佐助、助けてくれ

しょぼくれた旦那がそう言って俺を呼んだ。

「え...っとぉ、大丈夫旦那?」

もう俺様任務から帰ったばっかで忙しいのになんなの?って感じで旦那の目の前に降りたんだけど、なんか、こう、重い空気?を背負って泣きそうな顔して。こんな旦那なんて弁丸様の頃以来だな、なんて心中で懐かしく思うも口にはせず。全くなにやらかしたんだよ、って聞けば
どうやら旦那が大事に大切にしてる女の子とのこと。怒らせてしまって挙句大キライと言われたとか。謝ったのだが口を利いて貰えない、某はどうしたらいいんだ佐助ぇええ!と俺様の胸倉掴んで揺さぶってきた。
え?怒らせたの?名前ちゃんを?怒ったの?名前ちゃんが?
驚いて聞き返したら、旦那がはっとなってウロウロと目を泳がせ挙動不審。これは何かあるとわざと目を細めて胡乱気に見ていれば、

「...や、やはり今のは聞かなかったことに、」

「したいとこだけど、名前ちゃんの事となれば別。だいたいあの子拗ねることあっても怒る事なんて無かったでしょ、なにやらかしたのさ。」

「そ、それは...」

違う世から来たあの女の子はこちらが何を言わないのに己の立場というのを少しずつ理解している。旦那がいくら家族だから、恩を返したいからと言った所で「異端」で「他人」なんだと言うことを。だから初めこそ甘えるなんてしなかったし我儘を言ったこともない。それも半年暮せばそれなりに武田にも慣れて可愛いおねだりをされた日には俺様思わず悶絶したっけ。
そんなあの子が怒る、なんて大きな感情を爆発させるなんて。しかも幸兄ちゃん大好き!なあの子が大キライ発言。

「ほんと、何言っちゃったの。俺様も付いてってあげるけどとりあえず経緯教えてよ。」

「さ、」

「さ?」

「さ、佐助のせいだ!」

「俺ぇっ!?」

「佐助の大馬鹿者ぉぉおお!!」

「ちょっと旦那ぁああ!?」

どこの痴話喧嘩だよ!喧嘩してんのは旦那と名前ちゃんなのに明らかに巻き添えじゃないのって呆気に取られてる間に旦那が視界から消えた。なんで俺様のせい?ちょっとホントどういうこと、誰か説明してくれよマジで。

「長、」

「あー六郎か、ねぇいったいどーなってんのよ、何が原因?」

「...長、ですかね」

傍に降り立ったのは警護につけてた海野。名前ちゃんの警護は人気で誰が付くかでいつも言い合い→手が出る→武器暗器が出る→俺から制裁が下る→長ばっか名前と居てずるい!(長の特権)→俺達も遊びたい(なんでだよおかしいだろ)→交代制にするから喧嘩するなよ!と、なり今回は海野。に尋ねるもこれ。全く意味わかんない。


「だーっ!だからなんでだよっ!俺様ここんとこ仕事で十日ほど2人に会ってなかったのに!」

「それが理由かと。」

益々意味わかんない!もうこれは名前ちゃんに聞くしかないか、それにお土産も渡したいし、まずあの可愛い顔でおかえりなさいって言ってもらいたい。癒されるんだよねぇ、なんかふわふわな雰囲気で、こう、なんか、ぎゅうってしたくなる...

「ちょっと六郎...なに、その目」

「いえ、」

片膝ついた海野が生暖かい眼差しを寄越したけど、お前らだって似たような顔してんだからな。しょーがないじゃない、可愛いんだから。

「ま、とりあえず姫さんとこ顔出してくるわ。あ、これ真田の旦那に渡しといて、大将からだって。」

「はっ!」

預かった書状を六郎に渡し奥の御殿に足を運ぶ。あの二人が喧嘩ねぇ?独りごちながら目的の部屋に着いて声を掛けながら障子を滑らせた。

「猿飛佐助、ただ今帰りましたよー。」

『佐助お兄ちゃん、』

「おっと、」

とん、と胸に飛び込んで来た名前ちゃんを難なく受け止める。額を肩口にグリグリと押し付けて回らない腕でギュッと抱き着いてくる。うあー可愛いなぁ、もうこれでお仕事の疲れ吹っ飛ぶよと俺様も抱き返すと震える声が聞こえた。

『怪我…してない?』

「ん?してないよ。」

『ホント?』

「ホントホント。俺様を誰だと思ってんの、真田忍隊の長が諜報の任務如きで怪我負わないって。」

良かった、そう呟いた声が泣きそうで。どうしたの?怖い夢でも見た?そう聞き返せばぽそぽそと話してくれた。

俺様の不在中に話し相手になった由利が先日の任務先での話をしていて俺達がどんな仕事をしているか気になって聞いたと。(さすがに血腥い話をするなと規制は掛けている)その際に大なり小なり怪我を負うことをしって、それこそ敵国の忍びと鉢合わせればお互い無傷で済まない場合もあることなんかも。

『…そしたら、怖くなったの、佐助お兄ちゃんも怪我、しちゃうのかなって、』

「そっか、心配してくれたんだ。」

『だから、』

だから旦那に『無事に帰って来れるように神様に御参りしたい』とお願いしたら

「佐助に不備はござらぬ。待っていればそのうち戻ってこよう。」

確かにたかだか諜報の任如き大した事ないけどさ。それも俺様の腕を信用してくれるからこその発言なんだろうがきっと、名前ちゃんにはそうじゃなくて。
大事な人を亡くしているから、これ以上失いたくないからせめて自分に出来る事をと一生懸命考えて、何かしたくてと(それが俺様の為とか、もう泣ける)

『何回もお願いしたの、』

「そしたら旦那は?」

『…黙っちゃって、…だ、だから、もういいって、大キライって言っちゃったの』

だって、お父さんもお母さんも帰って来なかったもん。だから怖くて怖くて、なのに幸兄ちゃん大丈夫大丈夫ばっかりで。

喉を引き攣らせながら抱きつくこの娘は旦那とおんなじで優しすぎる。だけど此処で時を過ごす限りこうして皆の心配をして泣く日々を送って行くしかない。それを旦那もわかっている筈なのにねぇ。

「旦那がね、大丈夫って言うのは俺様の腕を信用してくれてるからの言葉なんだよ。」

『うん、でも、』

「そうだね、怪我しないとは限らない。だけどさ」


忍びは道具だ。命あるかぎり使われて、約立たずとなれば簡単に捨てられる。お館様や旦那達は俺達をそう扱わない。とても生温くてたまに呆れてしまうけど、そんな2人だからこそ守りたい。ここは特別な場所、この力で守れるならば俺達は結局命をかける。でもね、決して捨てにいくんじゃないよ。

「守りたいんだよ。」

『幸兄ちゃんを?』

「旦那もだし、お館様もそう。もちろん名前ちゃんや、ここで暮らす人達を、だから強くいられるし、絶対帰って来ようって思える。」

『…だから、私も、何かしたいよ、』

「そっか、名前ちゃんはほんっと優しいねぇ。」

まぁるい背中をポンポンとあやせばぎゅっと俺様の裾を握る小さな手。ねぇ旦那、この子はいつまでも守られるばかりの女の子じゃなくなって来てるんだよ。

「んーと、じゃあさ、名前ちゃんが出来る事1個ずつやって行こうか。」

『私にも出来る?』

「それを見つけようよ。もちろん旦那にも相談しながらね。」

『あ…』

気まずげに俯いた名前ちゃん。キライって言っちゃったって、しょぼくれてるけど大丈夫だって。
さっきから襖の向こうでゴソゴソしてる気配、きっと気になって気になってウロウロしてたんだろうね。

「ほらぁ、旦那もいつまでも聞き耳立ててないでさ、いい加減入って来たらー?それとも俺様が貰っちゃって…」

「破廉恥であるぞ佐助ぇえええ!!」

スパーンと襖がこ気味いい音を立てて開け放たれ、そこには顔を赤く染めてる我が主。けど名前ちゃんを視界に入れた途端青ざめて「いや、その、某は、」とか挙動不審。忍びの俺様からすると呆れる程見事な顔色の変化に脱帽する思い。

『ゆ、幸兄ちゃん、』

「待たれよ、その、そなたの心を思いやらずに本当に申し訳無かった!」

立ち竦む旦那の側に近寄って言葉を紡ごうとした彼女を制して頭を下げたのは旦那だ。こういう所は潔いよね。

『あ、あの、私こそごめんなさい!その、幸兄ちゃんがキライって本当は思ってない、から!』

「いや、言わせてしまったのは某だ。佐助を心配する名前の気持ち、真にありがたかったのだ、だが…その、」

ゴニョゴニョしてる旦那に、ああああ焦れったいなぁもう!と思うのは俺様だけじゃないよな。なんか天井裏とかから「長、押してやってください!」「そこは一つ助言を!」とかやたら気配がうるさい。仕方ないよな。

「あのね名前ちゃん、旦那はヤキモチ焼いたんだよ。」

『え、?』

「俺は餅など焼いておらぬぞ。」

「うん、旦那は黙ってて。要は佐助の心配ばっかりずるいって、某の事も少しは考えてほしいんだけどってね!そうでしょ旦那?」

ぼふん!とまたまた全身真っ赤になった旦那が口をぱくぱくさせる。言い当てられて逃げようとした旦那の足首を咄嗟に掴んだら当然のように倒れた、顔面から。そしてそのまま固まった。

「わぁ痛そうー、俺様ちょっと薬箱持ってくるわーそれまで名前ちゃん旦那の介抱しててー」

果てしなく棒読みな言葉を残して部屋から出て後はお2人でどうぞー、って感じで。もちろん戻るけど時間をたーっぷりかけてからね。

『幸兄ちゃん大丈夫?』

「だ、大事ござらぬ、」

『あー、すごいお鼻真っ赤!ほんとに痛くないの?』

「そんなにか?」

『うん、えーと、痛いの痛いのとんでけー!』

「おお流石名前の呪い!もう痛くござらぬ!」

『…無理しなくていいよ?』

「無理などしておらぬぞ?」

『…うん、そっか、よかった。じゃあ幸兄ちゃんが
どこか痛くなったらいつでもしてあげるね。』

「そ、そうか!ならば某は無敵でござる!」


聞こえる2人の声に思わず笑っちゃう。そんな訳ないのに旦那なら確かに無敵になれそうだ。全く俺様の出番なんてないじゃないのさ。くつくつ笑えば傍に下りた六郎や、天井裏の部下達からも和やかな気配。

「仲直り出来てよかった、って?」

しっかしみんな甘いよねー。

「長もでしょ!」
「1番甘やかしてる方がなに言ってんですか!」
「可愛いから仕方ない!」

「ちょっと由利、何紛れてんの。お前後でちょっと面貸してくんない?」

慌てて逃げ出す由利の奴にため息。全く、俺様から逃げられるとおもってんのかねぇ。説教で済まそうと思ってたけど仕置きに変更だ。やれやれなんて腕を頭の後ろで組んで空を仰げば、全くなんてキレーな空。こんな綺麗な世界があるのを教えてくれたのはお館様や旦那で、それを守らなきゃいけないって思ってたんだよ。でも守りたいって改めたのは2人の為だから。

「っしゃ。じゃ行きますか!」

とりあえず今は仕置き決定の由利の野郎を捕まえて、それから、仲直りした2人にお茶でも淹れてやろうかな。


仲直りの薬

え?俺様なの?



初出2019.1.25 吾妻