通行人の事情
「……め、面目ない」
はいこんにちは。本日はお日柄もよろしく、誠に説教日和でございます。
はい、篤美君の前……というか、比嘉(のクソ野郎の)親衛隊(とは思えんくらい可愛くて優しい)の皆さんの前で正座させられてるのは、紛れもなく俺です。
「どうして付いて来たんだタコ」
「や、どうしてって篤美君」
「口答えすんなタコ」
聞いといてその仕打ち!? あ、でも目を吊り上げてる篤美君も可愛い!
「おいゴラァ、聞いてんのかタコ」
「はい、聞いて……聞いてる! 聞いてる! というか効いてるから! こめかみグリグリしないでっ」
背後に小さくて可愛い男の子を従えて一人椅子に座り、床に正座させられてる俺を虐げる篤美君はエカテリーナかヒトラーか。
なんか俺、新しい扉が開けそうです篤美君。
猛々しく美しくて素敵だねっ。
「い、石川君、もういいでしょ? 多戸君が可哀相だよ」
「いーんだよ。このアホぽんは高熱出してるっつのにわざわざ生徒会室までふらふら付いて来やがって、大した弁護も出来ないまんまぶっ倒れた挙げ句比嘉様に風邪移しやがったんだこの馬鹿。アホ!」
「うぅ……」
だから、こめかみにグリグリ拳ねじ込むの止めて篤美君! 直球で痛いっ、痛いから!
「でも、石川君は停学で済んだしね?」
「今の状況を見れば退学かもしれなかったんだし、やっぱり庇ってくれた多戸君には感謝しなきゃ」
「それに、熱出してる比嘉様は可哀相だけどセクシーだったし」
「やっかましい! お前らはだぁってろ! いいかタコ、結果比嘉様が苦しんでりゃまだ独りで生徒会室乗り込んで正面から喧嘩売った方が俺は清々しいっつの! タコ聞いてんのか!」
「うっ、うぅ……」
寮の多目的室に集まった比嘉親衛隊の皆さんに、とても同情的に見られました。なんでこう比嘉のアンポンタンを好きになるのはイイコばっかなんだ。世の中理不尽過ぎんだろ。
あぁでも、比嘉の馬鹿に風邪移したのはグッジョブ! 俺グッジョブ!
これ見よがしに奴の前でくしゃみ連発しましたからね。
……そうです。篤美君の言うようにあの翌日、結局俺の熱は下がらず、寝てろと俺をベッドへ沈めようとする篤美君を何とかかわして付いて行ったものの、俺はいざ篤美君の弁護をする前にぶっ倒れたのである。生徒会室で、盛大に。
情けなくて穴に入ってしまいたい。
まぁお陰で停学になった篤美君に三日間付きっきりで看病して貰ったのは僥倖でしたけどね! えへ!
めくるめく三日間を思い出した俺の顔はさぞ不細工にとろけていたのだろう。
篤美君は微妙な表情を浮かべると無言で俺の顔面を足でグリグリと踏んだ。何のプレイこれ? 本当に新しい扉が開けそうなんだけど篤美君。
「痛い痛い痛い……でもなんか良い匂いが」
「気持ち悪いよタコ!」
「じゃあ足退けてよっ」
「うるさい馬鹿! 寝てろっつったのに付いて来やがって。そんで悪化してちゃあ寝覚め悪ぃんだよバーカ!」
「いーじゃん俺がそうしたかったんだからぁあっ」
「石川君、もうね、許してあげようよ」
「多戸君も石川君が心配だったんだよ」
「停学で済んで本当に良かったし」
篤美君の周りにいた、小柄な面々が必死に篤美君をなだめすかしております。うん、眼福。無条件で目に優しい光景である。しかも全員が俺の心配をしてるっていうね! 無論篤美君も結局は俺の心配をしている訳だから、それはもう俺の顔面も崩壊しまくりってもんよ。
それにしても比嘉親衛隊の皆さんは本当に可愛らしく控えめで、じゃれ合ってるのを見るとなんだか幸せになりますな。
本当なんで、比嘉みたいなのを皆さんが好きなのか理解に苦しむよ。顔か? 顔なのか?
「チッ……みんなが言うならしゃーねーな」
忌々しげに舌打ちする篤美君の足は、仕上げとばかりにグリッと捻りを加えて俺の顔から退いた。寮内で良かった。これで靴なら俺が立ち直れない。だって靴で下半身はもごにゃごしたら真性みたいじゃん。
散々好き勝手された顔をグニグニ揉みほぐしながら、俺は悩ましげに眉を寄せる篤美君を見上げた。
(……言いにくいん、だろうなぁ)
俺がぶっ倒れてなぁなぁになった生徒会室への呼び出しで篤美君が受けた処分は、停学だけじゃない。
比嘉親衛隊解散処分。
俺が思うに、これは生徒会による全親衛隊に向けた見せしめなんじゃないだろうか。
篤美君率いる比嘉親衛隊はこの学校に存在する親衛隊の中で比較的穏やかな親衛隊だ。今回はたまたま先駆けてしまったに過ぎない。
本来ならこの程度の騒ぎ、生徒会連中の親衛隊が起こすもんに比べたら些細なもんだ。
それが解散処分。
つまりは、穏やかで大人しい比嘉親衛隊を見せしめと言う形で解散させて、他の親衛隊に牽制するって事だろう。
(つくづくアイツ等の考える事はムカつくよな)
恋は盲目、馬の鼻先に人参。生徒会その他は転校生を守りたくて必死なんだろう。それが生徒会の対応として、単なる一生徒に向けてならまぁしょうがないで終わるかもしれんが、明らかな依怙贔屓は反感を買うんじゃないだろうか。
過去、親衛隊にネチネチ苛められて転校していった者はそれなりに居る。それらの生徒が転校生と同じように守られていれば、俺だってここまで篤美君寄りに考えないさ。基本俺の立場は中立だもの。まぁ、渦中に関われない無関係とも言うが。
いっそ俺、アンチ生徒会の同盟でも作ろうかな。今なら被害を受け擁護されなかった連中やその友人達に声をかければ、結構な人数が集まりそうな気がします。
恋は盲目……俺も例外じゃないか。篤美君が関わってなきゃこんな事考えもしないだろうし。誰だって、なりふり構わず必死で守りたいものがある。
比嘉や生徒会がなりふり構わず転校生を守りたいように、俺だってなりふり構わず篤美君を守りたいのだ。
例え篤美君が振り向いてくれなくても。
「みんなに、話さなきゃならない事がある」
ヒュッと一つ息を飲み込んだ篤美君が決意を固めるように一人一人集まった親衛隊の顔を真っ直ぐに見つめた。
俺はそんな強い篤美君の手をそっと握って、届かない思いに胸を焦がしながらただ彼を励ますのだ。
今はそれでいいじゃないかと。
END