騎士靴4 | ナノ
 
 黒耳の騎士と靴屋の新月



三章 変化は新月の訪れとともに


 港の水平線がようやく色味を薄くした夜明け頃、一回目の朝の鐘が鳴る前にソノラはベッドからもそりと起き上がった。大きな欠伸をしながらのたのたとまだ暗く視界の悪い中を台所へ向かう。保存庫から卵とベーコン、昨日の余りのパンで簡単な朝食をとりながら考えるのは今最優先で取り掛かっているヴィグンの靴のことだった。


(そろそろ塗ったコーティング材が乾くかな)


 焼いただけの卵とベーコンをパンに挟んでまだはっきりと起きていない頭を起こすように噛みしめる。特売で買ったベーコンは油っぽくて、朝食べるには少しきつかったが硬いパンには合っているように思えた。

 ヴィグンがソノラの店を訪れてから二週間ほどが経っていた。ソノラはその日のうちに取引をしている商人から良い革を手に入れて、最優先でヴィグンのブーツ作りに取り掛かっている。新月まで一週間、残す作業は仕上げの工程だけとなっていた。

 現時点において仕上がりはかなり良い。試作を重ねたパターンを初めて製品として使ってみたが、己でも巧く出来たと想っている。


(満足してもらえるといいなぁ)


 客が満足する品ということはそれだけ長く使ってもらえるということだ。カヴィールには未だに祖父が手掛けた靴のメンテナンスにくる客がくる。大切に使われているそれらは、ソノラの憧れで目標だった。


(じいちゃんにはまだまだ及ばないなぁ)


 故人の背中はどうしてこうも大きく感じるのか。工房に行くと濃厚になる祖父の気配が、ノラが何かにくじけそうな時はピリッと気持ちを引き締めてくれる。


(今日も頑張ろう)


 パンの最後のひとかけらを口に放り込んだソノラは、とりあえずまだ微妙にボケている頭を起こすべく風呂場へと向かった。

 レスターニャの一般的な浴室は浴槽とトイレ、洗面台がすべて一緒くたになったユニットタイプのものだ。ソノラの家は祖父が開業と同時に店舗二階を住居スペースとして設けたので、単身者のそれよりは広い作りになっている。浴槽ではゆったりと足が伸ばせるのでソノラの密かなお気に入りスペースだ。

 台所から続くドアを開け浴室に入ったソノラが、洗面台の鏡を覗きながら、昨日の風呂の残り湯で顔を洗っている時だった。


(ッ……!)


 屈めた胸から針で刺されたような鋭い感覚を覚えて、ソノラは勢いよく顔を上げた。濡れた顔からパタタッと床に水滴が散る。その間も胸から鼓動に合わせるようにドクドクと熱いような鋭い刺激を感じ、鏡の中のソノラは思いっきり眉を眉間に寄せていた。


(な、何だ?)


 どうにも少し恥ずかしい場所からその痛みのような感覚を感じて、パジャマの裾を捲り上げる。


「えっ?」


 鏡に映った己の胸にある普段はまったく気にしない部位が、どういった訳か少し大きくなって赤く腫れていた。プクリと立ち上がったそれは結構な存在感でソノラに痛いような刺激を訴えている。怖くなったソノラがソッと触れてみると、一瞬鋭い刺激がソノラの脊髄を駆け上がった。


「アッ……!」


 ビクリと肩を跳ね上げて思わずパジャマの裾を離してしまう。その落ちた裾に乳首を擦られてソノラはまた短く悲鳴を上げた。ヒクリと震えた身体から力が抜け、膝が床へと崩れ落ちる。


「や、や……」


 短く呼吸を繰り返しながら小刻みに震える身体をソノラは己の腕で抱きしめた。腰に覚えのある熱が集まって、温度の高い呼気が口から吐き出される。なんとかそれが冷めるまで、ソノラは震えながら努めてゆっくりと呼吸を繰り返した。過剰な身体の反応がなんとかなりを潜めると、長距離を走ったように息が乱れている。


「はぁ、はぁ……な、なんだ?」


 訳の分からない身体の反応に戸惑ったソノラがパジャマに隠れた胸を見下ろすと、布を押し上げるように乳首が立っていた。存在を主張するそれがなんだか恥ずかしいようでどうにかいつものように有るんだか無いんだか分からない存在になって欲しかったのだが、もう一度擦る勇気はソノラには無かった。


「なんでいきなりこんな……」


 呆然と呟くソノラがこれから長くそれに悩まされることに気付くはずもなく、一過性のものだろうと疼く胸の突起を何とか無視してもう一度顔を洗いにかかった。


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