雪がチラチラと降り参道を白く染める。急に冷え込んだ今日、夜になると気温はもっと下がって耳がキンと冷たくてきっと鼻が赤くなってる、いやだな。

ハァーと手袋をした手に白くなった息を吹きかける。手をこすり合わせて寒さを紛らわせようと足踏み。

除夜の鐘が鳴り始めてお詣りにやって来る人が増えてくる。早く来てくれないかなぁとマフラーに口元を隠しながら参道の入り口を見る、と


『あ、』


白い息を吐きながらコートの裾を翻して少し駆け足、オールバックの髪をちょっと乱し辺りを見回してる。遠くを見る時に眉を顰めるから周りの参拝客が怯えてるじゃない。


『小十郎さん。』


手を上げれば気づいてホッとしたのか頬を緩めて近づく小十郎さん。


「遅くなってすまねえ。」

『ううん、お仕事一段落した?』

「ああ、」


小十郎さんは日本では名前を知らない人がいないと言う伊達グループの御曹司…の秘書、と言うかお目付役と言うかお母さん?公私に関わらずその人に全てを捧げると言っても過言がないほど尽くしている。

大晦日の今だってその御曹司様の所から直行してきてこの初詣が済んだらとんぼ返り。
はっきり言って私より御曹司様が大事だと思う。だけど

「俺にとって大事なのは政宗様だ。だが名前も…大切だ。」

苦しそうに正直に告げてくれた小十郎さんが愛しかった。
命を張ってでも守ると決めた御曹司、政宗様と同等に大切だと精一杯の告白だった。


「行くか、」

『うん。』


大きな左手が躊躇うことなく差し出された。手を繋ごうとしたらいきなり手首を掴まれて右の手袋をスポッと外したと思えばコートのポケットにねじ込んだ。


『こ、小十郎さん?』


あっけにとられていたけどすかさず素手で繋がれたお互いの手の平。「あったけぇ」とそのまま彼の左のポケットに入れられた。

ポケットの中でしっかりと絡められる指。「離さねえ」と言わんばかりに強くて。伝わるお互いの体温に胸がドキドキする。

「この方がいいだろう?」

小さく頷いたら小十郎さんはフッと笑いゆっくりと歩きだす。

地元の小さなお社。除夜の鐘も半分ぐらい鳴り終えただろうか。大晦日と言うこともありぼちぼちと参拝客は増えてくる。
境内にはいると社務所で破魔矢や御守り、お神籤。巫女姿の人が甘酒や御神酒を配っている。


『大晦日って感じですね。』
「もう明けるがな。」


右手の腕時計を見る仕草。それだけでドキッとしてしまう。自分も十分大人と呼べる年齢ではあるけどこの人を前にすると"大人の男の色気"にあてられてしまう。

二人で本堂の前に立ち手を合わせる為、ポケットの中で繋がれた手を離す。今まで暑いくらいに温まった手が寒気にさらされて少し身震い。
お賽銭箱に小銭を入れ手を合わせて目を瞑る。

今年一年無事に過ごせた感謝を
隣で同じように手を合わせる彼と出逢わせてくれたことへの感謝を

それから、来年も大過なく暮らせるように

それから、
それから、











「随分長いこと手を合わせてたな。」


甘酒をいただいていると御神酒の杯を口にしてる小十郎さんが見下ろしてる。なんて杯の似合う人。身長もあるしオールバックだしで頬に傷はあるしで見かけ怖いしで知らない人が見たら本当にあっちの世界の人。

だけど
愛情深い人だって私は知ってる。


『言ってしまったら叶わないって聞きました。』

「お前の事だ。聞かなくてもわかる。」

『え!』

「何となく、だが」


だったら小十郎さんは私の願いに気づいてるのかしら。それを思えば恥ずかしくて顔が熱くなる。
手にした甘酒を一気に喉に流し込むんだ。顔が赤いのはお酒の所為にしてしまおう。
杯とコップを返したら小十郎さんがまた素手同士の手を繋ぎポケットの中に入れてくれる。

その中で小さな"何か"を一緒に握らされた。
それが何か分からないほど鈍い訳じゃなくて…


『こ、小十郎さん?』

「名前の願いは、俺の願いでもある。だから、」


目を逸らしたままなのは拒まれるのが怖いから?
強気なくせにこんな所で臆病なのね。

私の答えなんて決まってるのに


ポケットの中で彼の手をぎゅっと握り返す。それに気付いて小十郎さんの逸らされていた視線が見上げる私とかち合う。


『お式は、春にしたいです。』




それは除夜の鐘が鳴り終わり新しい年が明けた日


あけましておめでとう
これからもずっとお願いします

手の中の指輪は左薬指