「…真田に妹がいるとは聞いたことねぇが、」

『?』

「Who are you?」


見上げるそこに青い男の人がいた。





ごめんね今日はお客様が来るからお部屋で遊んでてくれる?別に大事なお客じゃないんだけど、来てもらわなくてもいいんだけど。向こうが勝手に押しかけてくんだよほんっと迷惑!「佐助!言い過ぎ…」旦那は黙ってて!俺様にしたら名前ちゃんとの時間を奪うどうでもいい石ころみたいな奴なの!けどお館様や旦那にとっては大切なお客様であって警護したりお接待とかしなきゃあいけないのよ。だから今日だけ部屋でお留守番してくれる?ご褒美に俺様特製の胡桃餡のお饅頭作るか…「俺も食べたいぞ佐す…」旦那は独眼竜の旦那の相手をしてればいいから!

それは今朝の朝食のことである。
朝一番、どころか夜明けの朝日より早く早馬が届けた書状内容は、幸村と知己にある奥州の国主が上田を訪ね来るというものだった。

「明け方早々の書状ってなに考えてんの?馬鹿だろ!てかあの御方こっちが慌てふためくのわかってやってんだろ絶対!」

佐助の毒々しい物言いに幸村は庇う言葉もないが、幸村としては久方ぶりに手合わせ出来ると内心嬉々としていたりする。
「あっちがそうならこっちはそんな事歯牙にかけない度量を見せてやるからね!」と言って佐助は慌ただしく準備に奔走し始めた。当然、城主である幸村もやれ広間の掛け軸や屏風や生ける花などなどと忙しない。幸村が実は意外に文化人だと知った時には驚いた名前である。

と、まぁそんなこんなで名前を置き去りに城中は慌ただしい。一人ぽつねんと部屋に置かれた名前だが、自分が今の状況の中で出来ることは幸村と佐助に迷惑をかけない為、言いつけ通りに部屋で大人しくしていることだった。

だが、事情が向こうからやってきた場合はどうすればよいのだろう?

明らか武田の軍色ではない青い戦装束。傲慢さを隠す気もないその姿は幸村とは違う身分の高さを表していた。


『え…と、あの、名前です…。』


誰と、問われ答えた名前に瞠目し次いでヒュウ、と口笛を吹いた男の顔がニタリと笑う。その悪人顔に名前はとっさに不味い事を言ったかもしれないと体を強張らせた。


「そんなに怖がんなよ、little girl。心配すんな、俺は真田のfriendだ。」
妙に発音良いがfriendとはフレンドで友達という意味だろう。なら今日のお客様は幸村の友達で、この人かとぺこりと頭を下げた。


『え…と、お客様なら、お部屋はあっちです、けど、』

「Ah、ちっと厠に出たあと迷っちまってな。そうしたら随分日当たり良さそうな離れが見えたんで来てみたらアンタが居たってワケだ。」


ドサッと名前の真向かいに胡座で座りその膝に肘をつき頬杖ついた男は愉しげに彼女を見る。その居心地悪い視線にムズムズするもののも幸兄ちゃんのお友達なんだから失礼な態度をしてはいけない筈だと小さな体を叱咤して背筋を伸ばした。


「アンタ、名前だったな、なにしてたんだ?」

『なにって、お留守番、…です。』

「そうじゃねぇ。それだ、」

『それ?』


男が指差したのは彼女の手元と周りに乱雑に散りばめていた札。その札には見た事のない柄と数字が書かれていて男が興味深げに一枚手にとって眺めていた。


『えと、トランプ…です。』


それは彼女が元いた世界にある遊び道具の一つで幸村ともよく家族で遊んだ道具。こちらに来て遊具というものが限られている中でそれでも幸村はたくさんの道具を集めてくれた。

そんな中にもちろん百人一首もある。だがまだこちらの文字を知らない名前にそれは難しく、カルタとかトランプなら出来るのにな、と呟いた。

それに食いついたのは幸村で「久方ぶりトランプで遊びたいでござるな。」とのたまった。がそんなものがあるワケがない。じゃあ作ればよい!一緒に作りましょうぞ!そう言ってくれて共に作ったのが今目の前にある「特製トランプ」だ。
スペード、ハート、クラブにダイヤ。二人で似顔絵を描きあって、ジャックは幸村、クイーンは名前、キングはお館様。そしてジョーカーは佐助。このトランプは名前の宝物の一つだ。


「とらんぷ?なにするモンなんだ?」

『あ、えと…ババ抜き…とか、神経衰弱とか?』

「…what?」

『うーんとえーっと、これを使ってみんなで楽しく遊ぶ道具!です!』



トランプの説明なんて、どう話していいかわからない。と言うかトランプが何なのか、と聞かれても名前にはトランプであり遊び道具の一つであるとしか説明出来ない。困ったと眉を八の字にし俯いたら、向かいの男は大きな手で彼女の頭をポンポンと軽く叩いた。
「sorry、困らせてぇんじゃない。見た事無いから興味が湧いた。このとらんぷ遊び道具なんだろ?面白そうだ、俺にも教えてくれ。」

『う、うん!』

「ちょーっと待ったー!名前ちゃんそこから離れて今すぐに!孕まされるから!」

『あ、あれ佐助お兄ちゃん?』



離れてと言ったが実際は既に佐助に寄って抱きかかえられ名前は男から離されていた。突然の佐助の登場に男がつまらなさいとばかりに舌打ちをして次いで聞こえてきた声音に気まずそうに顔をそらせた。


「政宗殿破廉恥でござるうッ!名前殿!早うこちらへ!」

「おい、部下もだがお前もなにげに言うようになったじゃねぇか、真田幸村。つうか幼女は範囲外だ安心しな。」

「猿飛てめぇ!政宗様に向かって随分無礼じゃねぇか!あ?」

「はあ?どっかの奥州筆頭殿の方が礼儀知らずなんじゃないのー?館の奥御殿に忍び込むなんてさー。」

「ぐっ…それはすまねえ。俺の監督不行届きだ。政宗様!そこにお座りなされ!」

「oh、落ち着け小十郎、」


ぎゅうと私を抱っこした幸兄ちゃんが青い人と、佐助お兄ちゃんがなんか怖い顔の人がわあわあと騒ぎ出して静かな室内が一気に賑やかになる。なんだか嬉しくなってつい笑ってしまった。


『…あ、ご、ごめんなさい、』


集まった4人の視線に気恥ずかしくなり首をすくめてもじもじしていると、幸村が名前を下ろして「ご紹介しましょう!」と彼女を全面に押し出した。


「名前殿、あちらに居わすお方は、奥州を治めておられる伊達政宗殿にござる!」

『、だて様?』

「そう言や、名乗ってなかったな、sorry、名前。改めて俺が奥州筆頭伊達政宗だ。政宗でいいぜ。「伊達様」なんて言われてもむず痒いからな。you see?」

「政宗、様?」

「No!政宗だ、」


だって、幸兄ちゃんのお友達と言ってもやっぱり偉い人だし、どうしたらいいんだろうとオロオロしてしまう。政宗様がダメなら政宗殿?でもあんまり変わらないし…


『政宗…お兄さん?』

「……いいな、それ。」


手で口元を押さえた政宗に一瞬佐助から黒い何かが出たが気にする政宗ではない。そして空気がまったく読めない幸村は政宗に控える人物を紹介した。

「こちらは政宗殿が一の家臣、片倉小十郎殿にござる!」


すっ、と頭を下げた小十郎に名前もぺこりと頭を下げる。


「片倉小十郎だ、小十郎で構わねぇ。」

『小十郎…おじさん?』


空気が固まった。
小十郎の眉間に皺が瞬時に刻まれ、その主は先ほどとは違う意味合いで口元を押さえ、佐助は光の速さで顔を逸らして肩を震わせた。
そしてやはり空気を読めない幸村。


「名前殿、片倉殿はまだお若うございまする!」

『ご、ごめんなさい!小十郎…さん?』

「…それで、頼む。」

「政宗殿、片倉殿、こちらは某の新しき家族で名前と申しまする!某同様懇意にしてくだされ!」


そうして幸村は自慢げに彼女を紹介して、頭を垂れた。それに倣い名前ももう一度頭を下げれば政宗が「妹か?」と声をかけた。


「はい!某のいもう…」

「はいはーい!妹君じゃないよー!でも妹みたいなもんかもね!でもそれは今だけであって決してずっと妹ってワケじゃないからねー!」

「なに牽制してんだ猿、俺は幼女は範囲外だっつってんだろ。」

「(数年後はわかんないだろ!)そう?それは失礼しましたーってね。」

「佐助…お主いかがした?」



怪訝な顔をする主に誰の所為だよ!とツッコミたくなった佐助であるが、そんなことより勘の良い奥州主従…とりわけ独眼竜をこの部屋に長居させるワケにはいかない、と退去を促す。


「あ、ごめんね旦那。とりあえずそろそろあっちへ戻ろっか。手合わせの時間も無くなっちゃうよ?」

「おお!そうであったな!政宗殿!是非とも某と手合わせを!」

「…AH、仕方ねぇ。小十郎行くぞ。じゃあな名前。」

「はっ、」




三つ指をついて4人を見送った名前はほっと息を吐く。

幸兄ちゃんのお友達かぁ、ちょっと怖かったけど頭を撫でてくれた手は大きく暖かかった。小十郎…さんは、見かけ通り怖かった…。でもきっと、いい人だろうな。だって幸兄ちゃんのお友達だもの。


「名前殿!」

『わっ!?』



気を抜いていたところに、急ぎ戻ってきたらしい幸村に驚いた名前。何か忘れ物?と小首を傾げる彼女。


「名前殿、今日は寂しい思いをさせて申し訳ございませぬ。」

『だってそれは幸兄ちゃんのお仕事でしょう?』

「ですが、某は少しの時間でも名前殿にそんな思いをして欲しゅうはないのだ。」



本当にすまなさそうに眉を寄せる幸村に、名前の胸はほわほわと暖かくなる。亡くなった両親に勝るとも劣らぬ愛情を注いでくれる幸村に感情を表すように飛びついた。


「名前殿?」

『大丈夫だよ!だって私、幸兄ちゃん大好きだから、我慢できるし、待ってられるもん。』

「…では今宵もたくさんお話をいたしましょう!」

『うん!お布団敷いて待ってる!』


飛びついた彼女を一度ギュッと抱きしめて体を離す。後ほど参ります!そう言葉を残して幸村は部屋を出て行った。

今日は何を話そうか?お友達のことをたくさん聞いてみよう。
名前は今宵の楽しみに胸を沸き立たせるのだった。




同じ夢を見るために

いつも傍に






てかさー、あの会話ってもう恋人同士だよね。いや夫婦だよね!妻問いだよね!

…お前はそれを望んでるんだろうが。

そうだけど!そうなんだけどさ才蔵!娘をお嫁に出すってこんな感じなの?俺様耐えらんない!

泣くな女々しい、鬱陶しいぞ

俺様泣いてなんかないから!




 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
こんな佐助が好きです。
そして悪巧み筆頭が出張り始めます。

初出2014.11.30 吾妻