騎士靴6 | ナノ
 
 黒耳の騎士と靴屋の新月


 あと三日もすれば新月になる細い月が空に浮かぶ深夜、ソノラはランタンの炎が揺れる店の工房で一人、蹲っていた。先程ヴィグンに頼まれた靴の最後のコーティング材を塗り終わったところなのだが。


「ふ、ぁ……」


 ソノラの唇から、甘く短い吐息が漏れていた。コーティング材で汚れた指先もそのままに小刻みに震える己の肩をギュウッと抱きしめている。

 四日程前に自覚した乳首の異変は日を増すごとに酷くなっていた。今では少し服に擦れただけであられもない声が出そうになってしまう。震えながらなんとか仕事を進めているが、気を抜くとこうして動けなくなるのだ。少し乳首も大きくなっているようだった。


(なに、これ。なんかの病気なのか俺は……!)


 場所が場所なだけに誰かに相談するのも恥ずかしく、医者に行くもの同様だった。ソノラにはこの状態を素面でどう説明していいのか全くわからない。


「はっ……ぁくっ」


 ゆらゆらと揺れる陰影の中、蹲ったソノラの口からは一向に熱の冷めない吐息が荒く零れていく。疼いている箇所が見なくとも硬く尖っているのがわかった。痛い程敏感になったそこが訳のわからない強烈な衝動をもたらす。


(ほ、しい……)


 頭がそれだけで占領されてしまいそうだった。快感の波の狭間で思い浮かぶのは、精悍な面差しの、愛しい人の顔ばかりで。


(ヴィグン、副師団長……)


 いけないことだと思いながら、抗えずその強烈な欲求だけが増していく。思い描いたら、もう駄目だった。乳首を中心に疼いた熱が腰に集まってくるようで衝動のまま下肢に手を伸ばしかけたソノラは、不意に作業台にポツリと置かれたランタンの光りを弾くヴィグンの靴を見て踏みとどまった。

 あとはコーティング材が乾くのを待ち、靴紐を通す部分の金具を取り付けて完成となる、それ。


(しっかりしろ俺……! ここは仕事場だぞッ)


 危うい足取りで立ち上がったソノラは、よれよれと居住スペースへ続く階段を上がる。工房で己を慰める行為に耽るのだけはしたくなかった。工房には、祖父の気配が濃厚に立ち込めている。なにより作りかけの靴がある。

 階段を上がるソノラの呼吸は気管支の病を疑うほど荒れ乱れていた。一歩を踏み出すたび服に乳首が擦れ膝から力が抜けそうになる。やっとの思いで自室に入ったソノラはベッドに行くのももどかしくその場に座り込んだ。

 震える指先で下肢に手を伸ばす。中心は痛い程張り詰めて、ズボンに入れた手は直ぐに湿った感触を伝えてきた。消え入りたいような後ろめたい気持ちが胸を押し潰すが、一度慰め始めた手はもう止まらなかった。耳を塞ぎたくなるいやらしい音が深夜の静かな室内に反響してソノラの目尻に涙が浮かぶ。暗い室内で時折跳ねる身体のシルエットが情景の淫靡さを際立たせていた。


「はっ……ぅんっ、ぁ……ッ!」


 暫くして、ソノラは控えめな声とともに果てた。荒れた呼吸が鼓膜を揺らす。粘度の濃い液体に濡れた手の感覚に、声を上げて泣きたいような気持ちでソノラの喉が低く鳴った。果てる寸前まで思い描いていた顔に、どうしようもない罪悪感が込み上げる。


(ごめんなさい、ごめんなさい……)


心の中で謝りながら、熱を吐き出してもいまだ身体の奥に残るチリチリとした余韻に困惑と戸惑いを感じて、ともすれば疼き続ける乳首から再び身体に熱が集まってきそうな気配にソノラは慌てて浴室に駆け込んだ。


(と、とにかく、医者に行くとしてもせめて)


 三日後受け渡す予定のヴィグンの靴だけは仕上げてしまおう。この機会を逃せば暫く、狼種の繁殖期が終わる年明け頃までヴィグンの顔すら見られなくなるのだ。

 暗闇の中、キュルッと金属の擦れる音とともにシャワーコックを捻る。火を焚かずこの季節に冷水を頭から浴びて、燻っている熱が冷めるのをひたすらソノラは願っていた。



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