ない。金もある、地位もある、人望もある。自分で言うのもなんだが顔もいけてる。それに下半身のテクニックも人類最強だ。」

『(自画自賛ぱねぇ!でも事実だ!最後はいらないけど!)と・に・か・く、全てお断りします!それより今は兵長の大好物の掃除の時間ですから掃除してください。』


今日は一年が終わりを迎える日。一年の汚れを払い清々しい気持ちで新しい年を迎える為に兵団をあげ大掃除を行っているのだ。
自他とも潔癖症と認める兵長も去年のこの日、陣頭指揮をとり自らも率先しながら兵舎を磨きあげていた。特にハンジ分隊長の部屋には精鋭で挑みあまつさえ分隊長の体をデッキブラシで擦ろうとする勢いだった。
今だとて周りの兵士たちは兵長のダメ出しを恐れ鬼気迫る勢いで掃除に勤しんでる。

なのに当の兵長ときたらそんなことより私に張り付いているのだ。そして金魚の○よろしくあっちこっちと着いてくる。はっきり言って落ち着かない。お願いだからどっかに行ってほしい。


「常日頃清浄に保っている俺の部屋に大掃除など必要ない。」

『兵長のお部屋だけじゃなくて、まだ掃除する場所はたくさんあるじゃないですか!広間とか食堂とか玄関とか庭とか!』

「抜かりはない。そこは精鋭である俺の班員をあてがっている。」


特別作戦班、通称リヴァイ班。またの名を特別清掃班。あまり名誉とは思えない二つ名を持つその班は兵長直々の教育の下、討伐スキルだけでなく、掃除スキルも兵団一だとか。討伐スキルにおいては羨望ではあるけど掃除スキルに関しては班員の皆様に同情の念しか沸かない。綺麗なのは良いことだと思うけども「それ」だけ特化しなくても生きて行けるからね。

はたきでパタパタと埃を払っていると兵長が眉を顰め口元を手で覆う(ちなみに私は手拭いでちゃんとマスク装備済み。)そうしてジリッと一歩下がった。やはり潔癖、何だかんだと汚い事には耐えられないらしい。
そこでピンときた私。
わざと埃を立てれば(とりあえず)この部屋(談話室)から去ってくれるんじゃないかと。

バタバタと喧しくはたきを動かすとどこにそんなに積もってたんだと思わせる埃達か舞い上がる。自分でやっときながら『うえっ!』と声が出た程に。それでもまだ口元を手拭いでカバーしてる私はマシ。兵長は空気中に舞う埃を前に恐らく部屋の出口付近まで後退してるだろうと予測して頬が緩んでしまう。

が、

「おい、ナマエよ。」

『ぎゃ!?』


びっくりした!てっきり埃を嫌悪して遠くにいるかと思ってた人が至近距離にいた衝撃!思わず仰け反ってしまい壁に後頭部が勢いよくこんにちは。痛い。

「大丈夫か!?」

『大丈夫です!あいたっ!』

鼻息荒く近寄って来た兵長を避けようと仰け反って再び後頭部強打。心配してくれてるのかもだが兵長の顔つきが変態染みて怖い。恐らく埃避けハンカチだろう、それで口を覆いつつ鼻息荒いとか…例え上司で人類最強だろうと引く。


「しっかりしろ!ちょっと頭を見せてみろ。そして俺にナマエの使用しているシャンプーの匂いを嗅がせるかいい。いや、そんなことより医務室だ、俺が運んでやろう。心配はいらん、壊れ物のように抱き抱える。そしてそのしなやかな体を堪能しつつベッドに運んだ暁には既成事実を」

『いや要らないです!全てをお断りします!』

「ふっ、照れるなナマエよ。そして遠慮はいらない俺のリヴァイはいつでも臨戦態勢だ、お前を満足させ且つ、俺だけに反応するよう躾てやろう。」

『…』

俺のリヴァイってなんですか…。いや、知りたくもない。この方は本当に「あの」人類最強と謳われこの世界の希望と呼ばれる兵長なのだろうか?もう私にはただのおかしな(変態的な)三十路のおじさんにしか見えない。もしかしたらこっちは兵長に似た全くの別人で本物はちゃんとここではないどこか、そう執務室とかに存在しているのじゃないのか。

「どうしたナマエ?どこか痛むのか?」

遠い目をしてしまう私に兵長が真面目な顔で心配している。この場面だけ見ればきっと私もドキドキと心臓が早鐘を打ってときめいたりするのだろうけど。

『問題ありません。さ、掃除の続きを始めますので兵長は出て行ってください。お帰りはあちら、さ、さ、さ。』

「オイオイオイ、待て待て。俺は埃じゃねぇ追い立てんな。」

はたきを振ってしっ、しっと兵長を追い払う私ってずいぶんと強くなったのではないかしら、妙な自信がついたけど考え直した。そんな自信何の役にも立ちはしなかった。

「兵長、こちらでしたか。玄関の清掃完了しました!ご確認をお願いします!」

タイミング良く談話室にやって来たのはオルオさんだ。こちらも私同様に三角巾にマスクを装備していらっしゃる。そのオルオさんだが私をチラッと見て…ギロと睨んだ。なんでですか。

「チッ、わかった。安心しろナマエ、すぐ戻ってくる。」
 
『別に心配しないですし待ってませんから、どうぞごゆっくり。』

「…ツンデレか!そんなナマエも可愛いい…さすが俺の嫁。」

『もう黙って早く出てってくださいよ。』

うんざりしながら言えば「すぐ戻る」と応えてようやく談話室を後にしてくれた、やれやれである。

「おい、ナマエよ。」

『はぎゃ!?』

出て行ったと思ったのにまだいたか!本日二度目。なんなんですかと振り返ったらそこにはオルオさんが。てっきり兵長についてったと思ったのに。そんなオルオさんは腕を組んで私を見下ろしているのだか、ものすごく不機嫌そう。はっきり言って精鋭であるリヴァイ班の彼らは特別な存在。ひらな兵士である私などと格が違うので正直緊張してしまう。『あの、何か?』と問う声もつい小さくなった。

「ちょっと兵長に気に入られてるからって調子に乗ってんじゃねぇぞナマエ。きっとお前が今までにないタイプだから物珍しいだけだ勘違いするなよ!」

『……』

「兵長はきっとお疲れなんだ、だから少しばかり気が迷ってお前にちょっかいかけてるだけだ。しばらくしたらきっと熱も冷めていつもの兵長に戻ってくれる!」

最近のオルオは不機嫌だった。彼が尊敬し憧れ目標であるクールな兵長はある日を境におかしくなった。女性に無関心でいて欲しいなどとは思わないがこれはひどすぎる。と。いつも執務室で優雅に紅茶を飲む姿はなくなった(ペトラがものすごく残念がっている)なぜなら紅茶を飲む暇があればナマエの尻を見ていたいと出ていくし、立体機動の訓練では休憩時間になるとナマエが心配だと飛んでいく。対人格闘などは彼女と親しくしてる男に対する躾という名の妬みの八つ当たり。おかげで兵長の評判は下がる一方。オルオにはそれが耐えられない

この女のせいで(俺の憧れである)兵長が貶められている。

「いいか、そのうち兵長も目を覚ます。だいたいお前みたいなへなちょこを…」

オルオが言い切る前にナマエは手にしたはたきを放り投げ恐れと思いながらオルオの手を両手で掴んだ。

「な、なんだなんか文句でも、」

『その通りですよねオルオさん!』

「…は?」

『私もそうじゃないかって思ってたんです!きっと疲れてるんですよ!あんな変態染みた言動と行動を「あの」兵長がするわけないんです!よかった…わかってくれる人がいて…!』

掴んだ手をブンブン振ってナマエは感動に打ち震えた。周囲はおかしい行動を取る兵長より、その兵長から逃げ回るナマエがおかしいように見ていて、友人も宛に出来ず、どころ上司達も相談相手になりゃしない。孤立無援。そんな中、自分に救いの手を差し伸べてくれる人が現れたのだ!神様ありがとう!目の前のオルオが感動で滲んで見えた。


『お願いしますオルオさん!どうか、どうか兵長の目を覚ましてあげてください!そして崇高で憧れやまない希望の象徴である兵長に戻っていただいてください!』

「そ、そうか、お前もそう思うか!」

『もちろんです!私も助力を惜しみませんのでぜひぜひ英気を養ってもらい兵長を覚醒させましょう!』

「ナマエ、俺はお前を誤解していたようだ。すまなかった。」

『いいんですそんなこと!それよりオルオさん、これからよろしくお願いしますね、頼りにしてますから!』

「お、おう!任せろ!」



仲間ができました!


「おい、ペトラよ。なぜオルオが俺のナマエといちゃこらしてやがる。」

「い、いえ、いちゃこらしてる訳では…(何やってんのよ馬鹿オルオ!)」

「ならなぜあんなに近い?近すぎだろう、ナマエの甘い匂いが嗅ぎ取れる、羨ましい、クソ羨ましいぞオルオ。」

「(オルオ詰んだ)」


◆◆◆◆

数日後、オルオさんから丁重な謝罪とコメントをいただいた。

「すまん、兵長は疲れてなどいない。むしろ兵長の兵長はいつでもビンビンだった。兵長の兵長はきっと壁内一だと思う。」

『すみません、そんな情報いらないですよ!』


仲間が去りました


最終的にこれならはなっから思わせ振りなことしないでよ神様のバカヤロー!


初出2016.5.17 吾妻