ザ・ライオンスター
俺の友人に一人、すげーのがいる。そいつは江戸時代から続く武術道場の息子で絵に描いたような文武両道、才能溢れるらしく師範の親父さんから既に師範代と認められているし、全国模試では三十番以内をふらふらしてるような奴だ。
おまけに性格もいい。すげー良い奴なんだ。面倒見もいいし親切だし、友達思いというか、とにかく俺に対してすげー優しくしてくれる。
だけど奴にはどうしても克服出来ない欠点があった。天は奴に二物も三物も与えたが完璧にはしてくれなかったんだ。
ザ・ライオンスター!
我が家というのは落ち着く。例え散らかってようが六畳に所狭しと趣味の機材が押し込まれ寝る場所も確保出来ないとしても、落ち着く。
その憩いの我が家で途方にくれた顔をして俺の出したポカリを傾けているのは、先程話した件のすげー友人である。小さな折りたたみテーブルの前にビシッと正座する姿も凛々しいが、表情と顔が合っていない。
「で?」
俺はディスクチェアを揺らしながら、珍しくも頼りない表情の友人、堀越統一郎を見た。
統一郎は俺を見上げると、先程もした簡潔な説明をもう一度繰り返す。
「だから、買い物で街を歩いてたら十人程の男に囲まれていきなり殴られて、仕方ないので全員沈めたら、そうちょーとか呼ばれるようになったんだ」
「聞いたよ」
「そ、それでだな、半ば無理やり赤外線通信で携帯のアドレスと番号を交換して以来付きまとわれているんだ」
「へー……」
「どうすればいいと思う?」
知るかよと呻いてしまいそうになり、思いとどまった。統一郎はかなりよくしてくれているのに、それでは余りに薄情だろうと良心が騒ぐ。
にわかに走った頭痛に眉間のシワをほぐし揉みながら、俺はどこか拙い統一郎の説明を脳内で簡潔に整理していた。
統一郎は頭が良い割りに、口が上手くない無口な男だ。言葉を口にするのが酷く苦手らしく、学校では大抵黙りを決め込んでいるが、長年友人をしている俺にはよく喋った。付き合いの長さで解ったが言いたい事が口を出た瞬間、伝えたい意味が半分以下になる。今回は上手に説明出来たと思って良いだろう。
つまりだ、統一郎は街で不良グループに絡まれ、全員をボコボコにしたらそのグループのリーダーの座に治まってしまったと。
思わず口から変な息が零れた。
あり得なくはない。統一郎ならば柄の悪い連中に絡まれる事など日常だ。なまじ武芸をたしなんでいる為に負け知らずだったのが、今回ははっきりと裏目に出たらしい。
統一郎の欠点、それはフォローのしようが無いくらいには人相が悪かった事だった。顔のパーツや配置バランスは悪くない。よくよく見ればかなりの男前なのだが、いかにせん眼光が鋭すぎた。長年友人をしてる自分さえ統一郎が目を眇めると背筋が震える程だ。
それは統一郎の父を見れば遺伝である事が解る。統一郎の父もかなりの人相の悪さだ。武芸を生業としてるせいか、隙のない立ち振る舞いも相まって余計に眼光を鋭く見せている。
幼い頃からしっかりした目をしていた統一郎だったが、そのせいで友人らしい友人は俺しか出来てない。大事にされている理由はそこだろう。大抵の人間は統一郎を前にすると言いようのない不安に教われて怯えてしまい、統一郎とは極力関わろうとはしなかった。
俺が統一郎の友人で居られたのは、ひとえに目の悪さのせいだ。俺は生まれつき目の色素が人より薄いらしく、陽の光に極端に弱く相当な弱視だった。
統一郎とは幼稚園からの付き合いだが、両親が俺に眼鏡を与えたのは小学校に上がってからなので、俺は統一郎の顔をまともに拝む前に友人としての統一郎を認めていたのだ。
そんな人相の悪さを誇る統一郎が近所の評判がよろしくない連中に頻繁に絡まれるようになったのはまぁ必然というか。小学校のうちはそうでもなかったが、中学に上がった頃から色々と面倒を掛けられていた。
曰く、メンチ切ってるだのガンくれただのと難癖付けられては囲まれる事が多いらしい。それで尽く返り討ちだというのだから統一郎の強さは化け物みたいなもんだろう。
「因みにチロ君、その君に絡んだお兄ちゃんら、何か名前叫んでなかった?」
「名前?」
どうでも良いがチロ君とは俺だけが呼ぶ統一郎の愛称だ。幼稚園からなので相当な年期が入っている。
「自分達はなになにだーとか叫びながら殴りかかってこなかった?」
「あー……なんだったかな、レグルス?」
獅子座かよと内心突っ込みを入れつつ、俺は脳内のブラックリストをめくっていた。該当グループ無し。新興グループだろう。
最近は開発も進んできたがまだまだ娯楽の少ない田舎町故に、暇を持て余した連中が面白半分でグループを作って喧嘩祭りをするのはここらじゃよくある事だった。俺なんかは体力余ってるなら部活動でもしとけよと思うが。
「リーダーみてーな奴居た?」
「多分真っ先に殴りかかってきた赤毛だと思う」
「赤毛、ねぇ」
そりゃまた情熱的な色です事。
無表情で茶化しつつ、脳内ブラックリストの筆頭が引っ掛かったのは気のせいだと思いたい。万が一奴なら長い付き合いだが統一郎とはお別れだな。
テンプレの金髪に染めた粋がったお兄ちゃんはよく見かけるが、赤毛に染める野郎は意外に少ない。少ないが、そいつじゃない事を祈ろう。
奴は確かどのグループにも属してなかった筈だ。喧嘩の強さは有名で引く手数多だったが、つるむ気は無いのかすべて断った経歴の持ち主である。今更グループなんか作らないだろう。
「チロ君、その赤毛のお兄ちゃんは初めて見る奴だった?」
「や、前に何回か見てるな。アイツは筋が良いから良く覚えている」
師範代の統一郎をもって筋が良いとは、余程才能があるのだろう。残念ながらそれは喧嘩に発揮しているみたいだが。てか、何回か見た事があるだと?
「そいつって、前は独りでチロ君に喧嘩売ってたわけ?」
「あぁ、多人数は今回が初めてだったな。どいつも一回以上は見た事ある奴ばっかりだったが」
「チロ君、そのリーダー格の奴、耳にでけぇ赤いピアスつけてるいつもの人?」
「ああ」
「は、はははー」
思わず口から乾いた笑みが。
嫌な予感的中。ついでに嫌な推察が成り立つ。
マイブラックリスト筆頭の赤毛の名前を片桐史也という。特徴赤毛、耳にゼロケージの赤いピアス。凶暴で喧嘩好きだがグループ所属無し。過去何度か単身統一郎に挑み全戦全敗。
思うに、いい加減卑怯と後ろ指さされようが何だろうが、統一郎に一矢報いたくて仲間を集めてグループを作り、喧嘩をふっかけたのだろう。まぁ見頃に惨敗しちゃったようだが。
「そっかそっか、チロ君が総長かぁ」
「洋佑ぇ」
「さようならチロ君、いや堀越君。君とは長い付き合いだったが、もう会う事もないだろう」
「よ、よーすけぇぇえ!」
泣くな統一郎。お前なら総長だって立派に勤めるだろう。
だから俺を巻き込むんじゃないッ!
見捨てないでぇと普段は厳つい眼光を子犬に変えた統一郎は、遠くを見ている俺をガクガクとしつこく揺さぶった。
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