03

最近の私は健康女子だ。
それと言うのも我が家のお母さ…げふんげふん!えー、家政夫の猿飛佐助のおかげ。
毎食、和食、野菜中心の食事に加えてお弁当も手作りでお肌もお腹の調子も大変よろしい。

朝のお化粧ノリなんか以前と断然違うし、まず吹き出ものがないのに感動した。まぁ猿飛佐助が来るまではコンビニ、ファーストフード、居酒屋と不摂生な生活だったしね。

本当にありがたい。心の底から感謝している。佐助様さまである。だが、だがしかし、人間それに慣れてくると違う刺激が欲しくなる。人間とはなんと欲深い生き物!

いやわかってる。私が我慢すればいいだけの話なのだ。でも…でも!猿飛佐助が来てからは全くと言っていいほどお目にかかってなかった「これ」。

いいよね?いいよね?久しぶりだしいいよね!

見ているだけで口の中に唾液が…。猿飛佐助の炊いてくれる真っ白ツヤツヤご飯にこれを乗せて食べたら絶対美味しい!これは間違いない!

そうして私はいそいそとレジでお会計を済ませて意気揚々と帰途についたのでした。



◆◆◆

「お帰りー…ってなに?これなんなのっ!?なんか名前ちゃんからもの凄く強烈な刺激臭がする!」


『……』


わたくし、まだ玄関にすら入ってないのに出迎えてくれた彼の猿飛佐助さまは鼻を摘み口元を手のひらで覆ってくれた。猿飛佐助の態度と言動にもの凄く心が折れそうです。しかし忍びの嗅覚パねぇ。


『…この刺激臭は私ではありません!このキムチです!』


ずずい!とスーパーの袋を突き出せば「それ以上近づかせないで!鼻が変になる!」と眉を顰めて三歩下がった猿飛佐助。珍しく焦る姿にいたずら心がムクムクと湧いてくる。
いや、いかんいかん!ここはぐっと押さえて、未知なる食材の説明をしてあげねば…


「え?それ家にいれるの?冗談でしょ?とりあえずもとあったとこに戻してきなさい!」

『どこのおかんだ!てかこれは犬猫じゃありません!立派な漬け物です!』

「そんな鼻に対しての暴力が食べ物のわけないよ!とりあえず俺様は認めません!」

『ええい!これは私が認めた美味しいキムチ!佐助さんのとこにだって漬け物あったでしょ!?糠漬けしかり奈良漬けしかり!』

「これ…漬け物なの?」

『漬け物だってば!キムチって言ってお隣の国の代表的なお漬け物なのです!』


相変わらず鼻はつまんだままだけど漬け物と聞いて訝しげにスーパーの袋を凝視する猿飛佐助。
その隙に靴を脱いでとっととキッチンに向かうが三歩後ろを歩かれた。しかも壁に沿い如何にも臭いから避けるように。どんだけ破壊力あるのよキムチ。これフタ開けたらマジで猿飛佐助の嗅覚は崩壊するかもしれないが私は今日キムチな気分なのだ。


すでにご飯の用意は済んでいてキッチンは片付いて綺麗。荷物をリビングに放り投げたら「物は大事に扱いなさい!」と怒られた。ごめんなさい鞄。

今日は魚の煮付けがメインで青菜のゴマ和えにお味噌汁。猿飛佐助がご飯をよそってくれてるのを見計らいキムチのフタを開ければ独特の発酵臭に背後で「うっ!」と息を詰める声。


「こ、この尋常じゃない色!喉を突き刺す臭い!本当に漬け物っ!?」


というくぐもった声で訴えている彼はなんと鼻から口元にかけタオルを巻いていた。いつのまに。


『美味しいんだよー。この辛味が食欲をそそるの!』


猿飛佐助にも分けてやろうと小皿に少し取り分けてあげると嫌な顔して押し返してきた。人の好意を踏みにじったな覚えておれ。

そんな猿飛佐助は置いといて、箸でキムチをつかみ口に入れると唐辛子の辛味の中に白菜のシャキシャキ感。発酵食品独特のコクと旨味が広がる。決して辛いだけでない味わいに思わずにんやりしてしまう。


『く〜!辛い!辛いけど美味い!ご飯がすすむ!』

「…俺様は臭いだけで食欲失せそう、」

『食べてみなってー。クセになるよ!』

「…そんなの食べたら体の中から刺激臭出そうだから遠慮する。」


そう言わずにほらほら。箸でつかんだ一切れの白菜を猿飛佐助の口元に近づけた。

些細ないたずら心だった。無理やり食べさせるつもりなんてないし、ちょっとしたじゃれあいみたいな。一緒に暮らしていく中で二人の距離が縮まっていたと認識していた私は、叩き落とされた箸と刹那に見た冷たい瞳に大きな勘違いをしていたのだと思い知らされてしまった。


『あ、』

「ご、ごめん!」


ハッと我に帰った彼が慌てて箸を拾い、本当にごめんね、俺様どうしてもダメっぽいみたい。そう言いながらテーブルを拭き、キッチンへと背中を向ける猿飛佐助に私は『もったいないな』とふざけてあげることも『なにしてくれんの』と怒ることもできなかった。


私と彼の距離は一ミリたりとも縮まっていない事実に、ただ呆然とし、キムチにフタをした。

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