「またここか。仕事はどうした。」

『ちゃんと終わらせましたー。』

「俺の机の書類は減ってない。むしろ増えているのは何故だ。」

『……妖精さんの仕業とか?』

「……」

『うわわわ!ごめんごめんごめんなさい!謝るから足蹴にしないで!』


振りかぶった足から逃げるように身をよじった私に舌打ちをしたリヴァイは、面倒くさそうにため息をついて私の隣に腰を下ろした。

ウォール・ローゼの壁上、人類が初めて巨人に勝利したトロスト区は眼下。そんな華々しい称賛を喜んだのは兵団とシーナの貴族達の話のネタぐらいだ。ここに住む人達にはなんの関係もない。日々の生活を破壊された上、家族を失い復興もなかなかままならない。巨人から自分達を守ってくれるはずの兵団に非難の目を向ける材料だ。

けれど私はこの場所に誇りを持っている。ここにくれば揺らぎそうになる自分が間違ってないって認識できるから。


地平線に目をやれば太陽がずいぶん傾いていて、結構長い時間ここでぼんやりしていたんだなぁって無駄に納得した。

抱え込んだ膝に顎を乗せてだんだんと赤く染まっていく夕日を見ていたら、不意に肩に重み。さらさらな髪が頬に触れて次いで清潔な石鹸の香り。
リヴァイが肩にもたれかかってる。


『…普通逆じゃない?。』

「黙れ。」


文句をこぼしても潔癖なリヴァイがこうやって触れてくれるのはちょっと嬉しい。
私から遠慮がちにリヴァイのマントを摘まんでみればその手は大きく固い手に包まれた。



『これってデートみたいだね。』

「周りは砲台、下には巨人。これをデートと呼ぶならてめぇの頭はずいぶんめでたく出来てると見える。」

『え?なに、リヴァイってばデートにどんな夢持ってんの!?三十路の童貞キモイ!』

「今すぐ発言の撤回を求める。」

『デートに少女趣味な夢持ってること?』

「待て、俺がいつ少女趣味になってんだ。そこじゃねぇよ。まだ三十路じゃねぇし、ギリギリセーフだし、ついでに俺は童貞ではない。」

『確かにもうすぐ三十路で童貞だとキモイよね!』

「おい、俺は童貞も否定したぞ。」

『背伸びしなくていいのにー。』

「なにも無理していない。俺は事実を述べたまでだ。なんなら試してやろうか。」
『リヴァイって意外とおしゃべり。』

「馬鹿言え、俺は元々結構しゃべる。それから軽くスルーするな。恥ずかしいだろうが。」


くだらなくて愛しいやりとり。こんなことだって生きてなきゃ出来ない。
だから私はまた進める。まだ歩ける。例えこの世界が私を否定しても。


『リヴァイって見かけによらず重いよねぇ。』

「…それは誉めてんだよな。」

『うん、多分?』

「適当に言ってんなよ。」


肩が軽くなって体温が離れる。触れていた所に風が吹き抜けてちょっと寒い。


「ほら、帰るぞ。」


ためらいなく差し出された手。すかさず掴む私の手。引き上げられて二人で立つ壁上。

見据える地平線、沈む夕日が大地を染める。どこまでも広がるこの地上の果てをいつかきっと見つけたい。


「置いてくぞ、」

『はいはーい。』

「返事は一度でいい。」

『お母さんか!』

「お前はガキか。」

『リヴァイいいお母さんになれそうだよね!掃除もアイロンがけも完璧。割と料理もするし。私はこんな潔癖症なお母さんお断りだけど。』

「お前が子供なら徹底的に躾てやるがな。」

『リヴァイの子供に生まれなくて良かった。』

「当たり前だ。俺の子供は…お前から生まれる予定だ。」

『想像妊娠ならぬ妄想出産ですか。これだから少女趣味の三十路イタイ。』

「おい、今のもしかしてスルーしたのか。やめろ俺がいたたまれない。」

『あはははリヴァイよく喋るね。』

「馬鹿、お前だからだ。」


くだらないやりとりが愛しい。

壁上から飛び降りたらリヴァイの舌打ちが見えて、彼も飛び降りる。

仲間を失う悲しみも、虚しさも捧げた心臓を人類に否定されて、やりきれないもどかしさを感じても、私はここにくればまた進める。まだ歩ける。

だってほら、

自由の翼をはためかせるあなたが側にいるのだから。



強がりばかり抱きしめて

いつかの未来を掴み取るまで、進め。


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お題《たとえば僕が》様
初出2015.12.3 吾妻