01
『うあ〜今日もお疲れただいま腹減ったぁ』
「はいはいおかえりー、言葉は繋げないで区切ってね。それから女の子が「腹減った」とか言わないの。」
『お母さんお腹減ったぁ。』
「…うん、なんかもういいや。」
その背中に哀愁漂わせながらも「ちゃんと手洗いうがいしてよー。」と言う一言を忘れない(オカンめ!あたしは子供か!)
玄関で出迎えてくれたオカン…じゃなかった彼、猿飛佐助。職業忍者、しかし現在の世(ここ)ではあたしんちで絶賛主婦業に専念中である。
洗面所にてキレイキレイで手を洗いながら『今日のご飯なにー?』と問えばキッチンから「今日はきゃべつが安かったからろーるきゃべつって言うの?作ってみたよー。」と返ってきた。
ここで一緒に暮らし始めて1ヶ月ぐらいしか経ってないのに買い物も出来て洋食まで作れるようになるとは。忍びスキル半端ねー。
うがいを済ませてスーツから部屋着に着替え、キッチンに行けばホカホカと湯気を立てるロールキャベツと味噌汁とご飯。
なぜ味噌汁?スープ系がかぶってるとかツッコミはなしで。だってどや顔の猿飛佐助が目の前にいるし。
「どう?どう?初めて作ったにしては俺様上手く作ったと思うんだよねー。」
早く食べて食べてと勧める様はまるでお母さんに誉めてもらいたくてウズウズしている子供のようだ。言わないけど。
いただきます、と挨拶しお箸をとる。お皿に鎮座したロールキャベツは形も綺麗で干瓢でちゃんと縛ってある。芸が細かいな!お箸で一口分切ってフーフー。そうしてパクンと口に入れたら美味しさに思わず顔が緩んだ。
『うーん美味い!さすがの猿飛佐助!今日のご飯も最高!』
「お誉めに預かり光栄ってね。」
『ほらほらー美味しいんだから猿飛佐助も早く食べよう!』
「ん…と、じゃあ、いっただきます。」
彼はいつもちょっと戸惑う。もしかしたら誰かと一緒にご飯を食べることに慣れてないのかもしれないなぁ。
目の前で自分で作ったロールキャベツを咀嚼しながら「今度はとまとそーすで作ってみようかな。」と呟く彼、エプロン姿も様になっているがれっきとした戦国時代の忍者なのだ。
◆◇◆◇
事の始まりは約2ヶ月前、あたしの部屋に落ちてきた猿飛佐助。いきなり刃物を突きつけて「ここはどこだ。あんたは誰だ。」と宣った。
とりあえず日本で東京であたしんちでしがないOLです、出て行きたきゃ出てって、そこまで言ったら言われなくともそうすると窓に近づいてゴン!と頭をぶつけてた。
額を押さえながら不思議そうに窓ガラスを見た猿飛佐助は、なんか手の甲に付いてる武器?鉤爪みたいなのでガラスをキーーーと鳴らしてくれてあたしは悶絶。あの音嫌いだ!
止めてくれー!叫んですぐさま窓を開けたら猿飛佐助は躊躇うことなく外に身を躍らせ闇に消えた。何だったんだもう!彼が落ちてきたらしい天井を見上げるもなにもない。部屋に人が降ってきたことは気味が悪いが当人はもういない。こっちに実害はないのでまぁいいかとりあえずお腹が減ったのでスパゲティナポリタンの続きを食べて寝た。
一応、次の日夫婦二人で外国を飛び回ってる両親に「この家、曰わくつきじゃないよね?」と聞いてみたら「座敷童でも出た!?証拠写真送って!」こうきたので電話を強制終了。あれは天井から降りてきた猫をあたしの頭がイケメンに脳内変換したんだと、こちらも強制終了。あたしはホラーは嫌いだ。
それから何事もなかったのに二週間後。いつも通り、コンビニご飯をぶら下げ疲れて帰ってみたら、真っ暗な部屋の中に緑の服でオレンジ色の髪の猫がいた。二週間前より頬が痩けて目に隈があって、どうしていいかわからないと途方にくれた目をした猫。
「…もう、さ、ここしか手掛かりがないんだ。」
ポツリ呟いた彼は力無くヘラリと笑い、あたしの前で正座をしてその頭を下げた。
ここに置いてほしい
まだ死ぬワケにはいかない
俺はあの人のところへ帰らなきゃならない
だから
ここに置いて欲しい
人に土下座をされたなんて初めてで、どうしたらいいかわからなくてあわあわ。だって内容が唐突すぎる!だけど目の前の人はあたしが「うん」と言わねば頭を上げることはないんだとろうな、と。彼の全身から放される必死さが本気の本気なんだとあたしの肌をピリピリと刺す。
その気迫に負けてしまったあたしはお人好しか、それともただのチキンか。やっぱ困っている人を見て知らん振り出来る人間なんてそうそう居ないと思うのよ。それは満席の車内で席を譲ることだったり、落としたコンタクトレンズをみんなで探すこと然り。あたしの場合、人ひとり抱え込むと言う(しかも身元不明の不審者!)ちょっと大事なだけで。それといつまでも土下座を続けられるのは、なにかこう、悪いことさせてるみたいな気分になっていろいろキツい。
『え…っと、』
「……」
『あ〜、…と』
「……」
『何でもする、んだよね?』
「!!」
ガバッと上げた顔は驚きに目を見開いてて、それは信じられないとでも言いたそう。てか、あんたが言い出したんでしょーが。
「俺様に出来ることなら、何でも、」
ヘラ、と人好きする表情に変わる。あ、この表情は何となく嘘っぽいな。でも発する声は真っ直ぐあたしの胸に届いて、それはきっと何か一つの強い意志が込められてるんだと感じられた。
『じゃあ…料理とか、』
「え?」
またまた顔を上げた彼だが今度はキョトンとしてる。さすがに男に料理は無理だったか。いやだってあたし料理は超が5個つくぐらい苦手なんだよ。今はコンビニとか外食で済ましてるけどたまにはキッチンを使ってやらねば埃が…
「え…ええっ?そんなことでいいのっ!?」
『え?料理できるの?じゃ、掃除洗濯…は?』
「ホンットにそんなモンでいいのっ!?」
『いいよ?あたし、苦手だからしてくれるとめちゃ助かる。』
「喜んで!」
かくして、不審者、もとい猿飛佐助との同居生活がスタートしたのでした。
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