昔話をしようか
私がまだ一兵卒だった頃、憧れる先輩がいたんだ。エルヴィンが班長をしていた時の班員。
頭が良くってさ、巨人討伐数だってそこらの男がかなわかったよ。立体機動術も素晴らしくてね、リヴァイが兵団に入るまで彼女がピカイチだったんだよ!
ん?そうだよ、女性!
綺麗で優しいし、兵団の憧れの的!上司、同僚、後輩みんなに慕われてたなぁ。
私ももちろん尊敬はしてたけど、始めの頃は、正直万人受けする彼女が胡散臭くって。
なんでそれが大好きになったか?

んー、とね
調査兵団に入って壁外に出ると犠牲はつきものだろ。仲間や上司が食われて理不尽に命が奪われる。そりゃあ憎かった。憎しみのまま闇雲に巨人を削いでいた時にね、

ハンジ、私はね、ただ巨人を倒すだけじゃダメだと思ってるの。もっと知らなきゃいけないんじゃないかって。

何言ってんだって思ったよ。人間を理解するように巨人を分かろうとするなんて。巨人は私達をこんな狭い世界に追い込んだ敵、人を食う敵なのに。

だってねハンジ。考えなきゃいけないのよ。巨人がどんなに肉体を削いでも回復するのに項だけが弱点なんてどうやって知ったと思う?考えて研究し命をかけ試行錯誤してきたからよ。考えることをやめちゃいけない。先人の知識を止めちゃいけない。
ハンジ、あなたは賢いから私と一緒に考えて。

あの時は馬鹿馬鹿しくて!あはは、今の私からは考えらんないでしょ?でもあの頃の私はまだまだ幼くて、目の前の憎しみを晴らすことしか頭になかったんだよ。

それから何度目かの壁外調査、倒した巨人の頭を蹴っ飛ばしたんだ。あ、聞いたことある?じゃあ詳しくね!いや、いいって?遠慮しなくていいのにっ!ああ、ナマエさんのことだったね。

見た目の質量より軽いそれに、頭の中に閃光が走ったよ。今まであの人に言われ続けても頑なにフタをしていた疑問の山がぶわっと溢れ出てさ。すぐ彼女のとこに飛んでった。

滾って色んなことをぶつけたよ。どうしてあんなに軽いの、どうして肉体は再生するの、どうして人間を食べるの、どうして私達はこの非情な世界に生まれたの、どうしてどうしてって。
彼女は、スッゴく優しく笑ったよ。

ハンジ、一緒に考えよう、ここに、私達が生まれた意味を。

何だか悔しくて悲しくて切なくて涙が流れて仕方なかったのを覚えてる。それからはナマエさんと研究の日々!いやー、もう毎日幸せだった!二人で研究室にこもって文献を読んで色んな議論して!え、ナマエさんも?って?とーぜんでしょー!事ある毎に研究室に呼ぶんだけどさ、ちっとも嫌がらずに来てくれたよ!

そうやって日が過ぎるうちにエルヴィンが分隊長になって、リヴァイが兵団に入ってきて彼が人類最強なんて呼ばれて。そうそう、ナマエさんがね一時期リヴァイの指導してたんだけどさぁ、これがまぁ可笑しくって!

言うこと聞かないリヴァイにナマエさんがいつも怒って振り回されてんの。だって彼女はあんまり大きな声出したりしない年相応の落ち着きを持った人だったから。

それにリヴァイもね。無表情で口を開けば愛想無い言葉しか吐かない奴だから当初はだーれも近寄らなかった。けどなんだかんだと世話を焼く彼女をリヴァイ風に言えば「悪くなかった」んだろうね。

だって、私と二人で居るといーーっつもリヴァイが邪魔しに来んのさ。いい加減にしやがれ、てめぇら分隊長の仕事しろ!なんて言いながら連れてくのは彼女だけ!あははは!わかりやすいだろ?

うん、そう。多分、リヴァイは彼女のこと憎からず想ってたんじゃない?
ナマエさんは…どうだったかな?いつもうまくはぐらしてた。

それからも何度も壁外調査は行われ私達はその度に生還できた。
けれどね、やっぱり被害は避けられない。熟練の兵士の数は徐々に減っていく。私は少しずつ研究者の立場に重きを置いていってたから索敵の位置も危険度が少ない場所に配置されることが増えた。ま、一旦壁外に出たらどの場所だって危険なんだけど。

それに反してナマエさんはどんどん前に出て、いつの間にか初列が定位置。なんでたよ!ってエルヴィンに聞いたら、ナマエさんが自分から希望したんだ。

『研究者が二人固まってるより分散してた方がいいに決まってる。それに手練れが前に出るのは当然でしょう?』

なんてエルヴィンには言ったそうだ。
確かに彼女はどんな巨人に遭遇しても必ず帰ってきたよ。言葉を裏打ちするだけの技術を持ってたからね!
けどリヴァイだけは気に食わないって苦虫噛み潰したみたいな顔してたっけなぁ。

調査から帰ってはまた二人で頭を突き合わせて巨人の研究をする。新しい発見をする度に私達は夜が明けるまで明けても議論して。

そのうちエルヴィンから先に報告書をあげろって苦情がきて、リヴァイが風呂に入れと怒鳴り込む。
いつもと同じ。
ずっとずーっと続いててこれからも変わらないって疑わなかった。

けど…そんなのはないんだよね。
君達だって知ってることだ。世の中に不変なんてない、でないと私達は存在意義をなくしてしまう。

ある壁外調査を機に彼女は…




「おい、お前ら休憩はとっくに終わってんだぞ。とっとと掃除の続きを始めろ。ハンジ、てめぇもくだらない話ししてねぇで速やかに本部に帰れ。」


食堂に入ってきたのは兵長、既に万全の装備の出で立ちだ。ハンジさんが残念そうに「くだらなくないよ!ナマエさんの偉業をだねー!」そう訴える。
私達も話の先がすごく気になります!

しかし、モブリットさんが「分隊長!あんた締め切り間際の書類放ってなにやってんですかっ!」なんて飛び込んでそのまま分隊長を引きずるように本部へと連れ帰ってしまった。あああ!気になりますハンジ分隊長!

「やっと帰ったか。おいお前ら、とっとと掃除を始めろ。終わらねぇ。」

チッ、クソメガネの奴自分の飲んだカップぐらい片付けやがれと不機嫌な兵長へ「私が片付けますから!」と席を立つ。

慌ててエレンが「ペトラさん俺が、」なんて下っ端精神を発揮するが、いいのよ、ここは私の乙女心を優先させてちょうだい。

「じゃあ手伝います!」

「ありがとうエレン。」

「じゃあ俺達は先に行ってるから。」

リヴァイ班に配属されて空気が読める…と言うより兵長の雰囲気が読めるようになったエルド達も、そそくさと席を立った。

ハンジ分隊長の話の続きが気になるが、今この兵団でその名前を聞かないのはきっと人類に心臓を捧げた。そういう事だろう。

ハンジ分隊長は彼女の遺志を継ぎ研究者として必死に巨人を解明しようとしているのかもしれない。そう思えば奇行とも思える言動なども少しは温かい目で見れる。ような気がする。

兵長も、もしかして、そうなのかも。ハンジ分隊長に辟易しても、根源にナマエさんがいると知ってるから彼女の突飛な行動や発言に目を瞑っているのかも。

そう考えると兵長にとってもナマエさんの存在はきっと大きかったはず。

なのにそんな存在を亡くしても兵長は、ずっと闘っているんだ。なんだか胸がぎゅっとなって切ない。

「ペトラさん俺、ナマエさんに会ってみたかったです。」

「うん、私も。」

使った食器を洗いながら、エレンと二人、今はいないナマエさんに思いを馳せる。
どんな人かも分からないけど、兵長の隣で自由の翼をはためかせて駆ける姿が簡単に思い描けて小さく笑った。


「きっと素敵な人だったんだよね、」

「ハンジさんがベタ誉めしてましたからね、」

「美男美女か〜。憧れるな〜!」

「え…あ、ソウデスネ。」

「ちょっとエレンー?ナマエさんが美人じゃないとでも?」

「ち、違いますよ!俺的には兵長が…」

「てめぇら、そんなに躾られてぇのか。」

「「すすすいません!今すぐに!」」


まさかまだ兵長がそこに居たなんて!エレンと慌ただしくカップ達を片付けて食堂を出る時にお互い頑張ろうと顔を見合わせ苦笑い。

またいつかハンジ分隊長にナマエさんのこと聞かせてもらうのを楽しみにして、今は目の前の掃除に取りかかった。




美人ねぇ、

「ずいぶんと美化されちまったな、なぁナマエ。」

「まぁ、お前の見てくれは悪くなかった。」

「いや、結構良かった、かもな。」

「は、優しいだとよ。俺には蹴りやら拳を繰り出してきやがったのに。」

「まぁ、なんだ。それもお前なりの愛情表現なんだろう?」

「なんて言ったら照れてたよな。」

「エレンは、人類の希望、…お前の希望でもある。必ず守る。」

「…空が青いな。」



透明な別れを知らないか

昔話になどしない
今でも育つ想いがここにある



お題〈たとえば僕が〉様
初出2015.10.8 吾妻