葵ちゃんってさ、藤真くんと一緒にいて疲れない?
バスケ部って忙しいからデートとかできないだろうし、
藤真くん不機嫌なとき多い気がするし、
そんなに彼女のこと甘やかすタイプには見えないし、
なんだか正直、
付き合ってる意味、あるのかな?
「ってクラスの子に言われたんだけど」
「……は?って、うわ。書き間違えた」
「…ごめん。黙っとく」
「別に、続ければ」
罫線の上の乱れた字を消しゴムで手早く直しながら健司が言う。
確かにノート片手にパソコンに向かっている彼のこの言い方はその言葉の内容に反して冷たいのかもしれない。
そもそもせっかくのオフの日に彼の部屋に遊びに来たのにこの状態というのも普通じゃないのかも。
「でもそんなこと言われたって、なんて答えたらいいの」
「……」
続けていいと言った割に案の定返事は返ってこない。
わかっていたのだから別にいい。
翔陽バスケ部のキャプテン兼監督は今選手の個人練習メニューの整理で忙しいのだ。
こうして一緒にいるのに互いが別々のことをしているのなんてわたしたちにはいつものことで、彼のこの部屋で二人でそろってやることといえば食べるか寝るか繋がるかだ。
なんという三大欲求。
まるで獣じゃないか。
そんな冗談は置いておいて、今だって健司がパソコンに向かう傍らわたしは本棚から拝借した週バスを読んでいる。
紙面に並ぶ数々のバスケ用語。
数年前まではそのほとんどを知らなかったのに、今はもう記事にさらっと目を通すだけで頭の中で状況が描けてしまうから不思議だ。
今週号をあらかた読み終えて一冊遡ろうと本棚へ伸ばした手が、いきなり振り向いた健司に捕まった。
「びっくりした…。何?」
「いや、別に。やること終わったから」
終わったからって……。
瞬発力の使い方間違ってるでしょ。
呆れ顔で手を引っ込めようとすると反対にぐいと健司に引っ張られ、つんのめるような形で彼の胸に飛び込むことになる。
まったくもう、本当に勝手なんだから。
「…で。俺と一緒にいるのが、何だって?」
「疲れないかって聞かれたの」
「…へぇ」
「それに…、付き合ってる意味あるのかって」
彼はわたしを腕に閉じ込めたまま、もうひとつ へぇ、と気のない返事を頭の上に落とした。
興味のなさそうな、素っ気ない返事。
きっとこの返事だって、あの同じクラスの彼女からしたら恋人らしくないんだろうな。
甘さの欠片もなくて、面白味もなくて、
意味も、なくて?
「………付き合ってる意味って、なに」
「…ん?」
デートすること?
いちゃいちゃすること?
人に自慢すること?
一体なに?
「健司。わたし、デートなんかできなくてもいいよ?それに健司は不機嫌なんじゃなくて、忙しいんだってこともわかってるし、わたしちゃんと甘やかされてるし、だから、」
「うん」
「健司と一緒にいて疲れてなんかいないし、一緒にいて、…付き合ってて、安心するよ?」
別に、そんな安っぽい意味なんか求めてるわけじゃないの。
健司と一緒にいたくて、健司のことが好きで、幸せなことに健司もそう思ってくれたから付き合ってるだけのことで。
「わかってるよ」
わたしの背中に回った腕がわずかに強くなって、頭の上でリップノイズの可愛い音がした。
「俺も同じだからな」
そう言った彼の口元に浮かぶのは、普段の彼からは想像もつかないような柔らかい笑み。
あぁ、この顔はずるい。
なんだかどうしようもなく愛しくなってしまってそれを目で訴えるしかできずいると、今度はそのまぶたに唇が寄せられた。
「そもそも意味なんて、そんなもんいちいち考えるもんでもないだろ」
寄せられた唇が頬、顎、鎖骨へと移って、
「そんなこと考えてる暇あったら、もっとこっちに集中してろ」
なんて。
あぁ、また三大欲求のひとつだ。
本当に、なんて可愛いげがないんだろう。
緩められる襟元に忍び込む右手。
ひどく性急な態度なのにそれに抗えないわたしもきっと同罪だ。
でも、わたしたちにはこれがいいのかもしれない。
恋人のセオリーから仲間外れだって、互いがいればひとりぼっちじゃないから。
思わず伸ばした腕が健司の首に絡んだ。
わたしが見つめる先、ふわりと笑う彼の唇が思いもよらない可愛い言葉の形を辿ったのは、わたしの背中が白いシーツに移った時のことだった。
なんて甘美な仲間外れ
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20130824
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