「わたし、赤って嫌い」


「…お前、俺を前にしてよく堂々とそんなこと言えるよな」



一呼吸おいて返事をした彼は、言わずと知れた赤好きだ。
それは彼の一番の特徴である赤髪から始まり、携帯や財布、そして今わたしが寝転ぶ彼のベッドに至るまで。



「なんかね、赤見てるとイライラするの」


「悪かったな、赤くて」



そんなこと、これっぽっちも思ってないくせに。

現に今だって……、


ふっと目線をずらして、今まさに彼の手の中にあるバイクの雑誌に目をやった。

ぴかぴかの赤いバイクと、それに寄りかかるセクシーなお姉さん。
バイクに合わせてか、お姉さんが来ている胸元が大きく開いたミニドレスは鮮やかなルビーレッドで、ぷっくりとした唇も同じ色のルージュで彩られている。
緩く弧を描いて綺麗な微笑みを作ったそれは、女のわたしでも見とれてしまうほどに美しくて、妖艶で。


あぁ…、イライラする。



「…やっぱり嫌いだわ、赤」



例えばあの携帯。
赤いってだけでいつもキッドのそばにいるじゃない。たいした機能もないくせに。


例えばこのベッド。
赤いってだけで毎日キッドと一緒に寝てるじゃない。たいしてふかふかじゃないくせに。


例えばあのお姉さん。
ドレスとルージュが赤いってだけでキッドの目にとまるじゃない。
そして、一度彼の視線を捕まえたら離さないじゃない。
彼の好きな食べ物も、彼の癖も、彼のこと何も知らないくせに。



「……赤信号になりたい」


「…は?」



眉を下げて口を開けた、すごく微妙な顔をしたキッドがこちらを見つめる。

だってキッド、赤信号なら一瞬で目にとまって、キッドを捕まえられるでしょう?
信号無視なんか絶対にしない彼ならなおさらのこと。


赤いというだけで彼の気を引けることがうらめしい。
わたしなんかこうして同じ部屋にいても側に来てもらえないのに。

いつもそうだ。
構ってくれないし、好きとか言ってくれないし、一緒にいても雑誌に浮気してるし、キス…、してくれないし。

キッドの性格上あまりベタベタするのは嫌なのかもしれないけれど、ふたりだけの時ぐらいいいじゃない。

いつも一人で待っていられるほど、わたしはいいこじゃないんだから。


手近にあったこれまた赤いクッションに手を伸ばし、ぎゅうっと拳を埋めてみた。

わたしからキッドを盗る赤なんて大嫌い。
いっそのこと全部漂白してやろうか。
真っ赤から一転、すべてピンクに変わった部屋に佇む彼はさぞ間抜けに見えるだろう。



「おい、それ気にいってんだから潰すなよ」


ほらまた。

目線はクッションに注がれるだけで、

泣きそうなわたしには気づいてないんでしょう?

ひどい女に潰された可哀想なクッションちゃんのほうが大事なんでしょう?



「……キッドのばか。一生この子とちゅーしてろっ!」



わたしの言葉と共にクッションちゃんは宙を飛んで、見事にキッドの顔面に抱きついた。



「おわっ!」



しらない、しらない、キッドなんか。

一生クッションちゃんに抱きついてろ!
一生その携帯握ってろ!
一生そのベッドと一緒に寝てろ!
一生そのバイクに憧れてろ!
一生そのお姉さんにニヤニヤしてろ!

一生わたしのこと、



「何泣いてんだよ」



不本意ながらも顔を埋めた赤いベッドがキッドの重さを受けとめてぎしりと音を立てた。
彼の指がわたしの髪を掬い、その隙間から眉根を寄せた彼の顔が覗く。



「………クッションちゃんはいいの?」


「クッション、…ちゃん?……別に大したことねぇよ」


「……いつもの携帯は?」


「朝から充電したままだ」


「……バイクは?」


「そこまで好みじゃねぇな」


「……ルビーレッドのお姉さんは?」


「あぁ、そういやそんなのも載ってたか」



そんなのって、なに。
やめてよ、“そんなの”に負けた自分がますます惨めになるじゃない。


キッドとわたしの間のシーツを見つめる。
ぽつぽつと所々深紅になった水玉が鬱陶しい。



「なんだ、嫉妬か?」


「……ちがうっ!」


「じゃあなんで泣いてんだよ」


「それは……、キッドのことが嫌いだから」



言葉が足りない。
“わたしのこと構ってくれない”が抜けている。
本当のところそれを足してでさえ嘘なのだけど。
どんなに口で嫌いだと言っても、わたしは彼のことを嫌いになんかなれやしないんだ。


わたしのひどい言葉がまるで聞こえなかったみたいに平気な顔をして、キッドは笑った。



「俺はシンのこと、好きだがな」


「!」


「こうやってすぐ拗ねるとこも、すぐ嫉妬するとこも、」



赤い三日月がニヤリと動いて、



「俺のこと好きなとこも?」



三日月に紡がれた言葉は無遠慮にわたしの心を撫で、わたしの顔を同じように赤く染めた。

……卑怯者め。

自分は好かれているという自信がむかつく。
実際にそれは事実なのだから反論のしようがないけれど。

わたしが怒ったり拗ねたりしても結局はすべてキッド覆われてしまって、まるでわたしが子供みたいで嫌になる。


キッドの長い指がわたしの目元へ伸びてシーツに水玉を増やす前に拭いとり、そして少し満足そうな顔をした。



「……ばか」



嫌になりながらも、そんなことを言いながらも、彼のその仕草と表情に含まれるわたしへの愛を感じてしまうあたりわたしもただの自信家というわけか。



「………キス、…してくれたら泣き止んであげる」



普段はこんなこと言えないけど、キッドがご機嫌とりに徹している今だけは特別だ。

ちょっと驚いたように持ち上がる眉と、仕方ねぇな なんてぶっきらぼうな言葉。
そのあとにゆっくりと唇が寄せられる。

その一連の動作にどうしようもなくときめいてしまって、情けなくもわたしは自分の顔がみるみる赤く染まるのを感じた。










スカーレット

ニアリーイコールな好きと嫌い



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