甘掌 | ナノ
 
 彼の、甘い掌


【彼の、甘い掌】


 学校外の友達というのはなかなか出来ないもんだが、俺の場合は結構居る。

 大半が年上の女性ではあるが。

 学校の友達にはあんま口に出して言いたくはないが、男にしては珍しく趣味が料理という俺は、好きが高じて春から親戚がやってる料理教室に通っていた。

 まぁ、受験前の男子高校生が来るような所ではないので浮いてしまうのは覚悟の上で行ったのだが──実際主婦とか未婚の女性ばっかりだった──俺同様、浮きまくってる生徒が一人居たわけで。


「高津先輩、高津先輩、メレンゲ出来ました?」


 ワイシャツにネクタイ姿の高津さんは、俺より先に料理教室に通っていた会社員の男性である。
 正直女性だらけを覚悟していた俺は喜び勇んで高津さんに絡みに行った。それはもうワンワンニャンニャンと絡みまくってやった。

 本来ならハーレム状態を楽しみたい所だが──自覚がある程度には顔が良いので言ってしまうが、俺は通って半年料理教室のアイドル的存在と化したし──妙齢の女性にとって男子高校生など只の生意気なガキだろうし、ちやほやされて撫でくり回されるのが精々だろう。そんで俺は、アグレッシブな彼女達のオモチャになる気は更々ないのである。

 だから、高津さんの存在は俺にとって幸運だったのだ。オモチャにされそうになったらひたすら高津さん目掛けてワンワン近寄ってく。

 高津さんはとても無口だ。オマケに背が高いので妙な威圧感がある。彼女達も高津さんには近寄りがたいのか、俺が高津さんの側にいる時はあまり構って来なかった。


「俺のメレンゲ、なんかうまくふわっふわっにならなくて」


 今日のレシピは卵一個でボリューム満点ふわふわオムレットである。卵を黄身と卵白に分けて、卵白をメレンゲにして黄身と混ぜて焼いたものだ。


「……混ぜ方が緩いんだろ。貸してごらん」

「はいっ」


 小さな声で低く呟かれた言葉に、笑顔で中途半端に泡立った卵白の入ったボールを高津さんに差し出した。

 かしょかしょと一定のリズムで混ぜられる音を聴きながら、俺はじっくりと高津さんを観察した。

 高津さんの喉から出る低い声は、とても綺麗で実は良く通る。本当に響くから、煩くないようにと小さく声を出して話すうちに口数自体が減ってしまったんだそうだ。

 高津さんは手も綺麗。長くて筋張っててすらっと伸びてて、たまに同じ教室の彼女達がうっとりと眺めてるのを俺は知ってるのだ。

 背も高いし声も素敵だし、正直顔の出来はあんまり良い方じゃないけど(三白眼でいつもどこかを睨んでるみたいでちょっと怖い)性格だって穏やかで。


「高津先輩って、理想の結婚相手だよねぇ」


 そう思いながら眺めていたら、思わず本音が口をついた。高津さんは一瞬意味が解らないと言うように首を傾げてから、ガションとメレンゲ入りボールを机に落とす。


「うわっ、ちょ……大丈夫ですか? 服とか付いてない!?」

「き……君は、何を」

「何騒いでんの、恵流! 高津さんに迷惑かけんなら追い出すわよっ」


 慌てて台拭きを取って駆け寄ろうとするが、教室の前の方で手順を説明していた叔母さんが怒鳴りながら近寄ってきて、頭を一発叩かれた。


「痛っ、殴るこたぁないだろ殴るこたぁ!」

「黙らっしゃいこの馬鹿甥が! 受験の息抜きだっつーから甘く見てやったら生徒さんに迷惑かけて! 営業妨害するならその空っぽの脳みそ捻り潰すわよ!」

「それが可愛い実の甥に向かって言う台詞か!?」


 少し高い所にある叔母の顔を見上げながら言い返すと、口答えするなとまた叩かれた。

 叔母のこの口の悪さと手の早さは地であるから、幼い頃から叩かれっぱなしだ。もう慣れたが、小三くらいまでは泣かされまくった。

 愛情の裏返しというか、本性知ってりゃ可愛いもんだが未だに結婚出来ないのはこれが原因じゃなかろうか。

 俺と叔母のコントめいたケンカはいつもの事なので、みんな慌てる事なく苦笑いやら微笑を浮かべて叔母を宥めに近寄ってくる。


「まぁまぁ先生落ち着いて下さいな。恵流君が来なくなったら私達も寂しいですし」

「先生だって本当は恵流君が来てくれて嬉しいでしょう?」

「むっ……」

「高津さん、洋服はご無事でした?」

「あぁ、はい。……大丈夫です」


 寄ってたかって宥められてる叔母の輪に加わらなかった何人かが、明らかに頬を染めて高津さんに寄ってった。何だか面白くなくて、俺も台拭き片手に近寄る。


「ごめんなさい高津先輩、汚れた所ある?」

「や、大丈夫……だから」


 袖口に付いたメレンゲを発見して、了解を取らずに取らずにその袖を引いた。あ、ちょっと驚いた顔。

 周りにいた女性達は仕方なさそうに離れていく。こんな時は自分の顔が異性に対して得だなと思う。


「ごめんね」

「いや、落としたのは俺だから……」


 ポンポンと台拭きでメレンゲの付いた場所を拭う間、高津さんが伏せた俺の旋毛あたりにずっと視線を向けてるのを感じた。




 途中でコントが入りつつ無事出来上がったオムレットを実際みんなで食べて好き放題話たら今日の教室は終了となる。

 俺は教室の隅で一人地味にふわっふわのオムレットを食ってる高津さんに、叔母さんから勝手に拝借したセイロンティーを持って近付いた。


「高津先輩、一緒に食べましょ」

「恵琉君……」


 少し困ったように見上げてくる高津さんに、俺は会心の笑みを浮かべた。強面が困ってるのはなんか可愛いと思う。ギャップ萌というやつか。


「高津先輩の綺麗に出来てますよね。一口ちょーだい」

「……どうぞ」


 黄色いふわふわのオムレットを横から一口取る。うん、美味しい。ちょっと膨らみの足りない俺のとは全然違うな。


「ほーんと、高津先輩って理想の結婚相手だよねぇ」

「っ……!? 君、さっきから」

「胃袋から懐柔されたら俺一発で落ちるもん」


 料理が趣味な理由としては単純に食べるのが好きだからだし。あの怖い叔母さんの痛い愛情表現にめげなかったは作ってくれるお菓子が母親よりうまかったからだし。

 俺はまた盛大に咽せてる高津さんに、にんまりと笑いかけた。


「胃袋的にはもう落ちてるんだけどね?」

「!?」


 びっくりしている高津さんの掌をこっそり、机の下で握った。ちょっと高めの温度にしてやったりとまた笑えた。

 あとはアナタの一押しなんだけどなぁと心の中だけで呟きながら、俺は高津さんのオムレットをもう一口かすめ取った。


end

 
 
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