『ねぇリヴァイ。今日も爽やかな壁外日和だねぇ。』


壁の門をくぐり抜けて隔てるものがない地を駆ける時、あいつは必ず空を見上げ降り注ぐ日を浴びて笑う。

そうしていつも言う。
空が綺麗だ、と。


「…てめぇは相変わらず暢気だな。」

『え?暢気なのはハンジじゃん!みてよあの鼻息の荒さ!』

「あれはただの奇行種だ。」


リヴァイの後列を走るハンジは目をギラギラさせ今にも一人で飛び出しそうなのを部下のモブリットが懸命に止めていた。あいつの胃がたまに心配になる。

そんな二人を視界から外し前を向くとエルヴィンが手を挙げ「索敵展開」の指示を出した。


『リヴァイ!死なないでよ!』

「てめぇもな。」


まかせてよ。手を上げて力強く笑いながら班員達と所定の位置に駆けて行く背中を見送った。


あいつ、ナマエとはほぼ同期と言えるだろう。俺達が調査兵団に入団させられた年に訓練を終えここに所属していた。

入団したての頃は地下出身の元ゴロツキの自分に対し近寄る人間なぞいなかった。それは「あの二人」を亡くしたあとも。
二人が居なくなって余計に俺は人を拒絶していたように思う。身の内に入れて信頼を寄せ情が移り孤独を忘れてしまえたその場所を、理不尽に圧倒的な力でもぎ取られる。やり場のない怒りと憎しみ、後に訪れた深い寂寥。あんな思いはもう二度とゴメンだった。

やるせない感情を持て余して独りひたすらに訓練に明け暮れていた俺に奇特に近づいたのは奇行種のハンジと怖いもの知らずのナマエだった。


無視を決め込もうがスルーしようが物怖じしない二人はよく俺のそばにいた。食堂に居れば当然のように向かいに座り、作戦室では隣に座る。

ウザくて面倒くせぇ。そう思っていたが慣れとは恐ろしいもので、いつしか隣にいることに違和感がなくなっていった。身の内に入れるつもりはないが何度となく行われる壁外調査で、お互いに助け助けられて死線をかいくぐるうち、あいつは確かに俺の中で同志と認める位置にいて。

そうして、誰をも入れるつもりのなかった心にひっそり住み着いた感情を向ける相手となり、お互いに手を取り合う恋人なんてこそばゆい関係になって自分自身驚いたものだ。


『ねぇリヴァイ。巨人を絶滅させたら、二人で旅に出ない?この壁の向こうのずっとずっと果てを見に行こうよ。』

「バカか、俺達は調査兵団だ。嫌でも仕事で行くことになる。」

『もーロマンがない!二人でって言ってるの!』

「…悪くない。」


夢や希望なんて陳腐な言葉が自身の力になる日が再びやって来るとは。だがこいつとならそんな未来も「悪くない」

いつか二人で駆けて行こうと言った壁の向こう。どこまでも果てなく広がるあの大地の空の下で俺はお前に誓う日が来る。照れたように笑うナマエが見えた気がした。



『リヴァイ、死なないでね!』

「てめぇもな。」


いつもと変わらない。
そしてあいつは『ただいまリヴァイ!今日も削ぎまくったよ!』と笑うのだ。笑うはずだった。


『リヴァイ、空が綺麗だね、』

「てめぇは暢気だな。撤退の合図が出たのになにしてやがる。」

『はは、ちょっと疲れちゃったから休んでた。』

「チッ、肩を貸してやるから立て。」

『…リヴァイ、』

「ほら、掴まれ」

『…リヴァイ、ありがと。でも、いいよ。』

「…ふざけんな」

『だって、立ちたいけど、「ない」から、』

「…クソが!」


ナマエの足はなかった。兵士じゃなくったって理解出来る。もう二度と。
行き場のない怒りに目の奥が熱い。見る見るうちに血の気が失せていくナマエの体に捧げた心臓が締め付けられるように痛んだ。どうして、なぜ。

二度とあんな思いをしたくなかった。だから守りたかった、守るために強くありたかった。なのに俺はまた、間に合わなかった。
俺達は兵士だ。幸せの未来の傍らにどちらかが置いて行かれる未来もあった。そちらの方が確率は遥かに高い、でも見ていたかったんだ。


『約束守れないのが、心残、り、』


二人並んで地平線をかける未来を。


「なに言ってる…連れてくに決まってんだろうが。」


隔てるもののない、青い青い空の下で笑うお前を。


「惚れた女の夢を、叶えてやるのが男だろう?」

『…さすが、私が惚れた男、』


手を繋ぎ歩んでいく道を。


「ずっと、一緒だ。」

『うんうん、ありがと…リヴァイ。』


二人で見たかったんだ。

ねぇリヴァイ



空がすごく綺麗だよ

最後に二人で見上げた空を俺は永遠に忘れない。

僕の知らない世界で様提出
初出2015.6.16吾妻