BASARA /戦国/三成
一年前に奥を迎えた。
私にはまだ必要ないと思ったが刑部が同盟をより強固にする為だというので真田の妹(妹が居たとは知らなかったが)と縁組みをした。
どんな娘かと思っていたが至って普通の娘だった。いや、私が一般的な女がどんなものかはあまり知らないから一概には言えなかったのだが、色白だが健康そうな、兄に良く似た大きな目を持つ娘。何故か嫁入り道具に米俵が何俵もあった。付き添いに来た真田の忍が「こんなもんじゃ足りないかもしれませんけど、あの姫さんも最初ぐらいは流石に遠慮すると思うんで。もし足らなくなったら真田の旦那に連絡寄越してくださいよ。」そう不可解な言葉を残して帰った。全く要領を得なかったが暫くして妻が普通ではないと知った。
『三成様、もうおしまいですか?』
箸を置いた私に妻が問うた。
「私は元々食わん、貴様は気にせず食べればいい。」
膳の食事の量は、私にしては口に入れた方だ。いつもなら食べぬ時も珍しくない。
『……』
そんな私の膳を碗と箸を持ったままじぃっと見つめる名前。なんなのだ。私が残したのが気に入らないのだろうか。民が丹精込めて作った米や野菜を無下にする私へのなにがしかの訴えか。
『……』
「言いたい事があるならば言え。」
『あ、あの、い、いただいても?』
「…は?」
『その、も、もったいないので、』
その時の私は特に何を思うことなく、確かにもったいない、残飯か肥やしになるよりマシ、その程度だったので膳を妻へと押しやった。
『ありがとうございます!』
体中で喜びを表し美味い美味いと約二人分の膳を平らげていく。その様は見ててどこか爽快であった。
だからと言うわけではないが私は毎夕の己の膳を半分以上妻に食べさせていた。
そうしている日々が過ぎると刑部が「厨の者達が最近同胞の食が進んでいやると喜んでおる。作り甲斐があると言うてなぁ。やれ善き事よ善き事。」私の食事量は変わっていない。妻が食ってるのだ。だが、妻があまりにも旨そうに食事をするので釣られてる部分はある。最近では膳の側にお代わり用の飯が入った櫃が置かれている。勿論、専ら食うのは妻だ。
『上田のご飯も美味しゅうございましたがこちらも美味しいですね。お魚は新鮮だしお漬け物も種類が沢山あってご飯が進みます。』
「そ、そうか、ならばもっと食え。」
『はい!』
もぎゅもぎゅと飯を頬張る名前は本当に幸せそうだ。私も秀吉様がご統治されていたこの地を称賛された心持ちになり気分が良い。これも食ってみろ秀吉様が贔屓にしていた店の漬け物だ、こちらは半兵衛様が好んだ薯予饅頭だと、これは刑部がくれた練りきりだと勧めれば『三成様の敬う方々とおなじ物を食べさせて頂けるなんて、とても嬉しいです!』私の胸が何やらキュウと締まり心の臓がバクバクと速まった。しかし、それは苦しいものでない。これはなんなのだと刑部に聞いてみたが両の目を三日月にして「御方を大事にしやれ。」と笑っただけだった。
妻と過ごす時間は秀吉様方と過ごした穏やかな日々を思い起こさせる。妻が美味しい、嬉しいと微笑むと空気が暖かく失くしたものを取り戻せたような心持ちになる。妻の喜ぶ顔が見ていたい。彼女が笑うと私の胸まで日溜まりで満たされる。
そして気づいた時には奥の碗は大きな丼鉢になり、八つ刻には山ほどの団子や饅頭を食べるようになっていた。
そこでやっと、あの嫁入り道具にあった米俵の意味と真田の忍の言葉を理解した。要は妻の食べっぷりにこちらの台所事情を気遣ったのだろうが私からすれば余計なお世話だ。妻の食い扶持を稼ぐ甲斐性ぐらいある!真田には「気遣い無用」と文をしたためたら米ではなく山菜の佃煮や川魚の甘露煮が山ほど届いた。真田は私の文をどう訳したのだろうか。
そんな良く食べる妻がここ最近、お代わりをしなくなった。いや、食べるのは食べるが今まで5杯だったのに3杯に減った。好きだと言った魚も2匹しか食べない、甘味に関しては半分だ。
「絶対に何かの病に違いない!刑部っ、私はどうしたらいいのだ!?」
「てか、今までが食べ過ぎだったと俺は思うんスけど、あの量は尋常じゃないっしょ。」
「左近貴様ぁあああ!私の奥を馬鹿にしているのか斬滅してくれる!」
「馬鹿にしてませんって!てか、三成様、御方様が大好きなんッスね!」
「…っ!だ、黙れ!」
体中がカッと熱くなった。す、好きかはともかく大事に決まってる!同盟の楔!奥に何かあれば真田が伊達と組んでなにがしかを起こすとも限らんではないか!
「いや、あの暑苦しい大将さんはそんなことしないっしょ。義を重んじ真面目一辺倒!ま、あっちの忍さんは怖えーけど!」
「ヒッヒッ、まぁ落ち着け三成。で、薬師はなんと申しておるのか?」
「そ、それが今暫し待てと、」
「そうかソウカ、では今暫し待つが良いヨイ。」
「しかし!」
薬師が待てとはどういうことなのだ。もしや薬師でも見当のつかない恐ろしい病なのか?こうなれば日の本中の薬師という薬師を集め病の原因を探らせるしかない!
「筆を持て左近!この地にいる医学に心得のある物事をすべてここに呼び寄せる!」
「えー!なに言ってんスか!んなこと無理に決まってますって!ちょっと落ち着きませんか三成様!」
「私は十分落ちついてる!そんなことより今、この間にも名前の容態が悪化したらどうする!?その時には事態を遅らせたとして左近、貴様を縊り殺してくれる!」
「三成様がやべえ!」
そんな二人のやり取りに傍観を決めていた刑部がやれやれと息を吐いた。それすら癪に触ってついうらめしげに睨み付けてしまう三成だが、呆れているとばかり思っていたのに刑部の目は細めて笑っていた。
「そこまで気がかりならば御方か薬師に聞くが良い。心配せずとも御方は大病ではないゆえなぁ。」
どれ、我が呼んで来よう。そう言ったが「ちょうど来よった、キヨッタ。」と再び腰を下ろすと二人分の足音が廊下から聞こえこの部屋の前で止まる。
「殿、ご政務中申し訳ございませぬ。少しばかりお時間をいただきたいのですがよろしいでしょうか?」
言い終わる前にスパン!と障子を小気味良く鳴らして開ければ少しばかり驚きに目を見開いた妻の顔。
「貴様!大事ないのか!?」
膝をつき目線を合わせて妻の顔を覗き込むと、いつもと変わらぬ顔色で大丈夫だとニコニコ笑っているのでほっとして肩の力を抜いた。
「廊下は冷える、早く中へ入れ。」
『ありがとうございます。』
そっと手を添えて部屋に促す姿はまさに鴛鴦夫婦と名付けるに相応しい。それを見るにつけ刑部も左近も微笑ましくなるのは仕方ない、こんな三成が見れる日が来ようとは。
刑部も左近も三成と真田の妹姫との婚姻には期待してはいなかった。同盟の強固の為と聞こえはいいが所詮は人質。夫婦とは名ばかりになるだろうことを刑部も左近も、そして三成も理解していた。
それが、どうだ、かの姫の意外性は三成の色のない人生を少しずつ彩り始め、1つを労る感情を芽生えさせ今では離れるなどあり得ないと思えるほど。
そして、ついには、と刑部が控えていた初老の薬師に目をやると、その視線に気づいた薬師は目尻を下げて頷いた。
「それで?奥の病名がわかったのか?」
そう三成が問うと薬師は丁寧に頭を下げて「御方様は病ではございませぬ。」そう応えると三成が不信に腰を浮かせかけたところ、隣の名前が三成の袖をとり首を小さく振る。
『殿、その、最後まで』
「う、うむ、わかった、」
名前がどことなく気恥ずかしそうに頬を染める。悪いことでは、きっと、ないのだ。ならなんなのだ?疑問が過るなか、続いて紡がれた言葉は三成の思考を止めた。
「御方様にはおめでたきことながらご懐妊されましてございます。産み月は長月の頭頃と診ております。」
「え、え?えー!?ちょ、三成様!おめでとうございます!いや、そうだったんすか!」
左近が祝いの言葉を叫ぶ中、三成は懸命に頭を止まった思考を動かそうとする。懐妊…、懐妊…懐妊…めでたいといっていたから良い事なのだ、な?懐妊、懐妊…、産み月、………か、懐妊だと!?
ようやく一連の流れがみえた三成は、名前の両肩を掴み鬼気迫る形相。
「ま、誠か?」
『はい!きっと元気なやや子を産んでみせます!』
ニッコリと笑う妻の表情に万感たる感情が体中を巡りどこかに吐き出したい衝動に駆られた三成はそのまま雄叫びながら部屋を走り出てしまった。
「ちょ、三成様ー!どこ行くんすか!?」
「よいヨイ、そのうち戻る。おそらく感極まったのであろ。」
『え、っと、喜んでくださってるんですよね?』
「ヒッヒッ。無論よムロン。」
『ふふ、よかったです!』
城内からは秀吉様半兵衛様と叫ぶ声が暫く止まなかったとか。
そして当然ながら奥方様のめでたいお話も筒抜けで家臣たちからの祝いの言葉に三成は当惑しながらも珍しく顔を緩めた。
この胸いっぱいの愛を
叫んでも叫んでも押さえられない
初出2016.6.12吾妻
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[mokuji]
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