「では名前殿、今日も励んで参られよ!」

『うん!ゆき兄ちゃんもママのお手伝い頑張ってね!』

「おまかせあれ!果たしてみせまするぞ!」

『じゃあ行ってきまーす!』

「行ってらっしゃいませー!」


両手で力一杯手を振る名前殿に応え俺も手を振る。周りには同じような年頃の子供らが同じ青い服、黄色い帽子をかぶり「よーちえん」なる場所に入って行く。

名前殿が確実に室内に入ったのを見届け、今現在、己が世話になっている屋敷へ足を向ける。

来た道を戻ってゆくと、今から「がっこう」に向かう子供らとすれ違う。一様にみな、「らんどせる」や「りゅっくさっく」を背負っていて、あの中には勉学の道具や教本が入っている。今の日の本では皆、平等に教育をうけることができるらしい。

戦は疾うに無く、絶え間ない人々の努力や発明により進歩した文明。寒さに凍えることも、飢えることもない豊かな世。政と法令が整い、人が人らしく生きられる世。


「なんと、平和な世であろうか。」


見上げる空は己の世と同じく突き抜ける青。変わらない、ずっと繋がっているのだ。だから、あちらに戻った暁には必ずや「ここ」のような未来をお館様と共に作り上げてみせようと心に誓う。


「あら、お帰りなさい幸村くん。」

「ただいまもどりましてござりまする!おお、拓也殿もお勤めにお出ましでございますか?」

「そうなんだ今からね。じゃあ、幸村くんあとはよろしくね。」

「はっ!おまかせあれ!拓也殿には及ばねど全身全霊でもって春香様と名前殿をお守り申す所存!」

「うん、頼んだよ!幸村くん!」

「おまかせあれ!拓也殿!」

「幸村くん!」

「拓也殿!」

「幸村くんんん!」

「拓也殿ぉおお!」

「はいはい二人ともそこまで!あなたも早く行かなきゃ遅刻よ。」


まずい、と慌てて「くるま」に乗り込んでいく拓也殿を見送ると春香殿と二人で日課となっている屋敷内の掃除をする。

俺に任されているのは室内を「そうじき」なるからくりでゴミをとり、「ふろーりんぐ」の雑巾がけ。湯船の掃除と天気が良い時の布団干しだ。


「春香殿、今日は空模様が良うござります。布団を干してもよろしゅうござりますか?」

「あ、お願いするわ。あとで私も手伝うから。」

「なんのこれしき!春香殿は洗濯を続けてくだされ。」


それぞれの部屋から布団を出して「べらんだ」や庭の竿に干してゆく。「幸村くんいると助かるわ。」そう言ってくれる春香殿の言葉が面映ゆい。幸村に兄はいても姉はいない。母も幼い時分に亡くなり面影は朧気だ。もし我が身に母や姉がいたらこのような感じなのだろうかと思う。




幸村がこの世界に落ちたのはかれこれひと月ばかり前のこと。来る徳川殿との戦の為、心身共に己を鍛えねば!そう思い佐助に鍛錬をつきあわせようと縁側から「佐助ぇ!」と呼んだ刹那、落ちたのだ。足を滑らせ縁側から。

「ちょっ、旦那!?」

佐助の少しばかり焦った声。地に無様に着く前に体勢を立て直そうとしたが適わなかった。地にどぷりと沈んだ身体。何が起こったのかわからぬまま一瞬後には眩しい光の下だった。


「あの時は驚いたわねー。いきなりテーブルの上に幸村くんが落ちて来たんだもの。」

「あ、あの時は誠に申し訳なくござった…。」

「ふふ、あれは仕方ないわ。」


昼食の「みーとすばげてぃ」を二人で食べながら春香が語るのは幸村がこの世界に落ちてきた時のこと。

幸村が落ちたのは夕餉時、名字家の食卓。鉢や皿に盛られた料理の品々は幸村が落ちた衝撃で見るも無残なことになったのは言わずもがな。

あっけにとられる名字家の面々と幸村。お互い何が何やらわからない状況の中で拓也が茶碗を持ったまま「そ、その六文銭に赤い服、ま、まさかBASARAの幸村ッ?」こう叫んだのだ。


「拓也さんが言うにはタイムスリップ?トリップ?だったかしら。不思議なことってあるのねぇ。」


拓也が言うには幸村達の存在は「げーむ」の中の「きゃらくたー」。何かのきっかけで幸村だけこちらの世界に来てしまったのだろうと推測した。


「拓也殿と春香殿には本当に感謝しておりまする。突然現れた某をこうして面倒みてくださり…、」

「あーもう!拓也さんとも言ったけどそういうのはなし!いつかは帰れるんだからそれまでゆっくりすればいいのよ。ね?」


でも私がこき使ってるからゆっくり出来てないか!そう苦笑う春香に幸村は

「働かざる者食うべからずでござる!どんどん某を使ってくだされ!」

「ほんと、幸村くんは男前ねぇ。名前がもう少し大きかったらぜひお嫁さんにもらって欲しかったわ。」

「なッ!?なななな何を申されますか春香殿ッ!?名前殿はまだ御年5つにござりますぞ!」

「だって幸村くんなら大事な私達の娘をきっと幸せにしてくれるだろうなって。」

それに幸村くんと本当の家族になれるチャンスでしょ?


わたわたと慌てて顔を真っ赤に染める幸村に春香は暖かな視線を寄越す。

「出会ってまだ少しだけど拓也さんも名前も、もちろん私も、幸村くんが大好きだもの。」


その表情はとても柔らかく、ほんのわずかな時しか過ごしていない某を、家族みなで慈しんでくださるのかと思い至れば胸の奥が温かい。

なれば某は守ろう。大切な家族を、某を思ってくださるこの方々を。どんなことがあっても己の力のある限り。それはきっと元の世界に帰った時、己を強くしてくれるだろう。


『ゆき兄ちゃーん、ママーただいまー!』

「お帰りなさいませ!名前殿ッ!」

「あら、もうそんな時間?お帰りなさい、手を洗ってうがいしてねー。」

元気よい名前の返事を聞き、春香は「今日のおやつはホットケーキにしましょうか、名前と幸村くんの好きなホイップいっぱいのせるわね」

それを聞けば先ほど「みーとすばげてぃ」を食したばかりなのに腹の虫がなる。あのふわふわで甘く口の中で消えていく甘味は幸村の大好物の一つ。


「名前殿ッ!今日のお八つはほっとけーきにござる!」

『やったー!ゆき兄ちゃんただいまー!』


嬉しそうな声と共に、幸村の胸に飛び込んできた女の子。そのまま小さな体を抱き上げればくふくふとすり寄ってくる。


『ゆき兄ちゃん、ゆき兄ちゃん、おやつたべたらおままごとしよ?ゆき兄ちゃんがパパで名前かママだよ。』

「かしこまってござる!名前が恥じぬ、立派な「ぱば」を務めてみせまする!」


ゆき兄ちゃん大好き!と抱きつくこの幼子とその両親がいつでも、いつまでも笑っていられるように、某は、ただ願うのだ。


お題秋桜