騎士靴12 | ナノ
 
 黒耳の騎士と靴屋の新月



 自分はもしかして都合の良い夢を見ているんじゃないかとソノラは思った。目が覚めたらまだ医務室のベッドで、ゼンダがのんびりと声をかけてくるんじゃないかと。


(な、なにがどうなったら、こんな状況になるんだろう)


 ヴィグンの歩く振動で抱き上げられた身体がずっと鈍い快感を訴えていた。まともにまわらない思考で、ときおり擦れる乳首の感覚に泣き声をあげながらいつもとは何かが違うヴィグンの横顔を見つめる。


(もしこれが、虹種の匂いのせいだったら)


 自分が虹種なんてまだ信じられなかったが、ヴィグンの変わり様を見ていると本当にそうなんじゃないかと思ってくる。


(ヴィグン副師団長は、虹種の発する匂いに本能に支配されてるだけ……なんだよな)


 こうしてソノラを抱き上げて、ときおり耳や首筋に淫らな悪戯をされるのもヴィグンの本当の意思ではないのだ。

 ソノラの身体が反応するのはあたりまえのことだった。ソノラはヴィグンのことが好きで、ずっと触れ合えたらと思っていたのだから。虹種としての本能が目覚めなくともヴィグンに触れられればソノラは反応するだろう。

 だがヴィグンは違う。狼種の本能を無理やり起こされ理性を無くしているだけなのだ。


(いけない、こんな不意打ちみたいなこと)


 気が付くと、そこはヴィグンの執務室の前だった。ヴィグンは両手が塞がっているので乱暴に脚で扉を開け、部屋に入る。その乱暴な仕草がソノラはなんだか悲しい。

 執務室はヴィグンの性格が現れたように綺麗に整頓されていて、その中を抱き上げられたまま奥へと進んでいく。奥には質素な扉があり、やはりヴィグンは脚でそこを開けた。

 扉の奥には一人用のベッドが置いてあった。仮眠室だろう、余計なものは一切置いていない殺風景な部屋だ。丁寧にベッドへ降ろされたソノラは、そのままのしかかって来たヴィグンを精一杯押し返す。


「お、落ち着いてくださいヴィグン副師団長、俺は狼種じゃないですよ! 男ですよ!」

「見ればわかる」


 耳を指先で撫でられ、ソノラの身体が反射的に震える。口から淫らな声が漏れそうで必死で奥歯をかみ締めた。


「あの、あの、こっ……虹種の匂いにあてられてるだけで、俺とこんなことしたら後悔してしまいますっ」


 渾身の力で一瞬ヴィグンを押しのけたソノラは、素早く毛布を引き寄せると己の身を守るように包まってしまう。芋虫のような姿でなにやら必死に訴えている様子はヴィグンの笑いを微かに誘って、込み上げる愛しさのままポコリと飛び出ている顔にヴィグンは唇を落とした。


「!!」

「確かに男は悲しいかな誘惑に弱い生き物だが」


 喋りながら、舌先でゆっくりとソノラの感触を味わう。これから思う様食む肉の味はヴィグンに甘美な興奮をもたらし、気分を高揚させた。今にもそのまま噛み付かれ食われそうな仕草に、ソノラは恐怖と愉悦が入り混じって小さく喘いだ。


「私はどんな美女の誘惑にも負けたことがない」


 アーリグから言わせればただ鈍いだけだと呆れることも、今のヴィグンにはソノラを説き伏せる材料にしかならない。顔のいたるところを舐められ食まれ真っ赤になりながら、ソノラは言葉もなくヴィグンの話に耳を傾ける。


「私は多分ずっと探していたんだ。本能が求める相手を」


 繁殖期に入れば、誰しも女性の発する誘発物質に屈服する。それは亜人種の本能で種の定めだ。けれどヴィグンは毎年本能の波揺られながら、心の片隅がどこか冷静だった。


「毎年この季節が苦行のようだった。本能が勝手に反応してしまうことをどこかで恥じていた。頭の片隅が、常に冷えているんだ」


 あまたの同種の女性が甘い匂いをさせている季節、マニダにいながらヴィグンがその誘惑に応じたことは、初めての繁殖期以外実はない。


「私は本能に忠実になれない自分のことを種としてなにか欠陥があるのではと思っていたんだが」


 舐めるのを止め、芋虫状態のソノラを熱のこもった目でヴィグンが見下ろした。ソノラからは相変わらず強烈に甘い香りがして、その甘さがヴィグンを拒んではいないことを伝えてしまっている。


「それは思い過ごしだったようだ」

「ヴィグン副師団長……」

「私の本能が君だと叫んでる」


 完全に太陽が沈んで、月の無い夜の室内は執務室から漏れる弱い明かりが見えるだけの暗闇に包まれていた。それでも互いの姿だけははっきりと見える距離で、熱に浮かされた二人の影が揺れる。


「見つけた。私はずっと探してた。本能が叫ぶ相手を」


 ヴィグンの容赦ない手が、ソノラを守っていた毛布を剥ぎ取る。とっさに逃げたソノラの身体をベッドへ縫い付けて捕食者の笑みでヴィグンがソノラの唇を食みながら、凶悪な笑みとは真逆の甘い声で囁いた。


「絶対に逃がさないから、素直に食われてくれ」


 そこまで言われてしまえば、もうソノラに逆らうことなど出来るはずもない。


(なんか、やっぱりこれって俺の都合の良い夢じゃないかな)


 あのヴィグンが己に向かって熱を内包する瞳を向け甘い声音で耳に吹き込むのだ。ソノラにとって甘美な痺れをもたらすばかりの言葉を。


(なんかもう、夢でも現実でも後悔されてもいいか)


 今この瞬間、この欲求に逆らう方が一生後悔するだろう。例えこれが悪魔の見せる夢だとしても。


(好きです……)


 小さく、小さく呟いて、すべての流れに身を任せることにしたソノラはゆっくりと目を瞑った。目の前の美しい黒い獣に喉元を差し出して、さあ食べてくださいと甘い香りを漂わせながら。



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