いつもその軍を見ると政宗は思う。「あか」ばかりだ、と。
自軍に無いその色彩にいつも目を眩ませそうになる。それも、そうだ。今はそのあかの中に欲しい色がいる。好敵手である男の燃える紅でない。それに控える男の茜ではない。軍色の真朱の中、鮮やかな深紅の鎧を纏い一槍を構えた女武士。兜を深く被っている為表情は窺いしれないが主の近くに立つことに誇らしげだ。

初めて見初めたのはいつだったか。乱戦になった戦場で戦塵に視界が悪くなった中、好敵手の「紅」を探して刀を振り抜いた相手は深紅(ふかし)の武将。政宗の三刀を槍でいなした相手に、真田でなくとも名のある武将だろうと刃を打ち合わせること幾度。

政宗が繰り出した雷撃に兜の緒が切れ、現れたその武将の白皙の容に視線が縫い付けられた。濡れ羽の髪と同じ黒々とした瞳の中に隠すことない反骨の炎。すっと通った鼻梁に固く結んだ唇は艶やかに赤く、食んだらうまそうだと男の下心をくすぐった。


「女だてらになかなかやるじゃねぇか!Lady、あんたの名は?!」

『日の本に名高い奥州筆頭殿からお尋ねいただけるなど光栄の到りにござりまする。私めは武田信玄公が家臣、名字備前守直政が娘、名前と申します。』

「名前、なかなかいい槍捌きだ!殺すには惜しい!」

『残念ながらそう易々と差し出す命はございませぬ。欲しいならば同じものをいただきとうござります!』

「Ha!言うねぇ。強気な女は嫌いじゃねぇ!OKかかってきな!」


三爪を一度鞘に戻し六爪を抜く。すると政宗の側近らしい男が慌てたように「政宗様!」と声をあげた。


「面白ぇじゃねぇか小十郎。俺に六爪を抜かせた初めての女だぜ?楽しませてもらわねーとな。」


同じ武将とは言え女に遅れはとらないだろうが「ご油断召されるな」と釘を差し主君からさがる。
名前はと言えば六爪を構える政宗を恐ろしがるどころが興奮が隠しきれないのか瞳をぎらつかせ、艶やかな唇を引き上げた姿。ようやっと見つけた、そう全身から歓喜をみなぎらせて政宗を射抜く眼差し。それに政宗がヒュウと口笛を吹く。


「あんた、楽しそうだな!」

『当然にござります。対等に死合うてくださる御仁に出会えたのですから!』

「いいねいいねぇ!俺を熱く滾らせてくれよLady!」

『望むところ!いざ!』


馬の腹を蹴り戦塵を巻き上げ刃を交わすこと幾度。鍔競り合いの度近くなる女の顔に政宗は欲情を駆り立てられてならない。
高揚した頬、滲む汗に張り付いた黒髪。力で抑え込もうとする男に、歯を食いしばることで耐える姿は情事中の女の様だ。
下卑た思考だが見てみたいという思惑が過ぎる。組み敷いて己の与える快楽に身悶えする姿態を。きっと悩ましく身をよじりながら男を受け入れて艶やかに鳴いてくれるに違いない。

欲しい。
欲しいものは手に入れる、どんな手を使っても。


容赦なしに六爪から放った蒼い雷撃に弾かれ宙を舞う名前の朱槍。悔しげに見上げくる燃える瞳。掴んだとほくそ笑んだ時、颯爽と現れ政宗の手を止めたのは宿敵の真田幸村。


「邪魔すんじゃねぇ真田幸村ッ!」

「否!ここからは某が相手にござりまする!」

「Shit!」


間髪入れず繰り出される二槍を躱す間に離れていく名前。もう少し、あと一歩で掴めたものを!遠のく後ろ姿に心中で吠えた。「待っていろ必ず手に入れてやる」と。





「Hey、真田!今日こそは決着をつけようじゃねぇか!」

「望むところにござります!政宗殿!お覚悟あれ!」

「HA!そりゃあこっちのセリフだ!Let'sparty!」


欲しいものがある。喉から、いや体の奥底から求めて止まないもの。今日こそは好敵手と決着をつけ、深紅を己の腕に掻き抱いて連れ帰る。舌舐めずりをして相対する幸村を見、次いで女を見る。女は怯むことなくまっすぐと政宗を見据えていた。

互いの馬の腹を蹴ったのが合図。双方両軍入り乱れ、紅の男と刀を合わせるのはこの上ない興奮と高揚を政宗に与えてくれる。互いの技量力量をぶつけ合っていると己の中の目覚めていない未知なる力までを引きずり出してくれようとする。ともすれば己をも食らいつくすような力。獰猛で峻烈で鋭利。
それは相対する真田幸村もで。年若い熱い男たちの死闘。己にさえ御せなくなる力と熱量。果てない撃ち合いに興じていると頃合いを見て一石を投じに現れるのは決まってあの女。


「名前殿ッ!」

「Shit!邪魔すんなよlady!」

『いえ、ここまでにございまする。お二方共どうか刃をお収めくださりませ。』


政宗と幸村の間に割って入った女は政宗の六爪を槍で受け止めその力を流すように弾き返した。


「止めんなよ名前、これからがpartyの時間だ、」

『ですが政宗公、日も暮れて宵も深まりましょう。それに天候も怪しゅうございます。幸村様も、どうか。』


名前が空を仰ぐに釣られて政宗も幸村も暮れかかる空に暗雲を見る。確かにこのままここで停滞していても自軍の兵の体力を奪うだけ。引き際を見極めるのも大したものだ。


「うむ、そうでござるな。いかがであろう政宗殿、」

「チッ、仕方ねぇ。次におあずけだ。」


互いに刃を下ろし「次」を約す。幸村とやり合うのは楽しいが如何せん今は欲しいものがある。いつまで経っても着かない勝敗に焦れている政宗に久方ぶりに見る名前の姿は目に毒だ。

今日こそはと、勇んだ分だけ獲物を掴み損ねた落胆は大きい。もうこのままかっ攫ってしまおうか。いや、それをすればあの勇ましい女のことだ、敵の手に落ちるくらいならと舌を噛み切ってしまうに違いない。
女一人のために国を傾けるワケにもいかないが、そうこう手を拱いているうちに名前にだって縁談の一つや二つ持ち上がり縁付かされてしまうかもだ。


「では政宗殿!失礼いたす!」

『御前失礼いたします、公。』

「じゃあね〜。」


三人三様の挨拶をし遠のく後ろ姿。この時ばかりは名残惜しい。女々しく姿が消えていくまで見入ってる自分がらしくないと政宗は自嘲する。


「ったく、情けねぇ」

「天つ風、…と言ったところですか?」

「僧正遍昭か、五節、じゃねぇが確かに舞姫だな。」


いくさ場で深紅を纏い朱槍を振るい血潮を散らす舞姫。もしも娶れたならばかの浅井夫婦のように二人して戦場を駆ってみたいものだ。きっと面白い人生が送れるに違いない。


「あなた様なら風でも嵐でも呼んで雲を払ってしまえましょうに」

「Ah、無理やり手に入れたところであの女はきっと心までくれやしねえんじゃねぇかと思ってな。」

「なかなか強欲ですな」

「今更だな小十郎。容れ物だけあっても心がなければただの人形だろう。俺が欲しいのは名前って魂が入った人間だ。」


クツクツと笑う小十郎が言う。


「なら、文の遣り取りから始めますか?」

「……一考する価値はあるな。」

返す政宗もらしくないとは思いながらも、初々しく始めるのも悪くはないと口端を上げた。


「帰るぜ小十郎」

「はっ」


彼女が去った彼方を一度振り返り政宗は奥州へと馬を駆けさせたのだった。





緋色の天女は誘惑する




お題
初出2015.1.27 吾妻



※天つ風 雲のかよひ路 ふきとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ

.