Title:ずっとずっと先の小話
30th April,2020 Thu 10:51
あら先生、おめかししてお出かけですか?

こんにちは、ええそうなんです。天気も良いので少し足を伸ばしてみようかと。

すっかり暖かくなって外出にはちょうどいいですね。気をつけて行ってらっしゃい。

隣人と挨拶を交わし、ゆっくりと足を進める。軸足をダメにしてから杖が離せなくなったのはもう随分昔からだ。日常生活に差し障りはないがとっさに踏ん張りが利かないので頼らざるを得ない。それでもありがたい事に自分は五体満足でいられた、これは奇跡とも言えよう。

ポツポツと歩みを進めると、見慣れた道沿いに植えられた桜の木々に淡く儚い薄桃の蕾が見てとれる。もう花開くのもすぐそこだろう。週末である今日は花見にはまだ早いが陽気に誘われたのか恋人、家族が自分と同じように桜を見上げながらゆっくりと歩を進めていた。

「先生、お散歩ですか?」
「桜ももうすぐですね」
「先生今度、寄合に顔出して下さいよ。一杯やりましょう」
「せんせい、こんにちは!」

すれ違う近所の顔馴染みさん達が声をかけてくれる。皆が先生、先生と呼んでくれるのが、この年になってようやく体に馴染んだ。

夜に、鬼に怯える日々が終わってもう何十年経ったろう。
自分が立つこの時、この場所、この時間は皆が望んだ世界、とても穏やかで、長閑で平和だ。
宿敵を倒した鬼殺隊はその存在意義を失くし、静かに解体した。行く宛や身寄りの無い者が殆どでお館様は須く全ての隊士の行く末に手を差し伸べ一人、また一人と見送り全隊士が確たる道に就いた時には約三年の月日が経っていた。
各言う俺はと言うと、先の事など何も考えていなかった。将来の展望なんて夢にも思わず突然「もう刀を持たなくていい」と言われて狼狽えた。だって俺にはそれしかなかったんだから。それが生きる術だったから。
そんな俺に彼女は道を示した。
「学校に行ってみようか」と