騎士靴13 | ナノ
 
 黒耳の騎士と靴屋の新月




***



 ぼんやりと窓の外を眺めながら、随分明るいなとボケたことを考えてソノラは動こうと手をベッドに付いて諦めた。思考が考えることを拒否したように鈍くしか働かない。身体のあちこちが痛くて、訳がわからない。


(なんか、すごいことを……してしまったような)


 じっとしていられなくて持ち上げた手はパタリとまたベッドに落ちた。二の腕の柔らかいところに歯形がついているような気がしたが、気のせいだと思いたい。

 時刻は昼前だろうか? 太陽はまだ東よりで、少なくとも起きてから時間を告げる鐘は聴いていない。


(なんだっけ? 靴届けにきて、昨日なにがあったんだっけ)


 全身がだるくて痛くてヒリヒリして、特に腰がちょっと動かすのもきつかった。地味に苦労しながら寝返りを打ったとき、シーツに乳首が擦れビクッと身体が震えて思い出した。


(あ、え? う、わあぁぁぁあ!)


 うつ伏せた身体を丸めてソノラは無言で叫んだ。声は喉が痛くて出てこない。その原因を不幸にも克明に思い出し、憤死寸前という体で悶える。


 --ここ、好きだろう?

 --好き、好きぃ……!

 --どういうのが好き?

 --ひぅ、おっき、ので、ぁんっ! 奥されるの、好きぃ


 まともな思考回路が奪われてからは理性を吹っ飛ばしたヴィグンに請われるまま色々恥かしいことを言わされ。


 --もっとして欲しい?

 --ぅん、もっ……と、もっと、ちょおだい……!

 --じゃあ、自分で入れてごらん

 --んっ、んんっ、や、できな……ゆるして


 あらぬ格好で散々弄られ、優しく虐められた。あれは本当にヴィグンだったのか。ヴィグンの皮を被った悪魔だったんじゃないだろうか。それでその悪魔に言われるままに淫らなことをやったのは、悪魔に魅入られて我を失っていたに違いない。


 --も、でない。でない、からぁ……

 --ここは出なくても乳首からは出るだろう? ほら、自分で擦ってごらん

 --あ、あ、やぁ……も、いたいぃ


 それで、出なくなるまで自身から出したあとは散々乳首を苛まれ搾られた記憶は、悪魔が見せた悪夢だろう。


(なにあれ、あれ誰だったの? なんか優しく怖かった!)


 散々突かれた奥がまだジンジンと疼く。弄られすぎた乳首はさらに大きくなって真っ赤に腫れていた。よく見れば何かの病気のように身体のいたるところにうっ血痕と歯型が付いている。執念すら感じる痕の残し方に、恐怖より喜びを感じてしまう自分はもう何か別の生き物にされてしまったのだ。


(しゅ、羞恥で死ねる……)


 毛布を頭から被りソノラがひとりプルプル震えていると、仮眠室の扉が開いて「ソノラ」と甘い声で呼びかけられた。


(うわぁ! うわぁ! なにこれ、あれ誰!?)


 昨夜の所業よりその声のドロッとした蜂蜜のような甘さにこそ恥かしくなり、余計身を硬くする。これ以上何か言われたら本当に心臓が破裂して死んでしまうに違いないと、ソノラは身をさらに丸めて毛布の中目をギュッと閉じた。ゆっくりと人が近付いて来る気配と、ベッドの端が沈む音に鼓動が痛いほど激しく脈打つ。


「ソノラ、起きてるんだろう?」


 膨らんだ毛布の上から的確に腰の部分を撫でたヴィグンが低く笑った。撫でた瞬間跳ねた素直な生き物が愛しくて堪らない。


「昨夜は無茶をして悪かった。身体に大事はないか?」

「…………ッ!!」

「理性が飛ぶとああなるとは私も知らなかった。君の甘い匂いに私は弱いようだな」

「ぅ……」

「拗ねてないで出てきてくれないか? 一緒に昼食を取ろう。それとも昨夜の続きを」

「うわぁぁぁああ!!」


 絡め取るような甘い声音に耐え切れなくなったソノラが叫びながら飛び起きてヴィグンの口を泣き出しそうな表情を浮かべながら塞いだ。無理に動かした身体が悲鳴を上げたが構っていられない。このままでは憤死してしまう。

 ソノラに口を塞がれたヴィグンの目は完全に笑みの形に弧を描いていて、空気の甘ったるさに絞め殺されそうだ。


(本当、誰なのこの人……)


 ヴィグンの口を押えたまま呆然とその顔を見ていたソノラは、塞いでいた掌をベロリと舐められて「ひゃぅわっ!?」と間抜けな声を出して飛び退いた。動作が腰に響いてベッドに突っ伏してしまう。その様子を見たヴィグンが堪えきれないと声を上げて笑うのに恨みがましく睨み返した。


「ひ、酷いです……!」

「いや、すまない。可愛いと思って」

「か、かわ……!?」


 やっぱりこれはヴィグンの皮を被った悪魔かもしれない。甘い声と言葉でソノラをグズグズに溶かそうとする。

 二の句をつげず顔を夕焼けのように染めたソノラが口をパクパクとさせていると、不意にヴィグンが昨夜散々見た人の悪い笑みを浮かべていた。反射的に脊髄を恐怖に近いものが駆け上がり、あからさまに警戒したソノラを見ながら、ヴィグンはゆったりと口を開く。


「随分魅力的な格好のままだが、それは私を誘っているのか?」


 言われた言葉がヴィグンの口から出た違和感にソノラが反応を返せないことをいいことに、ヴィグンの手が伸びてソノラの胸にある、腫れて赤くなった場所をプ二ッと押した。


「!?」


 散々刺激されて出やすくなった乳白色の液体が、押されたから飛び出ましたという風にプクリと乳首から浮かぶ。


「な、なんてことをするんですか!!」


 叫びながら慌てて裸の身体に毛布を巻きつけるソノラに、至極楽しそうにヴィグンが微笑んだ。それは先程のあくどい笑みとは違い、柔らかな暖かさがあってソノラは少しだけ安心する。


「まぁきっかけはお互い興奮状態で良いものとは言えないかもしれないが、ソノラ」

「はい?」

「私と番になってくれないか?」

「!!」


 照れたようにはにかんで告げられた言葉に、ソノラは驚きで口を掌でおおった。昨日から驚いたり慌てたり翻弄されたりで正直頭はもう限界に近い。これ以上なにかされたら頭が変になりそうだったが、取られた手に口付けを落とされてすべてがどうでもよくなった。


「お、俺でいいんですか? 本当に? 番になっても子孫は残せませんよ?」

「私の本能が君しか要らないと言っている。私の理性が切れて君を無理に攫ってしまう前に、どうか頷いて欲しい」


 チュッと捕らわれた指を食まれながら、何も言えなくてソノラは無言で頷いた。その時のヴィグンの満面の笑みを、ソノラはきっと、一生忘れないだろう。









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