よく晴れた日曜日。
どうしてそうなったのかは忘れてしまったけど、久しぶりにふたりでちょっと遠くまで買い物に行くことになった。

「花道に用がある」と言って先に家をでた寿とは電車のなかで落ち合うことにして、わたしはひとり身支度を整える。

言うなればこれはデートなわけで、近頃ふたりとも忙しかったせいでデートなんてすごく久しぶりなわけで、結果的にわたしは不本意ながらも浮き足立ってしまうわけで。


袖を通したのはサーモンピンクのワンピース。
先週仕事から帰る途中にきらきらしたウィンドウのなかで見つけたちょっといいやつだ。
もちろん着るのは初めてで、寿に見せるのも初めて。
まあ、同じクローゼットに入っているのだから気付いているかもしれないけれど。

頑張ったのは服だけではない。
お化粧だって普段よりずっと丁寧にしたみたし、靴だって最近めっきり履かなくなっていたお花のついたパンプスを履いてみた。


今日のわたし、ちょっと可愛いかも。


見てなさいよね、寿。
あなたの彼女はこんなに可愛いのよ。
いつものしらっとしたその顔、絶対後悔させてやるんだから。


…なんて。

彼のことを考えてここまで頑張れちゃうわたし、何。
気合いが入りすぎた自分になぜか落ち込む。
わたしばっかりが彼のことが好きみたいでむかつく。

たまには、と思ってこちらから攻めてみることもあるけど、いつの間にか形勢逆転されている。
そして大変不甲斐ないことに、結局はそんな寿にわたしがどうしようもなくときめいてしまって益々好きになるだけなのだ。


でも、今日こそは。

そう思って意気込むのが何回目かということは置いておいて、通い慣れた駅への道を進む。

カツカツと徐々に高くなるヒールの音が静かな路地に転がる。
自然と足が速まるのは早く彼を見返したいからであって、会いたいからなんかではない。
決して。


駅に着いてすぐ、チラリと先ほど届いたメールを確認して切符を買った。


あ、両想い切符。

63パーセントだなんて、失礼な券売機だ。
いくら彼の態度があれでも、もう少し高くみてもらわなくては。

電車に乗ったら寿に見せてみようか。
なんて言っていいかわからずに眉をよせる彼の顔が目に浮かぶ。


ふと、架線越しに空を見上げた。

バスケットボールみたいにまあるい雲が透き通った蒼の真ん中を横切っていた。




* * *





「葵、」



メールの通りに3両目に乗り込むと、寿は軽く手をあげてわたしを呼んだ。



「珍しいね、寿が座ってるの」


「あぁ。久しぶりにあいつと話したら疲れた」


「ふふ、相変わらずだね」


「ありゃ赤木も大変だな」


「うーん、さすがの桜木くんも晴子ちゃんの前じゃいい子なんじゃないかな」



日曜日の車内は中々の混み様で、今はわたしが寿の前に立っている状況。

普段は絶対に見ることのない寿のつむじを眺めるのは中々新鮮だ。
此方を見上げるちょっと上目遣いの視線はなおのこと。


でも、これってちょっと不思議な光景じゃないですか、三井くん?



「ねぇ三井くん。こういうときって普通、彼女を座らせてあげたりしません?」



案の定、きょとんとした顔をしている目の前の彼。

いや、まあ寿に限ってそんなところまで気が回るとは思えないし、別に座りたいわけではないのでいいのだけれど。



「いい筋トレになるだろ?昨日鏡見ながら呟いてたじゃねえか」

少し太ったかな って。



一呼吸おいて返ってきた言葉は予想通り優しくないものだった。

まあ…。
寿らしいと言えばらしいけれど、デリカシーの欠片もないのもまた事実。



「…そういうことじゃないんだけど」


「じゃあなんだよ」



ニヤリと笑う口元。

不覚にもちょっと心臓が跳ねた。
一体わたしの心臓はどんな作りをしているのか。

普通の女の子ならこういう場合ムッとして頬を膨らませたりするのだろう。
改めて わたし、何。
いよいよ末期かもしれない。


こんなことをちょっと眉を寄せながら考えていると、何かに気付いたように寿が突然立ち上がった。



「おい、ちょっとこの席キープしとけ」


「…え?」



寿はそのまま入り口の辺りまで行くとそこに立っていた薄桃色のワンピースを着た女性に話しかけ、そして彼女の手を引いて此方に戻ってくる。


どうしてその女の人の手を……、

嫉妬しかけた目はその女の人のお腹を捕らえて止まった。

ワンピースを膨らませる、まあるいお腹。
彼女は寿に引かれていない方の手で、優しくお腹を撫でていた。



「どうぞ」


「ありがとうございます」



さっきまで寿が座っていた席にその妊婦さんが座り、わたしたちふたりは並んで彼女の前に立つ。

突然のことにわたしはなぜだかあっけにとられて目をパチパチさせながら寿の方を見てしまったけど、当の寿はわたしのそんな視線などお構い無しに目の前の妊婦さんと話していた。



「検診か何かっすか?」


「えぇ。もう安定期だからそんなに頻繁に行かなくても大丈夫なんですけど、うちのひとが心配性で」



ふふふ、と笑う彼女につられたように、寿も笑う。



「いい旦那さんっすね」



優しい笑顔。
優しい声。

寿のそんな優しいところ、初めて見た。



「そう、わたしにはもったいないくらい」



そう言って本当に幸せそうな彼女の微笑みがわたしの心をふわりと撫でる。


いいなぁ。

わたしにもいつかそんな幸せに浸る日がくるのだろうか。
優しい旦那さんに愛されて、お腹には彼の愛しい子を宿して。

まあ、寿は優しいなんてキャラじゃないけど。
きっとわたしに子供ができてもうろたえてるだけで何もできないだろうな。


……って、あれ。

わたし今、未来のこと考えて、寿のこと考えてた。

ちょっとまってよ。

そりゃあふたりともなかなかいい歳だし彼とは長く一緒にいるけれど、結婚のこととか話したことなんてない。
それ以前に将来のことを口に出すのはタブーになってるっていうか、遠慮してしまうというか……。


考え事をしてふたりの会話を聞き流しているうちにどうやら彼女の降りる駅に着いたようで、寿はまた彼女の手を引いて降り口まで送って行った。

すぐに戻ってきて再びわたしの隣に立つ。



「座れよ」


「…いいの?」


「ん」


「……ありがとう」



変な沈黙。

さっきの自分の考えがむずむずと心で燻っていて、それを打ち消すようにわたしは口を開いた。



「優しいんですね、三井くん。ちょっとびっくりした」


「…はぁ?あんなん社会人として当たり前だろ」


「ふうん」



当たり前って言えば当たり前だけど、まさか寿がやるとは思わないでしょう。

あの寿が、ただの優しい男の人になってた。
ジェントルマンになってた。

その上、

その対象がわたしじゃなかったことにはちょっと妬いてしまうけれど



「寿が、見たことない顔で笑ってた」


「……は、?」



突然口を開いたわたしに目線を戻して、眉を寄せながら聞き返す。


そんな恐い顔しないでよ。
さっきみたいな顔で笑ってくれたらいいのに。


ちょっと不満に思いながら、きっと自分では気づいてなかったのだろう彼に教えてあげる。



「あの妊婦さん見ながら、笑ってたよ」


「…は」



益々近くなった眉。



「俺、笑ってたか…?」


「うん」


「………まじかよ」



やっぱり気づいてなかったらしい。


…っていうか寿、



「……なんで照れてんの?」


「…っ!や、照れてなんか……」



寿が片手で顔を覆って、ふたりして黙ってしまう。

これはさっきと違って心地よい沈黙。
なぜ照れているのかはさておき、なんだか初めて寿に勝てた気がする。

ワンピースやお化粧やパンプスの魔法か。
なんて。


若干にやけつつ、うつむいてしまった彼を眺めていると寿がもごもごと口を開いた。



「……無意識に、俺たちの将来のこと考えてた。そのうちそういうこともあるかもしれねぇだろ、結婚すれば」



……え。


あまりに突然な言葉の内容に、目を見開いて彼を見つめてしまう。


え、え。

ちょっとまって、何この展開。



「…え、結婚……するの?」


「……しねぇの?」


「…………す、る…」



気づいたときには口が勝手に返事をしていたのだから驚く。


なんだ。
わたしたち、同じことを考えていたのか。

さっき考えた時にはまったく現実味がなかったのに、寿の口から聞いたそれは途端に色が着いたようにわたしの心に染み込む。
そしてそれは心から顔に移動して、早速頬を赤く染めているのだろう。


……どうしてこうなったのだっけ。
さっきまでわたしの方が余裕な顔してたはずなのに。

なんかもう、寿には一生勝てない気がする。
恥ずかしくてもう寿の方を見れない。


結局わたしはその後何も言えなくなってしまって、変わらずにうつむいたままの彼を前に 同じようにうつむいて自分の膝を見つめていた。









よくれた日曜日


どうしてそうなったのかは忘れてしまったけど、
気がつけば未来まで幸せになっていた。




‐‐‐‐‐‐‐‐‐

20130401



実はそちら、牧さんの奥さんだったりして。





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