03.1

やってしまった

慌てて取り繕ったもののその場の空気は非常にいたたまれないものになってしまい、会話も弾まぬまま早々に各々の部屋へと引き上げた。

ドアを背に天井を仰いだた佐助は深いため息を落とし、ずるずるとそのまま座り込んで頭を抱え込んだ。

元の世界に戻る為、俺は否が応でも「ここ」で生きていかなきゃならない。忍びが不要な世界に自分の居場所などないことはもう十分すぎるほど理解して、だからこそ必ず戦国の世界に戻らなければならない。

その為に佐助は常日頃から鍛錬を怠らず、名前が出かけた昼間、名前が眠った深夜などは忍び装束に身を包み闇の中、己の分身を相手に刃を交わす。必要ないとわかっていても神経を研ぎ澄まし居ないとわかっているが悪意な気配を探る。

けれどそうでもしないと保っていられないんだ。「忍びの佐助」を。

忍びでいるためにこの世界に来る以前より神経を使った。忍びが身につけるものを匂わすわけにはいかないから、柔軟剤はもとより、シャンプーや石鹸などは始めから使わなかった。当然、自分の体から、なんて論外だ。

だから、彼女の持ち帰った漬け物にたまらず吐き気がしたのと同時に苛立ちが湧いた。

この女は忍びの何をも理解出来ていないんだ。

当たり前と言えば当たり前だ。まず生きてきた世界、時代背景や社会の理から違い過ぎる。
身分差もなく性別の差別すらない平等の中で育った人間に、道具として使い捨てられる忍びを理解できるわけもない。

わかっている
わかっていた

だから、いつもみたいに流せばいい。ちょっと苦手みたいだからと軽くいなしてかわせば彼女を傷つけずにすむはずだから。

けれど、あの時自分の感情が制御出来なかった。
彼女が気安くあんな行動に出たのは、確実に懐柔しようとした努力の成果。喜ばしいはずなのに胸の内に黒い靄が渦巻いた。

なぜ、わかってくれないんだと。


「ははっ、俺様矛盾だらけじゃない?」


自己嫌悪に陥り苦く笑う。

理解出来ないのは当たり前、してほしくもない

でも、わかってほしいとか

自分から距離をとるくせに

歩み寄られたら少し感情が上向いて

だけど近すぎたら拒否をする


「わっけわかんない。」


人を容易く信じるお人好しなあの子を傷つけたくない。

それはわかっているのに



初出2015.10.26 吾妻

[*prev] [next#]

[ 戻る ]