「好きだ!付き合ってくれ!!」


「あんたは馬鹿か」



通学路の路地に響いた本来慎ましやかであるべき言葉はわたしの一言で撃ち落とされた。

こんなことを誰かに言われたら、その人が好きな人でなくてもわたしはちょっとドキドキあたふたするのだろう。
だって一応女の子だし。
異性に好かれることが嫌なわけではないし。

じゃあこの場合何がいけないのかと言うと、その言葉を言った人物が告白に関して信用ならないやつだからである。



「なっ…!俺は本気だぞ!」


「忙しないのね、リョータ。そうやって偽の想いを伝えるの、今月で何人目?」



焦ったふりをしながら白々しく嘘をつくこいつに正面から事実を突き付けてやった。
そうするとばつが悪そうな顔をして演技をやめるのだからまだかわいいものなのかもしれない。



「……四人目」



知ってる。
だってそれはあんたがわたしにしてきた偽の失恋報告の回数に一を足したものと同じだから。



「馬鹿じゃないの」



ひとつ呟いて先を行くわたしの後をついてくるリョータはなんだかしゅんとしている。
こんなところは小さい頃から変わらないのに、どうしてこいつはいいかげんなやつになってしまったのか。

本当はその理由もわたしは知っているのだけれど。



「だいたいわたしにまでそんなこと言い出すなんて、何?とうとう狂ったのかと思った」


「……悪かった」


「別に、いいけどさ…」



並んで歩くこの道は小さな頃からちっとも変わらないのに、並んで歩く隣の彼は高校生になってから大きく変わってしまった。
わたしに勉強を教わりに来ていた休み時間にリョータは教室にいなくなったし、昼休みの自主練にわたしを連れていくことがなくなったし、一緒に帰ろうと毎日のように待ち合わせていた昇降口にはほとんど来なくなったし、何より……、



「……ねぇ。いいかげん好きでもない子に告白するのやめたら?」



ついに口にしてしまった核心的な言葉。
これを言ってしまったらわたしがリョータを後押しすることになってしまうから今まで言わなかった。
この言葉通りにリョータが一途になってリョータの想いが真剣なものだとわかったら、あの子が振り向く可能性が上がるから。

その状況を避けるために言わないわたしはなんてあざといんだろう。
幼馴染みの幸せを願えないわたしはなんて虚しいんだろう。
そう思ってこんな自分が嫌になるけれど、わたしにはわたしの事情があったから言えなかった。
どうしても言いたくなかった。



「こんなことしても彩ちゃんの気を惹けるわけがないよ。リョータも本当はわかってるでしょう?」



言わなかったけれど、言えなかったけれど、言いたくなかったけれど、でもね、リョータ。
あんたがわたしのことまで“そのためのもの”として見始めたのなら、もう言うしかないじゃない。
わたしをそんな惨めなものにしないでよ。



「………」


「………」



二人して黙ったまま家を目指す。
わたしたちのこの不穏な空気を感じたのか、いつもなら前を通ると必ず吠える山本さんちのジョンも静かだった。


それから数分、結局沈黙のまま歩き続けて着いてしまったわたしの家。
門に手をかけて振り返ると、てっきりもう行ってしまったものだと思っていたリョータがこちらを見つめていた。



「…何?」


「…あの、さっきのこと、……本当にごめん」


「……だから、それはもういいって」


「うん…。…あと俺、さっきみたいなことはもうやめる」


「………」


「お前に言われて気付いた。『忘れるため』とか言いつつやっぱり俺、どっかで彩ちゃんの気を惹こうと思ってたのかもしれない」



わたしの目を真っ直ぐ見て言うリョータに、さっきの偽の告白のときのようなふらふらした色はもうなかった。

あぁ、終わったな。
リョータのいいかげんな日々も、わたしも。

リョータの良いところやかっこいいところをわたしは知っている。
喧嘩ばっかりしているけど弱いものいじめみたいなことはしないところ、へらへらしているように見えるけどちゃんと自分の考えを持っているところ、バスケをするのに不利な身長だけど諦めずに誰よりも努力しているところ。
この十数年間で他にもたくさん見つけてきた。

だからわかるの。

あんたがそんないいかげんなことをしないでちゃんと一途でいたら、彩ちゃんがあんたを好きにならないはずがない。
わたしは彩ちゃんじゃないけど、それだけはわかるの。



「…そう」


「うん、…色々ありがとな」


「……うん」



「じゃあな」と軽く手を挙げて歩き出したリョータはわたしの声がいつもと違うことに気付かなかったようだ。
わたしの声、あの短い返事のなかで 笑ってしまうくらいに震えていたのに。



「……馬鹿リョータ」



自分の家へと向かうリョータの背中に向かって呟いた。
それと同時になぜか昔あいつに言われた言葉を思い出す。

こんなこと今思い出すなんて、わたしのほうが馬鹿みたい。
いや、こんなことを今でも覚えている時点で馬鹿なのはわたしか。


「おまえ、大きくなったらおれのおよめさんになれよな!わすれんなよ!」


鼓膜にこびりついた幼いリョータの声は、わたしをますます虚しくするだけ。
なすすべをなくしたわたしは、小さくなってゆく幼馴染みの背中を見つめることしかできなかった。












Outsider

忘れてるのはどっちよ。

わたしはちゃんと、覚えているのに。





‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

20130401



最後の砦を自ら壊して前へ進む彼女。


次ページは後書き。



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