騎士靴5 | ナノ
 
 黒耳の騎士と靴屋の新月




 レスターニャ自警団第二支部二階の部隊長執務室にて、アーリグは眉間をこれでもかと寄せていた。執務室の隅で控えていた部下の肩がその形相の恐ろしさにビクビクと不規則に揺れている。


(こんだけさらっても該当人物が出てこないってどゆこと)


 机の上に積み上げられているのは未処理の書類ではなく、部下を使って勝手に調べたレスターニャ在住の狼種の女性の情報だ。そこにはヴィグンが気になる匂いを感じたという日の行動が事細かに載っている。うっかり書類を目撃した部下は色々言いたいこと
を飲み込んで、ひたすら部屋の隅で耐えていた。


(あの日の昼過ぎに中央区にいた狼種の女がいないって)


 つまり、ヴィグンが感じたらしき匂いはそもそも誘発物質ではない可能性と、もしかしたら狼種に限ったものではないという可能性が出てくる。


(もうそーなってくるとターゲット絞ることも出来ないんだけど)


 アーリグは手にしていた紙の束を元々散らかっていた机に投げ出して、さらに酷い状態にした。後で片付ける羽目になる部下が悲しそうに眉尻を下げる。自警団入団以来の友人である堅物の男に初めて美味しいかもしれない話題が出たというのに、まったく手出しが出来ないとなると詰まらなくて溜まっている仕事もやる気が起きない。


「はーぁぁ、見てるだけってつまんなーい」


 というか、アーリグは別に引っ掻き回して楽しみたい訳ではなく、もしヴィグンに春が来そうならそれを確実なものにしたいだけなのだ。でないとあの堅物はその春をさらっと見送ってしまうかもしれない。


「大体情報が少ねぇんだよな。靴屋の帰りにちょっとだけ感じた匂いって」


 いや、鼻の良い亜人種において匂いは結構重要な情報なのだが、直接嗅いだ訳でないアーリグにはヴィグンの証言だけが頼りなのでここで行き詰まってしまう。


「あの馬鹿普通に仕事してっしな」


 当のヴィグンはあれ以降何もなかったかのように出発準備と通常勤務を行っていて、アーリグは毎日やきもきしている。普通、好みの相手がいるかもしれないと思ったらもっと必死になるものではないのか。特に亜人種の男はその傾向にあると思っていたのだが。


(鈍い、鈍いよヴィグン……!)


 何故好意を感じた匂いを放置するのかアーリグには全く理解出来ないが、それがヴィグンの性格であると言われれば納得出来るのがまた頭の痛いことだ。


(時期のことをかんがみると、可能性としては高いと思うんだけどなぁ)


 ターゲットを特定出来なければアーリグが動いてまとめることも無理だ。ヴィグンに任せていてはまとまる関係もまとまらないだろうことは容易に想像出来る。そしてそれを惜しみもしないんじゃないだろうか、あの副師団長様は。


「あー、困った。仕事が手につかない」


 アーリグの言葉に、控えていた部下こそ本当に困り果てた顔をした。



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