ニューライフ
手早くシャワーを済ませると源ちゃんの部屋で未だスンスン泣いている二匹を抱え、私は英司君の部屋へ引き込んだ。
英司君の部屋には鍵が付いているので、密談をするのには最適だ。うっかりリビングなんかで雑談をすれば、虚空に向かって話し掛ける変人が出来上がってしまうし。
『九曜様ぁ』
『九曜様……』
ベッドに下ろしてやると、二匹は身を寄せて鼻をうごめかせながらなお泣いている。
宥めようにもどう言葉をかけるべきか私にはわからない。困っているのは私も一緒だからだ。
ベッドに腰掛け泣いてる二匹の頭を撫でながら「泣いてるところを悪いのだが」と、湯を浴びていくらか冷静になった頭を整理するべく話かける。
「源ちゃんは英司君を探しに行っただけなのでは?」
そもそも私がこの身体に入っているのはそれが目的のはずだ。それだけならばこんな騒ぎ立てる程の事でもない。
二匹の様子を見ていたら、その可能性は限りなく低そうだが。
顔を上げたのは銀だった。金は銀の腹に顔をうずめたまま鼻を鳴らすばかり。
『我等のような力の弱い使いがが現世に止まるには、依代が必要なのです』
細い目を伏せて吐き出された言葉は随分と小さい。
『社が機能してる時、我等の依代は石像だったのですが、社が役目を終えた今は九曜様が我等の依代になり、九曜様のお力で今も現世で九曜様のお側にお仕えする事が出来るのです』
『我等と九曜様は繋がっていたんです、利保様……』
銀の腹に顔を埋めたまま、金がもそりと声を出した。時折鼻を鳴らして、細い木枯らしのように音を立てる。
『魂のある依代との繋がりは即ち、相手との絆。互いの存在が何時如何なる場合でも感じれる糸なのです』
「では、源ちゃんの居場所は」
二匹なら解るのではと言いかけ、口を閉じた。それならば二人が泣いている理由が無くなる。
「もしや、分からないのか」
『……はい』
『現在の我等の依代は利保様になってます。今朝、突然に……我等が九燿様の寝所に行った時には、もう……ふっ、ふぇっ……九燿様ぁ』
「あぁ、これ。あまり泣くでない。目玉が溶けてしまいそうだ」
銀に比べ感情が表に出やすい金が説明してくれながらまた盛大に泣き出してしまった。
私は二匹とも抱き上げて頭を撫でる。銀は落ち着いているように見えるが、普段はピンと上に伸びている耳がすっかり萎んでしまっていた。
しまいには銀もグスグスと鼻を鳴らし始め、私はどうしたものかと途方にくれながら二匹の頭と背中を撫で続けたのだ。
小一時間程経ち二匹の泣き声がようやく収まりそのまま寝入ってしまった頃、智子さんが「お昼よ」と下のリビングから声をかけてきたので、私は二匹をそっと布団に下ろして静かに部屋を出た。
「あ、お兄ちゃん!」
丁度部屋から出て来た由佳里ちゃんと鉢合わせ、二人でリビングを覗く。今日のお昼は冷やし中華のようだ。
わぁいと駆けていく由佳里ちゃんの後ろ姿を見ながら、いつも飯時には真っ先に席についているかリビングのソファでゴロゴロと寛ぐ源ちゃんの姿をつい探してしまった。
もしかしたら、ひょっこりと帰ってくるのではないかと。
「お兄ちゃん? どうかした?」
テーブルについて冷やし中華を前に、扉の所でぼんやりと室内を眺める私を不思議に思ったのだろう。由佳里ちゃんが小首を傾げ尋ねるので、首を振って無言で席についた。
「いっただきまぁす!」
「頂きます」
席につくと同時に食事の挨拶をし、彩り豊かなゴマだれの冷やし中華に、由佳里ちゃんがさっそくと手を付けた。
私はそれを前に、泣き暮れる二匹を慰める為に停止していた思考が動き出すのを感じる。
「あ、お母さん、そう言えばおじいちゃんはー?」
「また旅行に行ったみたいよ。ママが起きた時にはもうもぬけのからだったし」
「また一人でどっか行っちゃったの? 由佳里も連れてってくれれば良いのにぃ」
「拗ねない拗ねない。お土産期待しましょ」
「うー、おかーさん! 由佳里もどっか行きたい!」
「お父さんのお休みが決まったらね。ママ金沢に行きたいわ」
「由佳里は動物園がいい!」
自分の分を片手に席につき、智子さんと由佳里ちゃんが食べながら楽しげに喋る。あまり食べる気のしない冷やし中華を申し訳程度につつきながら、今何が起こっているのかをようやく脳味噌が認識し始めた。
金と銀は源ちゃんが居ないと泣いた。御使い様の二匹が現世に留まるには依代が必要で、社が朽ちた今は源ちゃんがその役割をしていた。源ちゃんと二匹は繋がっていたので、どちらがどこに居ようとも居場所を把握出来た。
(その二匹が、源ちゃんが居ないと泣いた……)
二匹曰わく、今現在二匹の依代となっているのは私らしい。それが意味するものはなんだろうか。
「あら、英司? あまり食べてないけどもしかして不味かった?」
「あぁ、いえ。美味しいですよ」
「そう?」
箸の進まない私に智子さんが心配そうに声をかけてくる。私は慌て胡麻味の麺を口に押し込みながら、源ちゃんが居ないという事の意味を噛みしめるように咀嚼した。
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