生きていく〜の続きっぽいもの



日を跨いで片付けた仕事を終えて分隊長の執務室から出た時、星が見たくなった。
兵舎から中庭に続く扉を開けると湿った空気が肌を撫でて、雨が降った後なのか地面が僅かに濡れていた。その水分を含む土を踏みしめて足を進め空を仰ぐと雲の隙間からおぼろげに見えた月。

その頼りない光の所為だろうか。自分の存在がとても心細い。

壁外調査を終えた後に待つのは生きて帰れた喜びも仲間を亡くした悲しみもを感じる間なく追い立ててくる書類仕事や雑務。実際に運べた酵母や資材の確認、ルート上の巨人出現率、調査時の損害、亡くなった兵士の確認、遺品整理に死亡届。

何も考えずに忙しさに忙殺されてる間はいい。喪失感も寂寥感もどうにもならない悔悟も押し寄せる悲壮感にも目を逸らして、フタをして。

無心に動かしていた雑多な仕事が終わって訪れるのはどうしようもない空虚。そこにどこからともなくなだれ込んでくる負の感情でいっぱいになる。

フタを押し上げてくるそれを押さえこむように唇を噛み、月の光から逃れるように影に入り目の奥に集まる熱を冷ますよう瞼をきつくきつく瞑る。

その闇に死んでいった仲間たちが映る。大丈夫、あなた達の仇は必ず、この壁の向こうへ必ず、人類のため必ず、だから、私は、まだ、大丈夫、まだ。

拳を握りしめそうして開いた瞼の向こうには。


「何をやっている、こんな時間に。」

『リヴァイ…。』


訝しく眉を顰めていた彼が私を認識する。と、ザカザカと大股に近寄り腕を掴まれ思い切り引き寄せられる。

ぶち当たったリヴァイの鍛えられた胸は固くて。痛いと文句を言おうとするけど、背中に回った腕にきつく抱きしめられて言葉は口から出るどころか飲み込んでしまった。


『リヴァイ…?』

「俺のところに来いと、言ったはずだが?」


耳元でぶっきらぼうに、でもほんのり優しさを乗せた言葉が紡がれる。
あの日から私がどこにいても見つけ出して、独り暗く沈んでいく泥濘から引き上げる。


「きさまは何遍言えばわかる?それとも無理やりされるのがイイのか?」

『そ、そんなわけないでしょ!』

「ったく、素直じゃねぇよな。」


ほっといて!
そう言いたいのに。リヴァイが、リヴァイの唇がふうわりと私の目尻にキスするから。


「…ほら、泣け。」

『…うぅぅ、』

「俺しか居ねぇだろ。」

『ちき…しょ…』

「口悪ぃな。」


フッと笑うリヴァイのジャケットの裾をぎゅうぎゅうに握りしめて、嗚咽と涙をリヴァイの胸に押し付けて。抱き締めてくれる力と体温が暗さ澱む私の世界に光をくれ、そうしてまた、私を立ち上がらせて空へと舞い上げる。どこまでも高く高く青い世界へ。


「中に入るぞ。ったく、服が湿気ちまったじゃねぇか。」

『だったらほっとけばいいのに、ってイタタタタタ痛い痛い!』


人類最強の抓りは正に最凶、頬の肉が捻切れそう。赤くなっただろう頬を擦っていれば「まだ言わすのか、クソが。」と睨まれた。


「さっさと部屋でシャワー浴びろ。ヤるぞ。」

『は?』

「仕方ねぇだろ、勃っちまったんだからな。」

『どこに反応したのよ…。』


苦笑いな私に舌打ちしたリヴァイが腕を掴んで歩き出す。さっきと同じようにザカザカと大股に足を進めて、きっと照れ隠し。
連れてこられた彼の部屋、ドアは押し付けられた背中で閉めた。

ぶつけられた唇は柔らかくて熱くて、入り込む舌に翻弄され息苦しさに涙が落ちた。


『…ふ、んぁ、リヴァイ、』

「っは…なんだ、」


息継ぎに離れたキスの合間。二人を繋ぐ銀糸がいやらしい。


『泣いて、もいい?』

「…ああ、泣かせてやる。」


愛おしく見つめてくるリヴァイに私からキスをした。



二人で重ねた日々が変わっていく
そろそろ素直になって、あなたの胸にとびこんでみようか


初出2015.9.8 吾妻
お題秋桜