「朝ですよ、起きてください!」


部屋に響いたそんな声と共に今まで俺の体を覆っていた温もりが引き剥がされる。真っ白なシーツの上で体がぶるりと震えた。

いきなり訪れた朝に、寝惚けた目を無理矢理開けてベッドの外を見ると、何やらいつもと違う出で立ちをした俺の恋人がこちらを見つめている。


「おはようございます、王子様」


そう言って彼女はおもむろに俺の手を取り、指先にキスを落とした。

…どうやら“誕生日プレゼント”はすでに始まっているらしい。



「ほらほら、早く起きないと朝食が冷めちゃいます」


少しだけ顔を赤くして体を横にずらした彼女の後ろには、どこから持ってきたのかホテルでよく使われているようなカートがあって、その上に乗ったトーストやスープなどいつもより豪華に見える朝食が湯気をたてている。なるほど、誕生日となると朝食までもがグレードアップするようだ。

でもきっとそれは理由のほんの一部でしかないのだろう。では残りの大部分は何か。

それは俺が“王子様”だからだ。


* * *



「ねぇマルコ。今度のわたしのお誕生日プレゼント、お姫様がいい!」

「……どういうことだよい?」

「えっとね、その日一日だけ、マルコにわたしのことお姫様みたいに接してほしいの」

「へぇ…」

「別に命令とかがしたい訳じゃなくて、…ただ側にいてくれるだけでいいから……」


そう言いながら頬を染めるフィオに笑みがこぼれた。こいつは時々こうやって突飛なことを言い出すが、こういう俺にしちゃ大したことのないおねだりをわざわざ誕生日に掛けてねだってくる所がフィオのいいところだ。まだ誕生日まで何ヵ月もあるというのに。まぁ俺が忙しい分、なかなか言い出しにくいことなのかもしれないが。


「そんなものいくらでも叶えてやるよい」

「ほんと?……でも、やっぱりわたしだけそんな贅沢するのは…」

「遠慮するな」

「でも……」


全く、どこまで謙虚なんだ?人間の美徳は謙虚さだとはよく言ったものだ。つくづくフィオは俺の理想の女だと思う。俺が一日側にいることのどこが贅沢なんだか。

思わず抱き寄せて唇を近付けたとき、突然フィオが顔を上げた。


「あ、わかった!マルコのときもそうすればいいんだよ!」

「…?」

「マルコのお誕生日プレゼント、王子様にしませんか?」


そんな一言から始まったこの遊び。俺にとっては単なる遊びだが、フィオにとっては大真面目なようだ。念のため言っておくが、俺には自分の彼女に敬語を使わせて部屋まで朝食を運ばせて、王子扱いをさせるような趣味はない。第一王子という歳でもない。その上こんなふりふりの可愛らしいメイド服を着せるなんて、一体どこの変態だ。

……ふりふりの、メイド服?


「お前、その服はなんだよい…?」


やっとはっきりした頭で気付いた違和感を指すと、フィオの目が待っていましたとばかりに輝いた。


「メイドさんです!今日の計画をサッチとエースに話したら、これをかしてくれたんです」


可愛いお洋服ですよね、なんて言いながらスカートの裾を摘まんでくるりと回るフィオ本人こそがいつにもまして可愛らしい。

あいつら……、後で覚えてろい。


「そんなことより王子様、何かしてほしいことはございませんか?」


俺の心中に気づきもせずにフィオが尋ねた。朝食をテーブルに並べる動作も丁寧で敬語のも案外様になっていて、本当にどこかのお屋敷のメイドみたいだ。


「特にないよい」

「え、本当にないんですか?」

「あぁ」

「そうですか…」


少しつまらなそうに眉を下げてテーブルから離れる。


「では何かありましたら、何なりとお申し付け下さいね」


丁寧にお辞儀をした後くるりと後ろを向くと、その拍子にボリュームのある黒いスカートが可愛らしく広がってフィオの白い足がちらりと覗いた。どうせやつらのことだから、あのメイド服もコスプレか何かの類いなのだろう。お屋敷のメイドにしてはかなり丈が短い。

サッチといいエースといい、これからあの格好のフィオを見るやつといい、……面白くないよい。


「フィオ、」


呼び止めると同時に振り返った彼女のスカートが、ふたたびひらりと舞った。


「なんでしょうか?」

「さっきの、取り消すよい」

「はい?」

「今日一日、この部屋から出るな」

立ち上がって手首を掴む。


「…命令だよい」

「……かしこまりました」


そのまま手を引いて椅子に座らせると、ふたつの瞳が不満そうな色をして見上げてきた。


「かしこまりました、けど……それじゃあ意味がないじゃありませんか」


部屋にいてはたいした命令もないでしょう?
そう言って口を尖らす彼女の顔はメイドの顔ではなく、俺がよく知るフィオの顔だ。今朝からなんだかよそよそしかったからこの変化は素直に嬉しい。

だがこのよそよそしさをすべて取り除くのには、もうひと押し必要か。


「部屋でも出来ることはあるよい」


フィオの指通りのよい髪をかき分けて、耳に唇を寄せる。そして耳たぶに触れるか触れないかのぎりぎりの所で止めて、低い声で囁いた。


「メイドは王子様に、ご奉仕するんだろい…?」

「っ…!」


フィオが立ち上がると同時にガタンと椅子が倒れる。


「そっ、そんな卑猥なご奉仕はしません!」

「……それじゃお互いにつまらないよい」


倒れた椅子を上手く避けて後ずさる彼女の腰に腕を回して引き寄せると、体がくっつかないように俺の胸を押し返すフィオの頬がだんだんと赤くなる。いつもと変わらないうぶな反応は俺の機嫌を少しだけよくした。


「今日一日、お前は俺の思い通りだよい」

「いや、でもそんな………わっ!」


ぐっと力を入れ、無理矢理に抱き込む。力に負けて倒れ込んできた彼女の速い鼓動が、抵抗の声に混ざって俺の耳に届いた。


「やっ!やめてくださいっ…」


顔を真っ赤にしながらまだ拒もうとする姿に心の中でくつりと微笑む。

さぁ、彼女が“王子様のメイド”から“俺のフィオ”に戻るまでにはもう少しか。

うなじから滑らせた指を髪に差し込み、そのままゆっくりと上を向かせて唇を近付けた。


「…やめて、くださっ、…はぁっ…ちょっ!……マルコっ!」


俺の名を呼び、ようやく素に戻った彼女の反論を舌先で受け止めて、柔らかな唇を味わう。先程と比べて、驚くほど機嫌がいい。

メイド姿の自分の彼女に無理矢理こんなことをするなんて、俺も存外変態なのかもしれない。

彼女を塞ぐ自分の唇をにやりとさせて、心の中でそんなことを思った。









身分違いの (偽)


燃えると言えども
ごめんだよい!




‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

2012.10.05

Happy Birthday,Marco



あれ?
なんだか誕生日関係ないぞ(((・・;)




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