カツカツカツカツ
先ほどから耳障りな音が聞こえる。原因が誰が発してるか…なんて見なくてもわかる。私の隣で壁に寄りかかってるリヴァイだ。
「ねぇリヴァイ、止めなよ」
「なにをだクソメガネ」
「足、」
「…」
「…あのさぁ」
「違う、俺は悋気など起こしてはいない」
「…何も聞いてないよ」
本人的に無意識だったろうリヴァイは、小さく舌打ちをして足を止めた。
今日は我が調査兵団に出資してくれている貴族様達の視察団が来訪していて、今は応接間でエルヴィンが今までの壁外調査の報告や調査兵団の意義などを演説している。
もちろんハンジも研究中の巨人について報告するよう言われて同席している。こんな嬉しいことはない。ハンジにとって我が子とも思える巨人を誰憚ることなく語れるなんてそうそうないからだ。
そんなワクワク感を胸に滾らせていたハンジであるが時間が経つ毎に隣の男のオーラが重くなってうんざり感が増してきていた。
その理由もわかる。リヴァイの視線を独占している一人の女兵士、ナマエ。実はこの隣で不機嫌を隠すつもりもない男の恋人だ。
兵舎と言えど応接室くらいはある。それも貴族相手には上等な応接間。座り心地よさげな椅子やソファーが広い部屋には程よい距離に置かれ、貴族様達は思い思いの場所で寛ぎながらエルヴィンの話に耳を傾けている。
その彼女がこの応接間で何をしているのかと問われればただのお茶出し係である。
ただのお茶出し係ではあるがそこは相手がお貴族様、女兵士が珍しいのかナマエがカップを出すと一言二言声をかけていて、また彼女も相手が大事な出資者だから愛想よく応えている。
そしてそんな可愛く笑うナマエにハンジはため息を吐く。
ほら、また
カツカツカツカツカツ
「リヴァイ、止めなよ」
「なにをだ、」
「だから足、」
「…」
「だからさぁ」
「…チッ、あの豚野郎共め、ここから生きて出られると思うな。」
「…エルヴィンの胃に穴が空くよ」
苛立たしげに踵を鳴らすリヴァイ。しかも止めない。そんなに気になるならナマエが係に指名された時に却下しとけばよかったのに、と呆れるばかり。
この視察団のお茶係を決めるに際し必須事項がある。「美味しい紅茶を淹れること」だ。なにせ相手は舌の肥えた貴族様、下手なお茶を出して出資額を下げられるのも困る。もっと悲惨だと出資自体なくなってしまう。
ちなみに何年か前、ハンジが「女」というだけで指名された時には史上最悪な金額にエルヴィンの額が後退したとまことしやかな噂が流れたほど。
それ以降お茶係は幹部組の厳選なる審査のもと選ばれる。ある意味とても名誉と言えるその役。
今回それに選ばれたのは紅茶好きのリヴァイがいつも満足するお茶を淹れれる恋人のナマエ。
彼女の喜びようは相当なもので、その様子にあのリヴァイでさえ僅かに表情を緩ませたほど。まぁ周りから見ればリヴァイの役に立てると喜ぶ恋人と、名誉な役を得た彼女を誇らしく見る彼氏、という構図で微笑ましい光景だった。ここまでは。
しかし私達は、忘れていたのだ。人類最強と誉れ高い兵長は心の狭さが人類最狭だということに。
実際に当日を迎えてみればこうだ。
このイラつきを隠すつもりもない足音と人を射殺せそうな視線。それに気付かない貴族達ののほほんとした様子に余計に拍車がかかり、今のリヴァイは犯罪者な顔つきだ。あんたホントに三十路かよ、大人の良識を一体どこに置いてきた。
ま、それだけナマエ(と彼女の淹れる紅茶)を愛しちゃってるんだろうが、時と場所を考えて欲しいとハンジは思う。
ちなみに、このリヴァイの殺気にとっくに気づいてるのは護衛として部屋にいるミケ、ナナバ、モブリットと壇上のエルヴィン。特にエルヴィンは目線で窘めてるが効果はない。
ハンジにもどうにかしろと目線で訴えられるも肩をすくめるだけで返した。ハンジだって命は惜しい。
そして、そんな爆発寸前のゴロツキの元に死に急ぎ野郎が。
「こんなに美味しいお茶を淹れる人は内地でもなかなか居ないよ。」
『あ、ありがとうございます、』
貴族の中でも若いだろう、年の頃は三十代後半で色白の優男。確かあれは最近先代より爵位を継いだ男だった。
「色、香り、味。この茶葉の魅力を存分に引き出している。素晴らしい!」
『ど、どうも…』
当然だ。あいつに紅茶の淹れ方を教えたのはこの俺だ。そいつの淹れるお茶が美味いのは俺に淹れてるつもりで淹れてるから美味いのであって、決して豚野郎を思ってるからじゃねぇよ、誤解すんなよクソ野郎が削ぐぞ。と言うかお前はエルヴィンの話を少しぐらい聞いたらどうだ。一体何をしにここに来た豚野郎よ。ああ、豚だけに人間様の言葉は理解できないのか。だったらお前らの豪華な豚小屋に帰ってブヒブヒ鳴いてろ。
口に出したいのは山々だが(視線で語ってはいるがいかんせん豚野郎には伝わっていない)この役に喜んだ彼女の気持ちを考えると騒ぎにするのは好ましくないのだと僅かに、本当にミジンコ並みの冷静な部分で苛立ちを抑えるリヴァイ。
だが本音を言えばあいつの淹れるお茶の相手は俺だけであってほしい。自分好みの味を覚えてくれた恋人の紅茶を誰かと共有するなど論外だ。
だが、それを許可してしまったうちの一人は確かに自分でもあったのだと苦虫を噛み締めるような心境。もう今は一刻一分一秒でも早くこのくだらない会合が終わればいい、と言うか終わらせろとリヴァイはひたすらエルヴィンを睨んだ。
「リヴァイ…顔が怖いよ?」
「俺は元々こういう顔だ」
「開き直った!」
「…あいつもヘラヘラしやがって…躾直しだな」
「(ナマエ…ご愁傷様…)」
悪どい笑みを浮かべるリヴァイに明日、腰痛に泣く彼女が簡単に想像出来てハンジは胸の中で合掌した。
ああもう認めてやるよ確かに嫉妬してるよ!愛してるからこその感情
世は理不尽様に提出
初出 2015.3.13 吾妻