ヒロイン死ネタです




ぜぇ、ぜぇ、
ひゅう、ひゅう

せわしなく肺が空気を欲して吸って吐いてを繰り返す。だけれども体が欲しているわけではないから取り込んだ空気は肺を巡ることなく口から入り、口から出て行く。

ぜぇ、ぜぇ
ひゅう、ひゅう

忙しない息が一瞬白く染まって闇夜に溶けていく。体を貫いた痛みは当に麻痺して、ただただ流れてゆく血の温もりが自分の命の灯が残り僅かなのを知らしめる。

ぜっ、ぜぇっ、
ごほっ!

たまらず咳き込み吐き出したのは内臓からこみ上げた血の塊。虚ろになってゆく視界に、赤、赤、赤。いつも他人事のように見てきた赤、他人(ヒト)から流れ出ていた赤。その赤が自分から流れてゆくのにどこか安堵を覚えた。ああ、私も皆と同じヒトであったんだと。


「あーあ、何やってんの。」


聞こえた声に瞑りかけた瞼をあげれば、そこにはしゃがみ込んで私を見下ろす男。懸命に目玉を動かせば呆れた表情で赤茶けた髪を掻く長がいた。


『………‥さ‥』

「さすがのあんたもこんだけの数は厳しかったみたいだねぇ、ま、でもさすがに俺様が認めた部下!豊臣の忍軍相手によくやったよ。」

『……』


えらいえらいと鉄籠手が頭を撫でる。嬉しそうに楽しそうに、その表情を見て、私は任務を全う出来たのだと安堵した。


『、よか…た』

「うん…あんたのおかげで旦那は無事甲斐に戻ったよ。」

『……っ』


頭を撫でていた鉄籠手がそろりと頬を滑る。霞む視界に私を見る長の顔。その顔が「長」の顔でなく「恋人」の。ゆっくりと体を起こされた冷たい私の体を彼が包み、頬と頬をつける。全身防具で覆われた彼のぬくもりを感じられる唯一の場所。
あなたが、私が、任務で無事に帰る度、頬をくっつけ合って二人で笑いあったっけ。でも今はあなたの温もりしか感じない。


「…俺様を、恨む?」


あんたをここに一人残していった俺を、恨む?


何を言っているんだ、と。私は忍びだ。命なんて任務の前にあっては散りゆく木の葉や花びらみたいな軽い代物。それはあなたにも私にも変わりなく課された定め。


「ね…恨む?」


恨むはずなんてない。私をここに残したのは、忍軍の長として私の実力を信じてくれたからに他ならないからで。真田軍の命運を私に託してくれたも同然でしょう。

私にとってとても誇らしいものなのに。


「名前っ、」


引き絞るように喉から吐き出された私の名前。そんな彼の…声を初めて耳にした。このまま暗闇に飲まれてはいけない。彼に後悔を与えたまま眠ってはいけない。

だから、まだ、あと少し、だけ、



『さ…すけ、』

「名前っ」



閉じてくる瞼を懸命に押しあげる。私のぼやけた視界に何かを耐えるような泣きそうな顔をした佐助がいて、私の死を悼んでくれるのだと嬉しかった。


『…さす…け、は…まち、ってな…いっ。わたし…を…信じて、くれた…から、でしょ…?』

「…そうだ、ね、」

『ほこ…らし、です、とて、も…』


猿飛佐助に認められて
忍びとして至上の喜び

あなたに愛されて
極上の幸せ


「そっか…」

『笑っ…て、…逝け…る』

「そっか、」


なら笑って逝って。
息絶えるまで抱きしめててあげるから。
そうして彼女は本当に微笑みながら逝ってしまった。


自分の決断は間違っちゃいなかった、それが愛する女を失うことになっても。俺たち忍びの命なんて大義の前の木の葉のように軽い命。だけど、あんたは俺様にとって何にも代え難いものだったのは真実だ。


「大好きだよ名前。あんたのおかげで俺様はまた走れるよ。」



許してくれてありがとう。あんたと愛し合えて良かった。
最後にもう一度頬をすりあわせたら温かくて、柔らかくて、胸が詰まった。


「もう、行かなきゃ、」


でも今少し立ち止っていいかな、この涙が乾くまで。








儚く散ったのは
(想い、それとも心か)



お題《秋桜》様

初出2015.11.23 吾妻