小さい頃、ママはよくわたしと妹に色違いのものを買ってきた。
色は大体ブルーとピンク。
どちらを選んでもいいはずなのに決まってわたしが手を伸ばすのはブルーで、服も靴も傘も髪止めも、わたしのものはほとんどがブルーだった。
それが癖になったのか、大人になっても選ぶものは青。
もしくは寒色系。
ふわふわ暖かなピンクが可愛いことはわかっているけれど、どうしても手が伸びないのだ。
理由は簡単。
ピンクなんて可愛い色、わたしには似合わないから。
そうしてピンクを避けた人生を送ってきたのに、近頃のわたしの周りには目障りなピンクがうろついている。
今日もほら、仕事を終えて自宅のドアを開けると、
「おかえり、ミア」
「……もしもし、警察ですか?今わたしのうちに不審者が…」
「待て待て待て!早まるな!!」
「…どうしているの」
「そりゃあ頑張った一日の終わりをミアと過ごすために」
「今すぐ帰って」
一人暮らしのはずのわたしの家のソファに座る大男。
彼が近頃わたしの周りをうろつく目障りなピンク。
ここ何ヶ月かことあるごとにわたしの前に現れちょっかいを出してくるこの男は、先月ついにピッキングを習得したらしい。
完全な犯罪だ。
「帰れって…、そんなつれないこと言うなよ。あんなに甘〜い一夜を過ごしたオレたちの仲じゃねぇか……フフッ」
全世界の皆さんに声を大にして言いたい。
わたしはこの男とそんな時を過ごした覚えはない。
彼の勝手な思い込みである。
百歩、いや五百歩ほど譲ってこのフラミンゴと一夜を過ごしたことは認めるが、彼の言う“甘〜い一夜”などでは決してない。
これは数ヶ月ほど前のこと。
久しぶりに二日丸々休めることになったわたしは、たまには贅沢もいいだろうと少しお高めのバーに飲みに行った。
そこで出会ったのがこのふざけたフラミンゴ。
彼が女一人で飲んでいる可哀想なわたしに声をかけてきたのだ。
久しぶりの美味しいお酒で気分が良くなったわたしは、あろうことか得体の知れない羽コートの男と共に飲むことを受け入れてしまった。
今から思うと後悔を通り越して酷く落ち込むのだが、それはアルコールが入っていたせいと、このフラミンゴの容姿が少しばかり良いせいよ、と自分に言い聞かせてどうにか落ち着いている。
本当に、相手にしなければよかった。
暫くその店で話したあと、ドフラミンゴと名乗るこの男はわたしを外へと連れ出した。
なんでもこの近くに綺麗な夜景が見える公園があるらしい。
そんなものに釣られるなんてなんて安い女なのだろうと思うし、我ながらなかなか不用心だったかなぁと反省もしている。
でも大丈夫。
何か危ない目に遭うどころか、公園にたどり着きもしなかったのだから。
公園までの道を歩いている途中、あろうことか彼は突然ひっくり返ったのだ。
しかも意識はない。
最悪だ。
幸せそうに目を閉じているあたりただ単に酔いが回っただけのようだが、これは困った。
大の男(しかもちょっと規格外サイズ)が道端で寝転んでいるのである。
警察なんか呼ばれてはひとたまりもない。
そして非常に残念なことに、少し親しくなった人間を真夜中の路上に放置して帰るほど冷酷な心をわたしは持ち合わせていなかった。
だから仕方なくタクシーを拾って、もちろん彼の家なんか知らないから、さらに不用心だと反省しつつも自分の家に連れ帰ったというわけ。
そんな経緯で過ごした一夜が甘いはずはないだろう。
朝目覚めたときに、「悪い、全く覚えてないが、もし何かあったらちゃんと責任はとる」なんて顔に似合わないことを言っていたが、現にあんたはわたしが何をしても起きなかっただろうが。
あまりの重さにほとんど引きずって部屋に運んだのに、だ。
そんな状況で“何か”があるわけがない。
あのときのばつの悪そうな顔を思い出してイライラする。
…でもきっとこのイライラは記憶のせいだけではないはず。
まだいたのか、ドフラミンゴ。
出て行くつもりの無さそうなドフラミンゴを避けてキッチンに行くと、覚えのない鍋がコトコトと音を立てていた。
蓋を開けて覗いてみると、そこには美味しそうなシチューが。
「……ひとの家のキッチン勝手に使うなんて、非常識すぎる」
「帰ってから料理するの、大変だろ?」
フフッと嬉しそうに笑う彼の顔は、秘密の作戦を成功させた子どものようにいたって無邪気だ。
興味がないので考えたこともないが、ドフラミンゴっていくつなんだろう。
そんな疑問はさておき、不本意だが空いたお腹がぐぅとなりそうなのでありがたくそれを頂くことにする。
よく煮込まれたそのシチューはわたしの体を温め、なんだか心までもが温まった気がした。
ひとつ不満があると言えば、わたしがスプーンを口に運ぶ間ドフラミンゴがずっとこちらを見つめていること。
ニコニコというよりニヤニヤとした笑みを浮かべる彼は何がそんなに楽しいんだか。
「…で、いつ帰るの?わたしお風呂入りたいんだけど」
「あァ、一緒に入ってほしいってか?」
「きもちわるい。ありえない。そんなこと一言もいってない」
照れんなよ、なんて言いながらフフッと笑うドフラミンゴを完璧に無視して、食器を流しに滑らせる。
「仕方ないな……いいぜ、入ってこい」
そうカウンターの向こうで手をひらひらさせる彼を見て、何とはなしに誰かと結婚したらこうなのかな、なんて思ってしまった。
ハッと気づいて絶望する。
例え無意識であろうとも、こんなやつを見て未来の伴侶を想像してしまうなんて!
胸に底知れない暗い想いを抱えてドフラミンゴの方を見遣ると、彼はわたしの寝室のドアに手をかけていた。
「ちょっと!何してんのっ!?」
「何って…ミアが風呂入ってる間にベッドを温めて置いてやろうと」
「絶対やめて」
「なに、遠慮するな…フフッ」
わたしの制止を聞かずにドアを開けようとする。
まずい。
「ドフラミンゴ、」
我ながらこの一瞬によく頭が回ったものだ。
わたしが彼を名前で呼ぶことは、まずない。だからこそ手を止めて振り返ったのだろう、サングラスの下の目が驚きながらも輝いている。
…でも残念。どうしてわたしがあんたを喜ばせなくちゃならないの。
なんだミア?、と嬉しそうに尋ねる彼ににっこり微笑み、
「開けたら、殴るよ?」
「!」
側にあったガラス製の花瓶に手をかけての一言には威力があったらしい。
さっとドアから身を引いてこちらに真っ直ぐ面した。
……勝った。
安易にそう思ってしまったわたしは少々調子にのり過ぎたのかもしれない。
今日こそは優位に立ってやる。
こんなやつの思い通りになるのはもうこりごり。
この調子で早く帰ってもらおう。
そう思ったわたしの頭は、次の瞬間には一気に冷えた。
「フフッ!ミアは凶暴だなぁ……、そんな女も嫌いじゃないぜ」
気付いたらそんな声がすぐ近くで聞こえて、いつの間にかすぐ目の前にいたドフラミンゴの手はわたしの顎に添えられて…、
「躾のしがいがあるってもんだ」
抵抗しようと腕に入れた力も虚しく、赤い舌がペロリとわたしの唇をくすぐって離れていく。
「……なっ!」
「フフッ!今日はもう帰る。いい土産ももらったしな…」
突然のことに体が動かないわたしを置き去りにしてドフラミンゴは玄関へ向かう。
しばらくして、ちゃんと鍵閉めろよ という彼が帰る時の口癖に続いてドアが閉まる音が聞こえた。
……何が起きたの?
あいつは一体何者なの?
いつの間に移動したの?
わたしが優位のはずじゃなかった?
思い通りにならないんじゃなかった?
っていうか、唇!
色々な考えがぐるぐる渦巻いて気持ち悪い。
よろよろとソファに向かう。
さっきまで彼が座っていたことを考えると少し躊躇うが、そんなことを気にする間もなく崩れるように腰を下ろした。
体が沈んだ瞬間、小さなピンク色の羽がふわりと舞い上がって、くるくると楽しそうにわたしの肩にくっついた。
桃色不法侵入者
玄関の鍵、
厳重なのにしようかな
なんて。
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20130401
ヒロインさんのお家に気配を残すため、ヒロインさんがいない間にわざわざコートの羽むしってたりしたら可愛い。
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