今年の夏は冷夏になるって言った奴誰だっけ。毎日毎日茹だる暑さだけど、まさかこの温度が冷夏とか言うんじゃないだろうな。と悪態ついてしまう今日この頃。

世の学生達には嬉しい夏休みらしいが社会人には関係ない。毎日汗だくになって出勤し働いて、昼間の熱を吸収して蒸し暑いアスファルトの帰路を辿る。

世の夏休みを謳歌する学生達が憎い。自分も数年前は短い青春の夏を煌めかせていたけれど、実に憎い。

「Welcome home!ずいぶん疲れてるな?俺がstaminaつくdinnerを用意してやったぜ。」

『……』

憎い現実が目の前にいる所為でいらっときた。疲れてる時にルー語を使われるとさらにイラ度が増す。

濃いブルーのエプロンを身に付けいそいそと夕食の支度をする2つ下の幼馴染で大学生な政宗君である。


『…うちのお母さんはいずこ?』

「mammyなら俺がkitchen貸してくれっつったらPapaとdateするってよ。」

『あっそー、』


男と一つ屋根の下に娘を放り込む両親に頭が痛くなるが、もう昔から「こう」なので今更すぎるのが否めない。


『私シャワーしてくるから、』

「俺が綺麗に洗ってやろうか?」

『のーさんきゅー。』


つまんねーって文句が背中に聞こえたが軽やかに無視無視。部屋に入って着替えを手にとりお風呂に向かう。台所の前を通ると機嫌よく鼻歌を歌いながら鍋の火加減をみる政宗。

彼とはもう10数年の付き合いになるだろうか。いいところのお坊っちゃんが訳ありで隣の片倉さんちに預けられ引き合わされたのが始まり。

名前の方がお姉ちゃんなんだから面倒みてあげなさいね、なんて無責任な発言を親からいただき『なんで私が』と思ったのを覚えてる。なんせ当時の政宗は右目を無くし、その所為かどうか家の中がゴタゴタし本人は鬱々とした暗い子供だったからだ。

渋々と相手をしていたが、懐かれればやっぱり可愛いし、どこに行くにもカモの子みたいにひょこひょこ付いてくる姿は庇護欲を駆り立てた。

それも中学に上がる前にはなくなって、お家のゴタゴタが片付いたのか政宗はエスカレーター式の某有名私立中学に入学した。

これで縁が切れたかと少し寂しくなった…わけではなく、相変わらず片倉さんちに住み着いてる政宗君。伊達のお家には月に2、3回お泊まりをしているようだが、普通は逆じゃなかろうか?

つまり、相変わらず現在進行形で幼馴染の関係は滞りなく続いているのである。

シャワーで汗を流しTシャツにジャージを着付けリビングに戻ると政宗の言うディナーが出来上がっていた。


「oh…相変わらず色気ねぇのな。」

『うるさいわねー、家にいる時に色気出してどーすんの。おっ!おいしそー!』


テーブルに所狭しと置かれた料理は政宗自慢の品々。サラダに貝の白ワイン蒸し、冷製パスタに野菜たっぷりスープ。メインは肉。牛ヒレかよ、このお坊っちゃんめ。


「名前、何飲む?ワイン、シャンパン、ビール、冷酒もあるぜ?」

『やったー!冷酒冷酒!』


こんな暑い日は冷酒に限る!しかも大層なご馳走があるなら尚更だ。エプロンを外した政宗が冷えた切り子グラスにこれまた冷えたお酒を注いでくる。私も彼のグラスに注ぎ終えると二人でグラスをチンと合わせた。


『お誕生日おめでとう政宗。』

「Thank you!」


喉を通るお酒特有のしびれた熱さと冷たさ、思わず『くぅ〜うまい!』と唸れば政宗が「親父臭ぇな」と笑う。


『お誕生日なのにご飯作ってもらって悪いねぇ。』

「外に食いに行くよりあんたと二人ゆっくり過ごせるからな。」

『はいはい。』


彼のセリフに内心ドキリとしながら素知らぬ顔を装う。最近の政宗はいつもこんな感じである。暗い性格の子供は中学に上がり環境が変わったからかずいぶんと積極的で明るく俺様に成長を遂げた。

友人と呼べる人、ライバルと呼べる人、そうして彼女と呼べる人。幼馴染の私に政宗は楽しそうに語ってくれていた。その時に幼馴染に僅かに抱いていた恋心は見事に砕けて泣いたっけ。私は政宗の中で幼馴染でしかないのだと理解し、想いにフタをした。恋人になれないなら幼馴染でいようと。

それが大学に上がった頃から始まったあからさまなアプローチに戸惑った。その頃には自分にも恋人と呼べる人が出来ていたし、政宗とてお家の事情で婚約者候補もたくさんいる。

一度それとなく小十郎兄ちゃんにたしなめてもらうようお願いしたら、「政宗様はこうと決めたら曲がらねえ。」だと。それでいいのか次期社長に秘書。

ならばと私がとった行動と言えばスルースキル発揮である。まず、彼が私にモーションをかける理由かわからないのと、伊達コーポレーションの次期社長と付き合う度胸がない故です。昔はそんな背景なんか知らずに好きでいられたけど、大人の事情を知るにつけ自分とは世界の違う人物だと痛感する。

それに政宗の付き合った彼女達は美形の本人に釣り合う綺麗な、または可愛い女の子ばかり。容姿も頭も十人並みの自分に何故と疑問。謎だ。

どちらにせよ幼馴染という縁が切れれば彼とこうやってご飯を食べることも適わない。いずれは世界という舞台へ旅立っていくならそれまで幼馴染として過ごしていたい。


『これってエゴだよねぇ…』

「Ah?egoist?」

『流暢に言い直さないでよね、この牛ヒレおいしー!お酒にあう。』

「なぁ名前、俺、来年留学するだろ?」

『えーと、カナダに一年だっけ?、戻ったらすぐ卒業だねぇ。すぐに本社勤務?』

「いや…何年かは支店で下積みだな、」

『じゃ、しばらく地方?』

「Ya、ま、でもすぐに実績つけて戻ってくるぜ。」

『さっすが政宗!独眼竜は伊達じゃねぇ!』


日本酒からワインに切り替えた政宗がグラスを傾ける。その首筋のラインがドキッとするほど色っぽくて慌てて目を逸らした。無駄に色気をふりまかないでほしいんですけどね、平常心平常心。

そうか、政宗が夏休みを過ごすのもこれが最後か、てゆーか、政宗とこうして過ごすのも今年で終わるのか。


『ま、たまには帰るんでしょ?』

「…いや、しばらくは帰らない。」

『そっかぁ、男らしいじゃん!』


負けん気の強い政宗の性格からしてそうだろうなと思う。そうして誰もが納得する業績をあげ次期社長として戻るだろうな。

「名前、」

『ん?なぁに?あ、そうそう、プレゼント部屋に置いてた。ちょっと待って…』

「欲しいモンがある。」

『へ、へー。多分政宗の希望に沿えてる自信ないなぁ、』

「なぁ、名前気づいてるよな、」


疑問の形をとっているけど、これは確信をもっての発言。ワイングラスをテーブルに置いた政宗は 姿勢を正し、隻眼で真っ直ぐ私を見据えてる。

なんのこと?なんて聞き返すのは野暮というものか、もうずいぶんと態度で匂わされていたんだから。


「今まではぐらかされてやってたけど、さすがにもう耐えられねぇんだよ。」

『あ、あのね…政宗、私は、』

「presentはあんたの左の薬指、」

『はい?』

「ここに指輪を嵌める権利が欲しい。」


すっと伸びてきた腕が私の左手を捉えて心臓がバクン!と大きく脈打つ。

『え、ちょッ…』

「本当なら今すぐengage ring嵌めてーとこだが、ガキの小遣いで買えるような半端な石であんたの指を飾りたくない。」


あんたの小遣いは平民の私からした大層な額だと思うけど、とツッコミたくなったけど、そんな事より、


『ま、政宗っ、私、』

「5年だ、今から5年後には、一人前の男になって戻ってくる。それまで「ここ」は空けとけよ。you see?」


薬指にキスを落とされて、ぼふっと爆発したみたいに体中が熱くなる。思わず左手を振りほどこうとしたけど、昔っからの怪力に敵うワケなく反対にミシミシと私の骨が悲鳴をあげる。複雑骨折する!あんたは私の手を破壊する権利が欲しいのか!


『ちょ…政宗痛い痛い!』

「oh!sorry!」

『あんた本当は私のこと嫌いでしょ!』

「No!これ以上にないほど愛してる!」

『!!!』

「…名前に恋人が出来た時すげー嫉妬した。」

いつでも丸ごとの俺を受け入れてくれんのはあんただけだったのに。



「やっと気づいた。」



今度は両手を取られて、見つめてくる政宗が、赤い顔で囁いた。



I want you by my side always.


『〜〜!5年!5年だからね!それ以上待てない!』

「OK!とびっきりのengage ringを土産に戻ってくるぜ!」





君の中でずっと、
僕を一番にして




2014.8.4初出 吾妻
配布元:秋桜