――――ピンポーン


俺と葵の音しか聞こえない静かな部屋に、無機質なインターホンの音が響いた。



「……ん…宗さん、誰か来たみた、」



少し体を離して腕の中から抜け出そうとした葵を押さえつけて、彼女が発した言葉を飲み込むように唇に噛みつく。

まったく、誰だか知らないがいいところで邪魔しないで欲しい。
せっかく今日は部活もオフで一日葵と一緒にいられるのに。

ん、なんて艶めいた声を出して誘う彼女を俺が易々逃がすわけがなくて、もちろん来客の対応に行かせるつもりもない。
このまま此方のペースに流してしまおうと素肌の背中に手を滑り込ませたら、葵の抵抗は益々激しくなった。



「ちょっと、だめです…。早く出なきゃ」



いやいや、と首を振ってなかなか落ちない。
金具にかけていた指も、それを外すことができずにただ彼女の背筋を掻くだけだ。


…ああもう、仕方ないな。

ここは葵の家だし、独り暮らしなのだから葵以外に対応するひとなんて当然いないわけで。



「…すぐに帰ってくる?」


「帰ってきますよ」


「本当に?」


「えぇ、神に誓って」



渋々腕を緩めると、すぐに葵は立ち上がった。
乱れた衣服を正してほつれた髪を撫で付けて、そうしてすっかり普段通りの彼女になって玄関へ向かう。

葵のそんな乱れた姿を他の奴に見せるのは嫌だけど、一瞬で消されてしまった俺の痕跡を思うとなかなか複雑だ。
やっぱり手放さなければよかった。


彼女と宅配便らしき人の話し声を聞きながら、手持ちぶさたにパーカーの紐を指に絡める。


絡めるなら葵の指がいいんだけど。

なんて、どうして俺は一度スイッチが入るとその事しか考えられなくなるのか。
これじゃまるで子供みたいだ。
格好悪い。


何となく嫌気が差して、思考を無理矢理別の方向へ持っていく。
先程の会話でちょっと気になったことについて考えることにしようか。
まぁそれも彼女の発した言葉なのだから、完全に別のものかと言われると微妙なところなのだけれど。



「神に誓って、ね…」



なかなか面白い表現だと思った。
『神』だなんて、このご時世そんなに聞くものじゃないから。

この国にもまだ八百万神やキリスト教の神を信じている人はいるのだろうけど、自分自身が日本人特有の都合のいい無宗教だし日常生活で考えたこともない。

でも葵は…、どうなんだろう。



「葵って無宗教じゃなかったっけ」



小包を抱えて戻ってきた彼女に尋ねると、怪訝な顔で返事が返ってきた。



「え?そうですけど…、どうかしましたか?」



そりゃ不審に思うよな。
葵からしたら何の脈絡もないだろうし。



「いや、『神に誓って』って言ったから」



そう言うと、ああ と納得がいったように呟いて、小包を机に置いて俺の腕の中に戻る。



「あれに特別な意味はないです」


「ふうん」



よかった。
もし葵がクリスチャンか何かだったら俺は大犯罪者になるところだった。

『汝姦淫することなかれ』。
絶対ではないにせよ、俺たちの行為は完璧にアウトだ。
まだ学生だからその辺りは仕方ないが婚前交渉極まりないからな。
よかった、本当に。


自分の無罪が確認できたらもはや神がどうのなんてどうでもよくて、俺は外の空気で少し冷えた彼女の頬に唇を寄せた。

そうそう、これ。
この感覚。

ここしばらく試合が続いていたのでこうして彼女に触れるのは久しぶりだ。
それでもやっぱり互いの肌はよく馴染んで、まるでひとつに溶け合ったかのような気さえしてくる。

体の相性がいいとかそんな安っぽい感じじゃなくて、もっと深いところにあるような…。
そう、細胞レベルで繋がっていると言ってもいいかもしれない。



「ふ、わ…、」



鎖骨を滑る唇に反応して漏れる心地いい声。
それをもっと聞かせて欲しくて再び背中に手を忍ばせると、今度は抵抗することなく金具も素直に解けた。



「…宗、さん……」



此方を見上げるふわりとしたチョコレートブラウンが俺の視線を捕らえる。
もうすっかり見慣れているはずなのに、いつになっても胸が高鳴るのはどうしてか。
情けなくも頬が緩んでしまった。



「可愛い」



その言葉で染まる頬も益々俺の鼓動を早くするだけ。
だめだ、葵と一緒にいると寿命が縮む気がする。



「続き、するでしょ?」



そう呟いて ますます赤らんだ頬をひと撫でし、早急な自分の鼓動に急かされた俺は自然に漏れた笑みの吐息を彼女の唇に吹き込んだ。




―――――…




「宗さん…」



寝言かと思って振り返ると葵がシーツから顔を出して微笑んでいた。

いつも気を失うように眠った後何時間も起きない彼女がこうして目を覚ますのは珍しい。
別に優しくした訳でもないのに どうして、なんて少し悔しくなる。
まあ、それの後特有のゆるりとした空気は嫌いじゃないし、もう少し葵と話せると考えればこれもいいか。



「『神に誓って』なんて、そんなに軽々しく言っちゃいけないんでしょうね」



微笑む葵の側により髪を撫でると、ついさっきまで俺と溶け合っていた唇は予想外の言葉を紡ぐ。
目の前の葵に夢中ですっかりそんな話忘れていた俺はただ彼女を見つめ返すことができるだけだ。



「だからわたしも もう言うのやめます」


「どうして?」



続けられた言葉につい眉を寄せると、彼女は俺のその表情の変化にふわりと微笑んで先を続ける。



「神様には好かれておかないといけないから。宗さんのシュートがよく入るように」



彼女の思考は唐突すぎて時々読めない。
なんでここで急に俺がでてくるんだ。



「…言っとくけど、俺のスリーは神頼みなんかじゃないからね?」


「知ってますよ」

毎日見てますから。



最後に囁かれた言葉がまたしても俺の鼓動を早くする。

……これは反則だろ。
なんか、ちょっと、これはヤバイかもしれない。

情けなくて見せられない今の顔を隠すように葵を胸に引き寄せた。
ふわふわとした温もりはあっけなく閉じ込められる。
昼間のように抵抗しないのはやはり疲れているからだろうか。

自分の鼓動の音を聞きながら彼女の髪を撫でる。
眠たげに、しかし気持ち良さそうにじっと目を閉じている葵はまるで大きな猫のようだ。



「ねぇ葵、」



徐々に落ち着きを取り戻して声をかけると、葵はこちらを見上げて目をぱちぱちさせている。

やっぱり、猫だ。



「一世一代の、大きなことなら神様に誓ってもいいんじゃない?」


「……?」



俺の言葉がよくわからないようで黙って考えている彼女。
でもやはり睡魔には勝てないようで、さっきまでぱちぱちしていた目は今にも閉じそうにとろんとしている。

この続きを言うのはまた今度にしようか。
今はゆっくり休ませたほうがいいだろうし、この続きを聞いた彼女はきっと顔を真っ赤にして照れてしまうだろうから。



「葵、…おやすみ」



額にひとつキスをしてベッドに寝かせる。
俺のシャツを掴んだまま眠りに落ちる彼女に愛しさが込み上げもう一度、今度は頬に唇を寄せてみたけれど反応がない。
もう寝たのか。



「……寝るの早すぎ」



くすくすと笑って、耳に唇を近づける。

さっきの言葉の続きは、夢の中の彼女に届くだろうか。



「一世一代の大きなことは、神様に誓ってよ」


たとえば、

一生俺を愛すこと、とかさ。











神にって

その誓いはもう少し先でいいけどね。






‐‐‐‐‐‐‐‐‐

20130401



もちろんそれは教会で ですよ。

神さんで神様ネタ(?)はややこしいですね。


次ページは後書き





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