騎士靴11 | ナノ
 
 黒耳の騎士と靴屋の新月


六章 新月の秘め事


 医務室に取り残されたヴィグンは、二人が出て行った扉を呆然と見ながら、全身で背後にいるソノラの気配を探っていた。ソノラの視線が背に刺さるようで、動悸が跳ねる。小さな衣擦れの音や吐き出される呼吸音が、いつもより耳につくようで緊張しているんだなとどこか遠いところで思った。


「あ、の……」


 ソノラからは始終甘い匂いがして、ヴィグンは己の理性が大分危うくなっているのを感じる。時間が経つにつれ強くなるその香りはヴィグンの本能をこれでもかと揺さぶった。


「お、俺やっぱり……帰ります。あまりご迷惑をかけるわけにはいきませんし」

 二人が出て行ったきり黙ってしまったヴィグンに、ソノラはいくらか肩を落としてそう告げる。


(そうだよね、もうすぐマニダに出発で忙しいだろうし、昼間は普通に勤務してるから疲れてるだろうし、俺の警護なんてごめんだよなぁ)


 浮かれてしまっただけに落胆もひとしおで、乳首を刺激してしまわないように気を付けて起き上がると脱いでいた靴に脚を入れた。ことさらゆっくり履いてしまうのは、少しでもヴィグンと一緒にいたい気持ちの現れだった。


「じゃあ、俺帰ります。熱も下がったし、もう大丈夫ですか……ッ!?」


 言いながら扉の方向に視線を固定しているヴィグンの横を通り過ぎようとした瞬間、ヴィグンが痛い程の力でソノラの腕を掴んだ。


「ひぅっ……!」


 ソノラの全身が感電したように震えた。掴まれた場所からじわっとヴィグンの熱が染みて、痺れたような甘い感覚が腰に集まりそうになる。なにより急に掴まれたせいで身構えられず、服に乳首が思いっきり擦れてしまった。


「あ、あぅ……」


 身体が勝手に痙攣しだす。ジンジンとした熱を訴えている場所が、目の前の人物によってさらに敏感になっているように感じる。身体の反応のあまりの恥かしさにヴィグンの顔を窺うように見ると、ヴィグンは無表情でソノラを見下ろしていた。いつもとどこか違う雰囲気にビクリと肩が跳ねる。


(な、なんか怖い……)


 少し距離を取りたくてもぞりと身体を捻ってみたが腕はビクリとも動かない。おろおろとヴィグンを見上げると今度はヴィグンの肩が跳ねた。

 見下ろしたソノラの頬は桜色に染まり、潤んだ瞳は何か訴えるようにヴィグンを見つめている。薄く開かれた唇から相変わらず熱のある吐息がもれ、少し触れば甘い声を上げる。室内を照らすランタンの炎が揺れる陰影の面差しは、どこまでも甘く強くヴィグンを誘惑しているようで。


(……クソッ!)


 理性の楔で繋ぎとめていた本能の雄叫びを、聞いた気がした。

 霞んでいく視界の中で、ソノラのシルエットだけがやけに鮮明に見えた。桜色の柔らかな皮膚に触れたくなり、ヴィグンはその欲望に逆らわなかった。腕を掴んでない方の手で、耳に掛かっている指通りのよい髪をさらりと撫で頬に手を添える。


「ぁ……」


 喘ぐように、小さくソノラの声が漏れた。細かく震えている身体を腕に絡め取り閉じ込めて、己だけのものにしてしまいたい。

 酷く凶暴な気持ちが頭を侵食していく。目覚めてしまった本能がもうそれしかヴィグンに考えさせなかった。


「君は誰ともわからない男にわざわざ襲われたいのか?」

「ひぇっ……!」


 掴んでいた腕を引き寄せて、ヴィグンはソノラの細い腰を抱き寄せた。唇を耳に寄せてことさら低い声を直接吹き込む。ソノラは突然の距離の近さと耳に吹き込まれた声の淫靡さに何がなんだかわからなくなり、目を回してヴィグンに縋り付いた。服越しに触れ合った箇所が火傷を起こしそうな程熱く、そこかしこが痺れ、疼き、もうどこに何を感じているのかわからない程強い快感が全身を襲ってくる。


「あっ、あぅ……」

「君みたいなのが夜道を歩いてみろ、自警団を出た瞬間、あっという間に餌食になる」


 言葉と一緒に捕らわれている腰をスルリと撫でられ、ソノラの腰が大きく震えた。意味の無い短い音を発しながら、涙の浮かんだ目で懸命にヴィグンを見上げている。そのひたむきさに、ヴィグンの口がうっすらと弧を描いた。


「だから、君は何も考えず今日は私といればいいんだよ」

「ひ、ぁんっ!!」


 腕の中に閉じ込められるように強く抱き締められ、ヴィグンの硬い胸板に乳首が押し潰される。頭の上から爪先まで鋭い快感が駆け抜け、一際高い声でソノラが鳴いた。耳に入るその甘い声音にヴィグンの欲がわずかに満たされる。

 でも、まだ足りない。すべて喰らい尽くしていない。

 もう膝に力が入らないのか、ヴィグンの胸に全体重を預けたソノラを優しく丁寧に抱き上げた。


「あ、あの、あの……」

「泊まる部屋は私の執務室でいいね?」


 答えは求めていないのか返事をする前に淀みの無い足取りで歩き出され、ソノラはただただ混乱する頭でヴィグンの首に腕を回すしかなかった。





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