わたしがそのひとに気付くことは簡単だった。

だっていくらここがバスケットの試合会場だといっても、ほぼ2メートル近い身長の人なんてそういるものではないから。
それに理由はもうひとつ。
今からちょうど一年前、同じコートの上で見た彼のことをわたしの頭はしっかりと記憶していたから。


コート上のボールを目で追うふりをして、改めて隣を盗み見た。

変わらずに高い身長は観客席から見るよりもずっと威圧感があり、少しの恐怖すら感じてしまう。
それはきっとこの人のもつオーラのせいもあるのだろう。
先程から時々彼に目線をやる周囲のひとはそれに惹き付けられているのか、もしくは元々彼のことを知っているのかどちらかだ。
一年前にこの会場を騒がせたスターは高校卒業後の今でも人気があるらしい。

懐かしいな…。


一年前のあの日を思い出す。
わたしは一年前のこの大会で、彼の…、正確には彼らのインターハイへの夢が消えた瞬間に立ち会った。
そしてそれと同時にわたしの幼馴染みが所属するうちの高校のバスケ部の夢が一歩進む瞬間に立ち会った。
つまりは、そういうこと。

あの日の夜わたしが幼馴染み宅で中間お祝いパーティーをしている間に、きっと彼は悔しさと悲しさのどん底にいたのだろう。
それを思うとなんだか複雑な気持ちになるけれど、それは仕方のない話で。
たとえ彼のいたチームが県一の高さを誇っていても、県内一二を争うガードがキャプテンであっても、彼自信が非常に能力の高いセンターであっても、最終的に湘北に勝利の女神が微笑んだということだけが結果だ。

あの試合は、みんな頑張ったよなぁ。
高さ的にすごくハンデがある状況で、特にあいつなんか小さ過ぎて逆に目立ってたっけ。

今まさにボールを相手プレイヤーから掠めてオフェンスのスタートを切った幼馴染みに目をやった。
今日すごく調子がいいように見えるあいつは、どうせ彩ちゃんに何かしらの励ましの言葉をもらったのだろう。

あいつのやる気がすべて彩ちゃん次第だなんて高校に入ってからずっとだし、それに関してのわたしの感情もだいぶ落ち着いたものになった。
まだ少しだけ心は痛むけれど、もともとわかりきっていたことだから、…大丈夫。


どくりといつもよりわずかに重い音で鳴った鼓動を落ち着けるように息をついたとき、桜木くんによって打たれたシュートがネットを潜ることなく弾かれた。
しかしそこは流石リバウンド王。
すぐさま自分の手で取り返して、ボールは綺麗にリングを通った。
これでまた相手との点差が開き、時間的に見てもそろそろ湘北の勝利が決まりそうだ。



「あいつ、いい動きするようになったな」



歓声の中でぽつりと聞こえた呟きは、どうやら隣にいる例の彼のものらしい。

独り言かと思ってコートに意識を戻そうとして、彼の目線がこちらを向いていることに気付く。
見たところこちらの方向にわたし以外のひとはいないようだけれど、……もしかしてこれはわたしに話しかけているのだろうか?



「あの、花形さんですよね?…去年の翔陽の」



おそるおそる視線を上げて黒縁の眼鏡を覗くと、予想外というか案の定というか、彼もこちらを見ていた。
わたしの言葉に「あぁ」と小さく応えた後もそれは離れることなく視線は交わったまま。



「こんなところで何してるんですか?」



何を言っているんだ自分は。

ここにいるということはインターハイ神奈川予選を見に来たに決まっているし、彼は強豪翔陽のOBなのだから見に来るのもごくごく自然なことだ。
それなのにこんな間抜けな質問をしてしまったのは、わたしが少なからず動揺していたからだろうか。
現役でないとは言えど、わたしがあの翔陽のスターと話をしている。
予想外の展開だ。



「何って……、」



薄く笑って言い淀む彼に申し訳なさが募る。
ごめんなさい、こんなおかしなことを聞いて。

しかし心の中で謝罪しているわたしの耳に、この展開より更に予想外な言葉が返ってきた。



「何って、湘北の負け様を見に?」



は?

一瞬聞き違いかと思った。
そりゃあ彼らの夢を砕いた憎き仇だ。
でもそれを未だに根に持っているかのようなその一言は、スポーツマンとしていかがなものか。
それに得点板を見て、この試合で湘北が負けそうにないことはわかるはず。



「…冗談。後輩の成長ぶりを見に来ただけだ」



きっとこの数秒の間、わたしはすごく嫌な顔をしていたのだろう。
それでも花形さんは冗談の一言でそれを拭い去って、イメージしていたよりもずっと爽やかな笑顔で笑った。



「そう、ですよね」



わたしはありきたりな返事をして取り繕うしかない。
もともと初対面のひとと話すのが得意ではない上、相手が翔陽のスターではこれ以上会話を続けることは難しい。



「花形さん、まだバスケ続けてるんですか?東京の大学に進学したとは噂で聞いたんですけど」



結局わたしが出来たのは、当たり障りのない話題。

それでも東京のバスケの強い大学に、とはあえて言わなかった。
だってそんなのもしこの人がバスケを続けていないのだとしたら、どうでもいい修飾語だから。



「噂?」


「そういう情報にすごく詳しいひとが陵南にいるんですよ」


「あぁ、あいつか…」



そう呟いた花形さんの頭には例の彼の「要チェックや!」が浮かんでいるのだろう。
そのフレーズとそれを言う彼の情報収集能力の高さは神奈川の高校バスケ界でなかなか有名だ。



「続けてるよ」


「へぇ。確かに、花形さんほどの人がやめてしまったらもったいないですよね」



それからまた無言で試合を見守って数分、今度は花形さんから話題がふられた。



「あんた、湘北の三年だよな」


「そうですけど、…どうして知ってるんですか?」



驚いて聞き返しても、その答えは帰ってこない。
花形さんは依然としてコートを見つめていて、ボールに合わせて瞳がちらちらと動いている。

仕方なくわたしも目線を前へ戻すと、不意に彼はわたしに尋ねた。



「今日は見ないのか?」


「…はい?」



何のことを言っているのだろう。
こちらの質問には答えないし、かと思えば目的語のない質問をしてくるし、本当にこの人は不思議な人だ。

少し眉を寄せて わたしの左側に立つ彼の顔を見ると、花形さんは顔をコートの方へ向けて一人のプレイヤーを指した。



「電光石火のポイントガード」



彼が顎で指したのは、今まさにボールを的確にパスしたあいつ。



「見ませんよ」



どうして、という疑問よりも答えが勝手に口をついて出ていた。
完全に、とは言えないけれど、そこははっきりさせておきたい。



「 わたしが見つめたところで、何にもなりませんから」


「ふうん」



一言付け足して、あえてコート上のあいつをみる。

…ほらね。
わたしが見つめたところであいつのプレイがどうこうなるわけじゃないんだ。



「っていうかそれも、…どうして知ってるんですか?」



ひとつ息を吐いて、やっと疑問をぶつける。

これはきちんと答えてほしい。
今まで花形さんとは面識がなかったのに、彼がわたしが湘北の生徒だと知っているのは不自然だ。
それなのにわたしとあいつの関係…いや、わたしのあいつへの想いを知っているなんて。



「さぁ、どうしてでしょう」



わたしの欲しかった答えはまたしてもはぐらかされる。
そのまま前を向いているその姿を見る限り、きっと答えるつもりはないのだろう。


なすすべをなくしてぼんやりと空中を見つめていると、試合終了のブザーが鳴った。
今年も無事に湘北は初戦を突破した。
この調子でいくと、まだまだ夏は長そうだ。

次の試合に向けて席を立つ観客の流れが出来るなか柵から離れて左側を向くと、こちらを向いた花形さんと目があった。



「おめでとう。これでまた翔陽との試合が見れるかもな」



そう言って笑う彼は、やっぱりOBとして後輩を応援しに来ただけのようだ。

先程の質問の答えが気になって仕方がなかったけれど、きっと教えてくれないだろうと思い そうなるといいですねとだけ応えてくるりと体を出口の方へ向ける。



「なぁ、」



足を進めて十数歩。
わたしの手首を掴む大きな手。



「…なんですか?」



振り返ると思いの外近い距離に花形さんがいて驚いた。
身長差がかなりあるために首を思いきり上に向けなくては顔が見えない。



「さっきの答えが知りたくなったら、」



そう言って差し出されたコンビニのレシートの裏には走り書きされた電話番号が。



「連絡してくれ」



そのまま じゃあ、と言って立ち去った花形さんを見送って、改めて手のなかの紙切れを見つめる。
走り書きでもちゃんと読める、几帳面そうな字。

つるつるとした紙の上に並んだ数字を見つめて早くも連絡してみようかという気持ちになっているのは、あの答えが知りたいからなのかそれとも手首を掴まれた瞬間の動悸が未だ落ち着かないからなのか、それはわたしにもわからなかった。










Mystery

難易度未知数



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20130507

なんだこれ


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