広いお部屋に新しい畳の匂い。箪笥と小さな机とお布団、これが幸兄ちゃんがわたしにくれたわたしのお部屋。

私一人しかいないお部屋はすごく寒々しくって夜は真っ暗ですごく怖くて寂しかった。


だけどそれからすぐに幸兄ちゃんと佐助お兄ちゃんがお部屋に色々そろえてくれた。

可愛い茶箪笥や鏡台。仕切りに使う屏風は「おなごらしいものが良かろう。」と幸兄ちゃんがいろんなお花模様や可愛い柄を選んでくれてとても綺麗で。

自分たちがお仕事でいない時寂しくないようにって、遊び道具もたくさん。鞠、貝合わせ、お手玉、お人形、積み木。

だけど、一人で遊ぶにはやっぱりつまらなくて、幸兄ちゃんも佐助お兄ちゃんも時間を見つけてはお部屋に来てくれるけどお仕事してるから『一緒に遊んで』なんて言えない。

仕方なく縁側で1人、お手玉を操ってみる。佐助お兄ちゃんは3つも4つもお手玉をくるくると操っていたけど名前には2つでせいいっぱい。ひぃ、ふぅ、みぃと回していたけどつかみそこねてひとつが庭に転がってしまった。

落としちゃった、取りに行かなければと履き物に足を延ばそうとしたら、黒い籠手に覆われた手の平にちょこんと乗った赤いお手玉が差し出された。


『わわ、わ?あ、ありがとうございます?』


わ、きれいな赤い髪。

お手玉の乗った手の平、腕、肩、と視線を上に上げた先に目許まで深くかぶった兜とそこから見えた燃える炎のような赤い髪。佐助お兄ちゃんの夕焼け空の髪とは違うけど目の前の人の髪も綺麗だと思った。

思わず見入っていると赤い髪の青年はこてん、と首を傾げた。それはまるで「君のじゃないの?」と聞いているようで名前は慌てて『わたしのです、ありがとう。』とニッコリ笑い手のひらからそっとお手玉を取った。取ろうとした。が、それは青年が握り込んでしまったせいでかなわなくなった。

「…」

『…』

「…」

『…あの?』


じっと見つめてくる青年が名前の周りに落ちていたお手玉を指差した。頭に疑問符をたくさん浮かべながらも名前は青年に小さなお手玉を幾つか拾って差し出した。


『…お兄さん、お手玉できるの?』


同じ男の人でも佐助お兄ちゃんは上手に出来ても幸兄ちゃんは全く出来ない。じゃあ忍びの人が出来るの?と聞けば「三好兄弟と海野は苦手かなー」とお手玉を5つクルクル回しながら佐助お兄ちゃん。
このお兄さんはどうなんだろ?

そんな眼差しを向ける名前を前に赤い髪の青年はお手玉を8つで神業を見せてくれた。


『すごいすごい!お兄さん上手!』


目にも留まらぬ、とはこのことか。赤いお手玉の残像で赤い輪に見える。両手で拍手を送ると青年は少し口元を緩めてお手玉を名前に返した。


『お兄さんほんとにすごい!あれ、そういえば佐助お兄ちゃんのお友達?わたしは名前っていいます。』


こんなにすごいことが出来るのだから佐助お兄ちゃんたちと同じ「忍び」で、武田の人たちの一人だろうと名前は疑いもせずニッコリと笑う。

青年は頭を振った後小さくコクリと頷いた。それはどういう意味なんだろうと名前が首を傾げれば青年は口の前で人差し指を立てる。


『…ないしょ?』


再びコクリと頷く青年。もしかしたら佐助お兄ちゃんの部下の人で、名前が所在無さげにしてるのを見かけてこっそり遊び相手になってくれたのかもしれない。そう解釈した名前。


『うん!佐助お兄ちゃんにはないしょね?』


また小さく頷いた青年は彼女の小さな頭を撫でてフワリと消えてしまった。


『忍びの人って、ほんとにすごいなぁ、』


かき消えた場所を見つめて名前はひとしきり感心し、改めて上田や忍びの人たちの優しさに心を温めたのだった。




◆◆◆◆


伝説と呼ばれる彼が、何が気に入ったのかちょこちょこと彼女を訪れるようになり、
それに気づいた佐助が彼女を叱れるはずもなく、領内の警戒網がザルな所為と部下にとばっちりを飛ばし、
部下達は「伝説相手にどんな警戒網も無理だし!」と文句を言いながらとりあえず罠を2倍に増やしたら、鎌之助がそれに引っかかって佐助が頭を痛めて
肝心の幸村と言えば「友人が出来てようござった!」と喜ぶ始末に佐助は「そ…良かったね…」と力無く返し、肩を落として嘆いたとか嘆かなかったとか。


言葉に嘘はないけれど

友人は選んでほしいと心から願った佐助であった。

お題空を飛ぶ5つの方法

初出2015.5.6 吾妻


◆◆◆
伝説と出会うお話。佐助はやっぱり苦労人。